富士フイルム デザインセンターの新スタジオ「CLAY」
やりたいことをやる。そのための環境づくり

5月にオープンしたCLAYは、富士フイルム デザインセンターの新しいスタジオだ。コンクリート建築をリノベーションした個性的な空間は、遊び心があって開放的な気分に満ちている。「やりたいことがあって制作環境を変えたかった」というデザインセンター長の堀切和久さんに移転の経緯やねらいを聞いた。

いいものは残していこう

——天井の高さが印象的なエントランスです。

地上の高さは10m、地下が6.5mあります。もともと地上3階地下2階の建物のフロアを抜いているので、1階と地階がひじょうに高いです。空間の容積を楽しむ、とでもいうのでしょうか。何しろいらした皆さんはたいてい驚かれます。

——1階はオフィスですが、ギャラリーとしての機能もあるそうですね。

壁が広いのでレールを取り付けて、これから写真展などをやろうかと思っています。例えば秋のデザイン関連のイベントが多いシーズに、1階は写真展をやって、地下でプロトタイプ展のようなものができたらいいなと。

▲1階のミーティングテーブルは奈良の古材屋で調達したネズコの無垢板。インテリアのトーン&マナーは「黒とコンクリート」。それに合わせたオリジナルのキャビネットや家具を導入。

——以前、ここはどんな場所だったのですか。

KREI OPEN SOURCE STUDIOといって、コクヨグループのクリエイティブセンターとインディペンデントクリエイターの集合体「co-lab」によるワークスペース、そして地下のイベントスペースから成っていました。

実はデザインセンターの移転プロジェクトをコクヨさんと一緒にやっていたことから、物件探しに苦労していたときに突然「ここはどうですか?」と言われて(笑)。1日考える時間をもらったけれど高揚感が続いていたので、「これを逃すと同じような物件には2度と出会えない」と思って入居を決めました。立地的にも、西麻布と東京ミッドタウンの両本社からも近いのです。

——ということは、「CLAY」という名称は「KREI」から来ているのですか。

そうです。僕らも名前をいろいろと考えたけれど、全部変えちゃうのではなく、いいものは残していくこともこれからのデザインには必要なんじゃないかと。デザイン関係者のあいだで「クレイ」といえば「ああ、あそこね」と馴染みもよかったので、呼び方を残して綴りだけ変えました。クレイモデルのクレイ(粘土)、あとは素質とか天性という意味もあって、僕たちのスタジオにぴったりなのではないかと思っています。

「事業×デザイン」「研究×デザイン」のハブとして

——そもそもなぜデザインスタジオを移転しようと考えたのですか。

やりたいことがいくつかあって、制作環境を変えたかったんです。1つは、社内のさまざまなイベントやプレゼンをここでやりたい。今まで事業部が主催する会議には、僕らデザイナーがモックアップと資料を持って出かけていました。でも本当は、アウェーとなる事業部の会議室ではなくてホームのデザインセンターでプレゼンしたいと、ずっと思ってました。デザインのホームでデザインのプレゼンをするので、受ける側も「センスを持っていいものを選ばないといけない」というクリエイティブな気持ちになる。

もう1つは、社内の研究者やエンジニアたちとのワークショップをここでやりたいと思っています。富士フイルムには15を超える研究所があって、所長も僕らと同世代かもっと若かったりする。「研究者もクリエイティブじゃないといけないよね」と普通に話ができるので、彼らと共創したら面白いものが生まれるのではないかと期待しています。

——事業部だけでなく、研究所とダイレクトに仕事することが可能なのですか。

富士フイルムのなかでデザインセンターはどこの事業部にも属さず独立しているため、どの分野の人たちとも交流できます。先日ここでオープニングレセプションをしたときには事業部長と研究所長が一堂に介しました。来場者が口々に「富士フイルムの両分野がここまで顔を揃えるのは初めて」「デザインだからできた」と、ここの活動を象徴するような瞬間でした。

▲地階はミーティングだけでなく、ミニコンサート?など多様なイベントもできるスペース。置かれたイームズのシェルチェアは全50脚で、32色展開。

——会社によってはデザインセンターと研究所との関わりがほとんどないところもあるかと。

そういうところも多いかと思います。化合物やナノ素材の基礎研究など、デザイナーが関わるには少々遠いというか。それらが材料とか技術になったときに初めてユーザーが見えてきて、デザインが入り込める。でも本当は、何のためにその研究をしているのかを考えたら、そこにはユーザー像が存在しているはずなんです。もっともっと上流にデザインが入っていけば、研究のキーワードやビジョンみたいなものがつくれるかもしれません。

——いつ頃から密接になってきたのですか。

10年くらい前から「こんなことに悩んでいるんだけどデザインも入ってくれないか」と声がかかるようになって、フラットな関係になっていったのはここ3年くらいですね。

あるとき、研究所長が集まる会議に行ったら、「研究者ってデザイナーとひじょうに近い思考を持った人たちなんだ」と気づきました。技術は確立されたものを競い合いながら伸ばしていくところがありますが、研究はゼロから何かをかたちにしていくのでデザインに近い。先日もここで「10年後、20年後の未来」というテーマで議論したのですが、CLAYという場所ができたことで面白い動きが加速していくと確信しました。まだ人に注目されていなくて、放っておかれているものって、あるときすごく面白いものに変わる可能性があるんですよ。

▲地下にはバー空間も。

産学プロジェクトから音楽ライブ、バーまで

——ところで、よく経営陣がこちらへの移転を承認しましたね。

デザインの活動を指標化するのは難しいのですが、タイミングも大事で、追い風が吹いたんですね。今年富士フイルムは、グッドデザイン賞12点、iFデザイン賞14点、レッドドット・デザイン賞17点も受賞したんです。こうしたデザイン賞というのは、経営層とデザインの大切な合意形成の場でもあって「デザインがブランドの価値を上げているんだな」と気づいてもらえたことが大きい。

日常的には、月次の活動報告書などを通して経営層とやり取りするなかで、「デザインとはただ姿かたちを整えることではないんだ」「事業や研究に入り込んでやっているんだな」と少しずつ理解してもらえるようになってきました。僕は、自分たちのやりたいことがあって、それを経営が理解して支援するというかたちが理想だと考えています。それはCLAYの大切なメッセージでもあります。

——CLAYでこれからどんなことをしていきますか。

まず、研究者やエンジニアを短期で受け入れてデザインの仕事をしてもらおうと思っています。既にひとりいて医療分野のデザインをしてもらっています。期間は1年くらいで、目的はデザインのファンをつくること。彼らが元の職場に戻ったときに「デザインって実は面白いよ」と伝えてくれたなら、僕らも後々協働していくときにやりやすくなります。

もう1つは、ここを社外の人たちと交流するハブにしたい。秋にはCLAYで美大との産学連携プロジェクトを開催したり、インディペンデントのデザイナーたちを招く予定です。あと、音楽ライブもやりたい。小説家も、ミュージシャンも、デザイナーも、表現するという意味では根っこは同じような気がしていて。これからいろいろな分野の表現者たちと協働していけたらいいなと思っています。

実は地下をみんなが集まるバーにしようとしています。カウンターや業務用冷蔵庫も入れて、先日ネオンサインも取り付けたばかりですから、本気です(笑)。

——センター長自ら率先して楽しんでいらっしゃいますね。これからの展開を楽しみにしています。End

▲富士フイルムデザインセンター長の堀切和久さん。CLAYの玄関前にて。

富士フイルム デザインセンター  http://design.fujifilm.com