タクラムとソニーがロンドンでコラボした「We Build Worlds」。
フィクションから探る新しいマーケット

2015年の誕生以来、4K超短焦点プロジェクターやグラスサウンドスピーカーといったラインナップで映像や音楽のある暮らしを提案しているソニーの「Life Space UX」。今夏、イギリスでもお披露目され、そのプロモーションイベントの演出をロンドンにもスタジオを持つタクラム(takram)が手がけていた。

展示タイトルは「We Build Worlds」。会場となったユニット5ギャラリーは、ロンドン東部ショーディッチ地区の外れにある小さなスペースだ。この辺りは決して洗練されたエリアとは言い難いが、ヒップスターと呼ばれる若手クリエイターたちが集う地域として知られている。

ギャラリーに一歩足を踏み入れると、そこは架空のSF作家J.H.Vincentが自宅で最新作の執筆に取りかかっている最中という設定。Life Space UXの製品が書斎やリビングルームで使われているが、その中に生活感は感じられない。

タクラムは今回の展示にあたって、エッジの効いたアートワークで知られるロンドンのStudio PSKとGiulia Garbinを起用。彼らの新感覚のアニメーションやグラフィックが、まるでSFのストーリーやそのキャラクターのように、4K超短焦点プロジェクターやポータブル超短焦点プロジェクターから投影されていた。来場者はJ.H.Vincentの家にいるような、彼の描く小説のなかに入り込んだかのような錯覚に陥っていく。まるでフィクションのなかのフィクションに参加している気持ちになるのだ。

このプロジェクトをディレクションしたタクラムの牛込陽介は、Life Space UXのコンセプト「日常空間における隠れたポテンシャルを解き放つ」を再解釈。「スピーカーやプロジェクターを用いること自体が生活空間にナラティブ(物語)を持ち込む手段である」と、Life Space UXの製品群が、人々の暮らしに豊かさをもたらすことにとどまらず、クリエイターの作品表現にも力を発揮するのではないかと提案したのだ。今回のイベント自体が、製品の用途に対する実験的な意味を含んでいる。日本でコンシューマ向けに開発された製品を、フィクションを強く打ち出すことによって異なるマーケットに導けるのではないか考えた点がユニークだ。

タクラムのロンドンスタジオのスタッフは、全員、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)の卒業生で構成されているが、事務所の設立に携わった牛込とルーカス・フランシスキエヴィッチは、ともにRCAのデザイン・インタラクション学科の出身。そのせいか、ロンドンスタジオにはどこかスペキュラティブ・デザインの色が濃い印象がある。

デザイン・インタラクション学科を率いたアンソニー・ダンがRCAを去って2年が経つが、その教えは多くのデザイナーに大きな影響を与えている。デザインをビジネスから乖離させて学問へと導こうとしたダンは、「フィクション」という仮説を用いて人々に疑問を投げかけ、活発な議論をうながした。

ダンはRCAを去る際の本誌インタビューで、「これからは教え子たちが独自の解釈でスペキュラティブ・デザインやその手法を追求すること」を強く望んでいた。認知度を得たスペキュラティブ・デザインは、今、次の段階を迎えている。牛込はじめその教え子たちがこれからどう活用していくのか、これからも注目していきたい。(文/中島恭子)End