ロンドンから東京へ。
拠点を移したプロダクトデザイナー安積 伸の個展

25年過ごしたロンドンから東京に拠点を移して約1年半。プロダクトデザイナーの安積 伸は、今さまざまなプロジェクトを進めながら、大学で教鞭もとる日々を送っている。そんな安積が手がけた作品のうち、「テーブルまわり」に焦点を当てた個展が9月26日まで開かれている。

「使って得られる充足感」を求めて

「Life around the Table」と題した展覧会の空間は、植物以外はすべて安積の作品で設えられている。AZUMIの代名詞としてヴィクトリア・アンド・アルバート博物館のコレクションにもなっているバースツール「LEM」や、着席しやすいように天板がスライドするテーブル「Banquette」、フェザークッションが身体を包み込むソファ「Panna」(ともにFormax)……。これまで話題になったヒット作は多いが、それらをまとめてスタイリングした展覧会はなかったそうだ。こうして俯瞰してみると、独特のシンプルさを追求してきた感があるが、本人は「今まで意識していなかったけれど、造形としてはアクが強いかもしれません」と苦笑する。

▲バースツール「LEM」(lapalma)

▲ソファとテーブルから成るリビングダイニングセット「Banquette」(Formax)

▲ソファ・セット「Panna」(Formax)

会場には新作の家庭用小型ウォーターサーバー「Frecious Dewo Mini」も設置された。空間の造作に溶け込んで「気配すら消える」ようなストイックな形態を目指し、ボタン類を上部に寄せつつ、水の出る下部との関係性をはっきりさせている。常に自分自身の生活に照らし合わせながら、使い勝手を徹底的に考察するのが安積のやり方だ。デコレーションにならず、「使ったら良さがわかる」のが理想だと言う。

「見栄えがかっこいい、風景に溶け込むということも大事ですが、使って充足感を得られることが、いちばん重要なファクターだと思っているんです」と安積。家具や電化製品は眺めるだけではなく、身体を預けたり、日々使うもの。一度買ったら10年単位で生活を支えるものだからこそ、「デザイナーとしてそれに対する責任を持たないといけません」と自らに言い聞かせる。

▲家庭用小型ウォーターサーバー「Frecious Dewo Mini」(Frecious)

日本で多様性を語れるプロダクトをつくりたい

近年はテーブルウェアを手がけることが増えているという。3年前から協働している食器メーカーのキントーとは年に2、3プロジェクトが動いている。同社と最初に開発したティーセット「TOPO」は、安積本人にとって思い入れの強いプロダクトとなった。

▲「TOPO」(KINTO)

テーマは、「ちょっとだけ定型からはみ出す」。丸みを帯びたポットやカップはよく見ると回転体ではなく歪んでいたり、ハンドルが一体化している。皿も楕円形で、縁の形も少し変わっている。「圧力成型でつくっているんですけど、窯の中でひずみが生まれます。釉薬もあえてムラが出るようにかけて、工業生産のプロセスのなかでわざと個体差が出るようなつくり方をしています。それによって量産品でありながら『私のための1品』になったらいいなと思って」。

ロンドンでは「多様性の大切さ」を学んだ。海外から日本を見つめながら、「日本では定型であることが重視される。そうではなく価値観が違うことだっていいんだ、ということを語れるようなプロダクトができないだろうか」とずっと考えていた。歪みのあるTOPOはまさにその自問のなかで生まれたのだ。

海外に比べて日本のメーカーは国内需要を重視し、マーケットを狭く閉じようとする傾向にあるという。だからこそ、ヨーロッパでの仕事よりも多様性については敏感になる。「どうしたら日本国内で受け入れてもらえるレベルで多様性をつくり出すことができるのか、神経を使いますね。キントーは食器メーカーのなかでも世界戦略を持つ会社なので、とてもやりやすい。ともに世界マーケットを見ながら、多様性を広げていこうという作業を続けています」。

▲カレー専用のスプーンやスパゲティを巻くのに適したフォークなど、「HIBI カトラリー」(KINTO)

▲プロのバリスタの眼鏡にかなうよう細かく配慮したドリップケトル「Pour Over Kettle」(KINTO)

会場のエントランスには安積がロンドンのハイゲート・ウッズで撮影した公園の写真が掲げられ、25年間住み慣れた場所からの移り変わりを表現している。東京に拠点を持つ際、ロンドンでの環境に近い場所を探して今の住まいにたどり着いた。「近くに大きな公園があって、成熟した文化があるところが似ています。今は先生とデザイナーの両方をやっているので当然変化はあるんですが、ある意味、近い環境です」。海外の目線を持つ安積だからこそ、日本でも期待される。今後の活躍から目が離せない。End


安積伸 新作デザイン展「Life around the Table」
―テーブルを囲む生活と、それを支えるプロダクト―

期間
2017年9月21日(木)〜26日(火)10:30〜20:00
会場
エスティックフォルマックス表参道
詳細
http://www.estic-jp.com/shop/?nav=formax#Omotesando