素晴らしい未来の世界をデザインするために

世界最大規模のデザインファーム「frog(フロッグ)」。 彼らは優れた顧客体験を届けるブランドやプロダクト、サービスのデザインをすることで、企業や組織のイノベーションの実現に向けて日々取り組んでいます。人々の心に触れる体験設計を通じて、マーケットを動かし続ける同社の企業活動を知ることで、これからのデザインにおける可能性と視野が広がります。この連載は、frogが運営するデザインジャーナル「DesignMind」に掲載されたコンテンツを、電通エクスペリエンスデザイン部・岡田憲明氏の監修のもと、トランスメディア・デジタルによる翻訳でお届けします。


第1回「素晴らしい未来の世界をデザインするために」

第1回では、frogの副社長(クリエイティブ部門)を務めるデザイナー、ファビオ・セルジオへのインタビューを紹介します。ユニセフや赤十字社といった団体との連携を通じて、世界規模でさまざまなサービスやプロダクトを提供してきたfrog。彼の言葉から、社会的問題の解決につながる事業や商品開発などに投資する「ソーシャルインパクト」の今をうかがい知ることができるでしょう。

frogは、1980年代初頭に、アップルやソニーの革新的な製品デザインを手がけて一躍有名になりましたが、いつからソーシャルインパクトに取り組んできたのでしょうか。

ソーシャルインパクトに取り組むプロジェクト「frogImpact(フロッグインパクト)」がスタートしたのは10年前です。他社と共同でスタートさせましたが、その後、私たちのコンサルタント事業の一部門に成長しました。

あなたはスタートからずっとこの事業に取り組まれてきましたよね。

そうです。10年前、frogに入社してすぐにfrogImpactの担当になりました。国際レベルのプロジェクトを担当して3年ほどになります。

ソーシャルインパクトは比較的新しいテーマです。この概念が生まれたのはいつごろなのでしょうか?

ソーシャルインパクトという言葉そのものは15年ほど前から話題に上っていました。しかし本来デザインとは社会に向けて発信され、意図的か否かに関わらず、必ず社会に影響を及ぼすものです。歌や医療用診断装置、銀行のウェブサイト、何をデザインしても最終的に社会や人間の営みに影響を与えます。最近は、ユニセフのような団体がデザイナーと連携する機会が増えています。おそらく、もともと商業顧客向けに開発したイノベーションやソリューションプロセスが、社会問題にも応用できると気づいたのでしょう。


社会的利益と経済的利益の一致

ソーシャルインパクトは人道支援団体との連携を中心にするという意味ですか?

いいえ。ソーシャルインパクトが人道支援分野に限定されるものだとは考えていません。支援団体の他に、大企業も事業利益と社会的目標や社会的責任を融合させることに取り組み始めています。

それはなぜですか?

昔は、社会問題に関心のある企業は、主に自社の慈善財団を通じて支援していました。最近では、工業社会で当たり前とされるものがまったく存在しない地域に自社の製品や流通機構、スタッフを持ち込もうとしています。人々を成功に導く知識を共有し、条件を整えれば、企業は実際に開発の中心的役割を果たすことができます。

社会的利益と経済的利益が一致すれば、官民の協力が生まれるというわけですね?

慈善団体は官民のイニシアチブを歓迎しています。例えば、彼らがかなり大きな問題を解決するために長期投資を引き出せるパートナーを探しているとき、この種の活動が奨励されます。国連は最近、この種のパートナーシップを誘致する17のグローバル目標「持続可能な開発目標」のリストを公開しました。そして、商業的目的と社会的目的を融合させた新規事業が続々と現れています。

これらの目的主導型の企業は、しばしばキックスターターのようなプラットフォームを足場にして起動し、そこから展開していきます。というのも人々は、世界をより良い場所にする会社の製品を購入したいと思うからです。メディア革命もこれらの開発を後押ししました。

デジタル革命はソーシャルインパクトデザインにどのような影響を与えたと思いますか?

携帯電話技術が普及した結果、この10年で多くの物事が根底から変わりました。例えば、金融サービスもそうです。10年前、銀行はまだ支店や従業員やさまざまなものを必要としていました。最近では、ケニアのモバイルマネーサービス「M-PESA(エムペサ)」など、携帯電話のメッセージで送金できるサービスが急成長しています。デジタル化が、古い問題に取り組む新しい方法を提供した例は数え切れません。

これらの技術がボトムアップの変革を可能にし、イノベーションの波を引き起こしたのです。その上、有意義な介入が実現できる場所や方法について、まったく新しい考え方を促進しました。

それはどのような考え方ですか?

例えば、2016年の8月にイタリアで地震がありましたね。大惨事の後、被災地に入った赤十字社は、まだWi-Fiがつながっている人を探し、通信回線を確保するためにWi-Fiスポットの一般開放を呼びかけました。それ以来、社会事業分野にデジタル革命が行き渡り、慈善団体は新しい通信技術がもたらす恩恵を受け、デザインの需要も高まりました。特に、安定したデータ交換を必要とするスタッフを支援するために、簡単にアクセスできるユーザーインターフェースをデザインするといった需要です。これが人道的データ交換のすべてです。

救援活動の調整を改善するために、frogが国連人道問題調整事務所(OCHA)と共同で開発したオープンデータ解析プラットフォームはその一例です。従来のデザインの考え方では、ソーシャルインパクトにできることは何もなかったでしょう。

従来の製品やサービスのデザインと最も大きく異なる点はその背景です。工業社会の人々が当たり前に手に入れているシステムも、開発途上地域では不足していることがよくあります。そこで私たちは、そうした地域で業務に取り組むときは、システムの水準を考慮に入れなければなりません。


複雑な状況を理解し視覚化する。

それはどういう意味ですか?

問題をひとつずつ解決し、システム全体を一挙に再デザインしないということです。基本的に、デザインは複雑な事実や状況を解釈し視覚化するのに役立ちます。そのため、介入によって大きな効果が得られる地域を特定することができます。

このプロセスは「デザイン思考」と呼ばれますが、「戦略的デザイン」「サービスデザイン」「システムデザイン」と呼ばれることもあります。呼び方は何であれ、ユーザーを出発点にし、アイデアを出し合って解釈し、正常に機能させて導入できるまで、それらを検証し確認するのです。多くの人道支援団体や開発会社がこのメソッドを使い始めています。

▲人々のための、人々によるデザイン:参加型メソッドはソーシャルインパクトで中心的役割を果たしています。写真提供:赤十字社

「frogは世界をより良くすることに熱心だ」とウェブサイトで謳っていますね。ハイテク企業が繰り返し口にする願望です。

私にとってラベルは重要ではありません。ひとりのデザイナーとして、またひとりの人間として、未来はいまよりも良くなると信じているのです。今日デザインしたものが明日の生き方を決めるのです。一方で、消費財のデザインは人類の進歩には全く無関係です。別に責めているわけではありません。それも楽しい仕事で、満足感を覚えることもあります。

しかしデザインによって未来をつくる一翼を担うこともできるのです。コンピュータ科学者のアラン・ケイ氏は「未来を予測する最善の方法はそれを発明することだ」と言っています。まさに、Airbnbや、Uber、Google、Facebook、Apple、Microsoftなどの企業が実行していることです。だからこそ、彼らの技術の将来性を信じられると思うのです。彼らは教育や医療を改善することができます。彼らの力が人々の生活や経済に影響を与えます。私たちはそれを認め、歓迎しなければなりません。

慈善事業への関与が単に見せかけだけのこともあります。例えば、マーク・ザッカーバーグ氏の信奉者のように、「私は善人のひとりだ」というピーアールも少しありませんか?

確かに、Facebookのような大企業は民族国家とほぼ同じレベルに達しています。つまり、ザッカーバーグ氏が支持者を集めることを多少は期待しているのです。

現在はどんな仕事に取り組まれていますか?

GSM Associationの長期プロジェクト契約です。6つの国の農業従事者用の携帯電話に関する契約です。すでに最初のプラス効果が見えはじめている段階でとても興奮しています。

共感力の強さが求められるプロジェクトですね。特別な愛着を感じているものはありますか?

難しい質問ですね。自分の子供たちの中から誰かを選べと言われているようです。私たちの仕事はとても感動的で、皆が夢中になって働いています。ユニセフや赤十字社のような団体とともに働き、問題解決の一助になることに大きな誇りを感じています。

多種多様なものを寄せ集めてまとめるデザインの力が、この種のクリエイティブマネジメントで重要な役割を果たすということですね?

まさにそれが、この5年間、私たちが取り組んできた多くの事業の基盤になりました。例えば、世界保健機関(WHO)との共同事業の際、糖尿病や高血圧などの非伝染性疾患の管理に携帯電話がどの程度役立つか判断するという課題がありました。私たちは80人以上の専門家を集めてワークショップを企画しました。アフリカ、アジア、南アメリカのさまざまな国で、いずれこの種のプログラムのユーザーとなる人々の視点で現実を理解するために、医師や代替療法士や政策立案者が共同で取り組みました。


サポートしたい人たちこそが、問題を解決し得る

その土地の伝統をどの程度重要視していますか?

意義深い質問ですが、答えにくいですね。いま言えることは、私たちが直面する課題に対して、ひじょうに細やかな配慮をもって立ち向かうということです。私たちは常に、サポートしたい人たちこそが、問題を解決し得る最善のアイデアを持っているという仮定の下に働いています。だからこそ、できるだけ参加型メソッドを使用するのです。

これらのプロジェクトはどの程度の期間続きますか?

デザインコンサルタントの事案とは全く異なります。この種のプロジェクトでは、2~3年は進展を注視しながら意思決定のサポートを提供します。問題から目を離さず、ソリューションがどの程度受け入れられたか、できればどの程度普及したか、というのを見守ることが重要です。

クライアントが決定した方法をある程度導入していますか?

frogは当初から、国際志向のパートナーとの連携を重視すると決めていました。1つの国で小さな問題だけに取り組んでいると、機能ソリューションに多くのエネルギーを注ぎこみ、結局共有できずに終わる怖れがあります。ユニセフや国連人道問題調整事務所(OCHA)、赤十字社、GSM Associationなど、大規模な組織と連携した経験から、地域レベルだけでなく、世界レベルでも何かを変えられるという自信が持てました。

文化の異なる地域で活動するとき、侵略者のような印象を与えないためにどのような工夫をしていますか?

異なる文化を尊重するだけでなく、ソリューションが受け入れられるように地域を深く理解してプロジェクトを提案する必要があります。直接被害を受けた人ほど問題を熟知している人はいません。しかし伝統については別の話もあります。新しい技術の導入は新しい文化の出現を促す実に優れた方法です。

例えば、ケニアでは、多くの新規事業のおかげで経済が急成長を遂げました。若年世代が諸手を挙げてこれらの技術を歓迎し、地元企業が社会問題を解決するためのビジネスモデルを誇らしげに開発する様子を目にするのは本当に素晴らしいことです。




※ この記事は、『Design Report』2016年6月号(発行:ドイツデザイン協会)掲載のインタビュー記事(取材・文/ノーラ・ソビッチ)をもとに、2017年1月frogが新たに編集・公開した記事を参照しています。

監修:電通エクスぺリエンスデザイン部 岡田憲明 http://dentsu-exp.design/
翻訳・添削:トランスメディア・デジタル