飽きないデザイン

週末を利用して、神奈川県茅ヶ崎市にある小さな古い旅館に泊まりに来ている。ここは映画監督の小津安二郎が「東京物語」の構想を練った宿として、知る人ぞ知る旅館である。

大学時代は映画が好きで、無料で映画を借りるために時給580円のレンタルビデオ屋で、返却されたビデオテープをせっせと棚に戻した。今はあまり観なくなってしまったが、それでも気に入った映画は何度も観る。好きな映画はいろいろあるが、なかでも小津安二郎の東京物語は20回以上は観ていると思う。観るだけでは物足りなくなって、映画の舞台となった尾道に出かけて、ゆかりの場所を巡ったこともあったし、映画の構想が練られたこの小さな旅館には、もう何度か泊まりにきている。小津安二郎が逗留していた長い廊下の先にある角部屋は、当時のタバコの煙で今も天井が黒い。泊まって何をするでもないが、すすけた天井の下でまた東京物語を観る。

我ながら同じ映画ばかり見てよく飽きないなと不思議に思うが、なぜかこの映画だけは飽きない。物語も展開も極めて地味で単調である。何度も観ているので会話も暗誦できるほどだが、それでもそこに漂う質感のようなものをふと感じたくなって、気がつくとまた再生している。時代を超えて残る名画は、物語そのものよりも、この質感が際立っているものが多いように思う。昔観た映画の筋は忘れてしまっても、感触だけを覚えていることが多い。言語化できるものは意味を理解すると消費してしまうが、言葉にならない質感は消費できない。

飽きないというのは奥深いテーマだ。デザインを考えるときは、飽きないデザインをつくりたいといつも思っている。プロダクトは毎日繰り返される日常の中で使われるものだから、飽きられてはいけない。アイデアだけが立ちすぎているデザインは消費されるし、背後に面白い物語があるだけでも日常に耐えない。プロダクトは東京物語のように控えめで、質が良く地味なものがいい。東京物語を見るたびに、その質感がなんなのか考えてみるが、いくら言葉で分析してみても結局大事なことはすり抜けてしまう。今日もただ、あぁ良い映画だったなと思った。それはやはりすごいことだ。