木はここまで滑らかになる。
鈴木 努さんの信じられないカトラリー。

▲鈴木 努さんの梨のサービングスプーン(角)。現在リビング・モティーフにて開催中の「日本の道具展 3」で個人的にヒットだったのは梨のこの色艶。

場数、という言葉がある。
人は、初めて見たモノを、そのモノを見るだけでなく、瞬間的に過去に使ったり、触ったモノと比較している。感覚の良し悪しもあるが、場数を踏んだ人は比較の分母数が多いから、そのモノがどんなものかを瞬時に判断することができるのだと思う。わたしもそこそこ、モノはみている方だが、最初に、鈴木 努さんのサーバーやカトラリーを触った時、「何で仕上げたのか?」が、とんと判らなかった。

このようなツルツルとしたなめらかさは今まで感じたことがない。触りながら、自分の頭の中にある記憶と重ね合わせる。白木(無塗装)、オイル仕上げ、ウレタン仕上げ。大体その三択だが、どれにも当てはまらない。ウレタンを塗ったような「膜」は感じられないし、「オイル」のようなペタつき感もない。「台所道具の手入れ本」を上梓している人間として、いささか恥ずかしかったが、判らないものは仕方がない。白旗挙げて尋ねてみると「磨き」であると教えてもらった。しかし磨いただけで、こんなツルツルになるのか。

▲サラダサーバー。この滑らかさは、触ってみないとわかりません。

▲餃子のアンを取るための「餃子ヘラ」。上から、アサダ・梨・桜。

「“サンコウザイとカンコウザイ”って分かります?」。鈴木さんは試すように聞いてきた。その謎を解く最初の鍵となるのは“散孔材(サンコウザイ)”だった。

漆塗りの技法に「目はじき」という技法がある。その名の通り、木の導管が漆を「弾い」て、模様のようになっている技法だ。どうしてこうなるのか不思議に思い、つくり手に聞いたところ、ケヤキのような“環孔材(カンコウザイ)”でないと出来ない技法だそうだ。そういえば以前、輪島の塗師も「ケヤキは導管が開いているから、目止めが大変」と、言っていた。逆に、栃の光るような輝きが不思議で、ロクロ師に聞いたところ「導管の詰まった散孔材だから」、と教えてもらった。

針葉樹、広葉樹、常緑樹、落葉樹といった、馴染みのある分類以外に、木の導管の太さを示す環孔材・散孔材という違いがあることを知ったときは、驚きだった。そんな経験から鈴木さんの問いかけに「散孔材と環孔材、分かります」と答えられたのだ。

▲木取りされたサーバーなど。これから長い道のりを経て、仕上がっていく。

▲削るのが大好きな鈴木さんの秘密兵器。「ホームセンターで、この道具を見つけたとき、嬉しくて小躍りした」とのこと。

鈴木さんは好んで目の詰まった散孔材を使う。導管が細かい方が、滑らかになりやすいからだ。
手に吸つくような手触りへの二つ目の鍵は、鈴木さんが自身を「磨きの鬼なんです」といい表すほど磨きを重要視しているということだ。カトラリーなどをつくる場合は、ヤスリでなめらかに仕上げる。サンドペーパーには細かさを表す「番手」という数字があって、数字は大きくなるほど細かくなるが、400番でもかなり細かい。だが、鈴木さんは、240、400、その後600、800と続き、1000、1500番まで使う。モノによっては3000番まで使うそうだ。

3000番というと包丁の仕上げ砥と同じ細かさだ。普通、カトラリーの仕上げは600番でも細かいぐらいだから、どんなものも必ず1500番までかける、というのは尋常じゃない。

「800番以降は削っている、というより撫でている感じ」だという。それじゃどのタイミングで次の番手に移ったらいいか、違いが見えず、達成感がないのでは?という野暮な質問をしてみた。それでも「このツヤツヤを知ってしまったらやめられない」、と鈴木さんは言う。それぞれの瞬間に、鈴木さんにしか見えない境目があるらしい。

▲左がくるみオイル、右側が1000番、1500番、3000番のヤスリ。

さらにもうひとつ、とっておきの鍵があった。鈴木さん曰く、「ヤスリで磨くと一見、木肌はなめらかに見えても、木の細かいケバは倒れているだけ。ケバは、水に入れると立ち上がってくる」そうだ。だからヤスリの番手を変えるごとに、水にさっと入れて、ケバを立たせ、次の段階に移すのだと言う。

水に濡らせば乾くまで次の作業に移れない。ヤスリの回数にしても、濡らしてケバを立たせることにしても、効率の悪いことばかり。しかし、それもこれも、「使うときのツルツル感」のためだ。最後はくるみオイルで吹き上げて、やっと嫁入りの準備は完了する。

工場や工房を訪ねるときに注意するのは「企業秘密を記録し、同業他社には伝えてはいけない」ということ。だが、たまに秘伝を隠さない人がいる。リビング・モティーフで取り扱いのあるからくり細工のような木の留め金を使用した印鑑ケースや名刺入れの木工家、丹野製作所の丹野雅景さんも、余裕綽綽だった。地元である北海道のつくり手と東京で展示会をする際に、「秘密の細工」のはずのパーツを分解して、立体の図解として展示していた。「こんな面倒なこと、種明かししても、誰も真似しないですよ」と笑っていた。
鈴木さんもまさにそうで、こんなヤスリを細かに、何回もかけ、おまけにその都度、水でケバを立たせる人なんて、そうそういない。

しかし、美しく仕上がっているからといって、油断してはいけない。鈴木さんから、「ツヤがあるからといっても木ですから、使い終わったら、さっと洗って、さっと拭いて、定期的に油で拭き込んでください」とお客様にお伝えるように言われている。売り場スタッフには3000番の専用研磨布が渡される。時間のあるときは磨いてください、という鈴木さんからのお願いだ。

狂信的に磨きを愛するつくり手によって、「感じたことのない触感」を知った。
手間をかければかけるだけ成果は上がる、というが、この地道な積み重ねには、ただただ、頭がさがる思いだ。

<前回紹介の小笠原鋳造所のおまけ>

小笠原陸兆さんの「おむすび焼き器」の利用方法をご紹介。
今年の3月に、倉敷のcafe gewa さんのイベントで、オオヤミノルさん が、「アヒージョ」という画期的な使い方をしてくれたときのもの。

▲パンケーキとアヒージョ。

▲焼きおむすび。

リビング・モティーフにて好評発売中です。

「日本の道具3 鍋からはじめる秋支度」好評開催中!

この連載で紹介している鈴木努さんのカトラリーほか日野さんが選んだ秋を一層楽しむためにぴったりの道具が並んでいる。

開催期間
2017年9月1日(金)〜10月1日(日)
会場
リビング・モティーフ(アクシスビル 1F)
詳細
LIVING MOTIFのウェブサイトにて