タイの不動産大手サンシリが、モノクルら6社に出資。
メディアも参画する街づくりのあり方とは

▲タイ・バンコクで開かれた記者発表会より。サンシリのプレジデントであるスレタ・タビスンを中心に投資先6社のトップが勢揃いした。

暮らし方や働き方への意識が変わるなか、街づくりもこれらを受け入れて変化していかなければならない。2017年11月、タイの不動産開発大手「サンシリ(SANSIRI)」が理想的な街づくりのために、6つのグローバルブランドに投資することを発表した。

その6社とはホテルブランド「ザ・スタンダード」、ホテルの当日予約アプリ「ワン・ナイト」、エア・ビー・アンド・ビーに登録するホスト側のインテリアサービス「ホストメーカー」、アジアを中心にコワーキングスペースを展開する「ジャストコー」、植物工場「ファームシェルフ」、そして雑誌を核に多角的な事業展開で知られる「モノクル」だ。

いずれもライフスタイルやテクノロジー分野で注目を集める企業であり、その大半が2010年以降に起業したところばかり。投資額は合計8,000万米ドル、日本円にして90億円を超える。サンシリはこれらとの連携を通じて、新たな事業創出を目指し、それをタイ国内にかぎらず展開していこうと目論んでいる。

▲サンシリのプレジデントのスレタ・タビスン。

▲サンシリが所有するレジデンスの一室。プールやライブラリーを併設し、バレットパーキングやハウスキーピングなどフルサービスの形態が多い。

ライフスタイルホテルのノウハウをレジデンスに、ザ・スタンダード

1999年以来、ロサンゼルス、ニューヨーク、ハリウッド、マイアミで開業する「ザ・スタンダード」は、近年増え続ける“ライフスタイルホテル”の先駆け的存在だ。ホテルは泊まるだけの場所ではないという考えのもと、地元クリエイターとの対話を通して、地域住民も訪れたくなるような企画を仕掛けている。例えば、書籍の出版記念パーティーやトークショーなどを通じ、宿泊者と地元の人たちが自然に交流するような機会を創出しているのだ。

また、いつでもチェックイン、チェックアウトが可能など、通常ホテルが敬遠したくなるようなサービスでも、宿泊客が望むものであれば採用する。インテリアデザイン以上にオペレーションに力を注いできたホテルとも言える。

ザ・スタンダードのCEOアマル・ラルヴァニが、「都会の高級マンションに住民同士がより関わり合うための仕組みを取り入れたい」と言うように、ザ・スタンダードのノウハウを生かしたサンシリのレジデンスが模索されることになる。

▲ニューヨークのザ・スタンダードの客室。既存建築物の歴史を踏まえながら、ホテルへ用途転換を図ったものが多い。

当日午後のホテル予約アプリ、ワン・ナイト

「ワン・ナイト」はホテルの当日予約に特化したスマートフォン用のアプリ。CEOのジミー・サによれば、クリエイティブ層ほど当日予約が多く、こうした需要に応えるためにアプリを立ち上げたという。

現在、ワン・ナイトに登録されているのは、ロンドン、ニューヨーク、サンフランシスコなど世界11都市、サービスとデザインから絞り込んだ125のホテル。午後3時に当日の空き室を通常よりリーズナブルな価格で公開する。125という数字は少ないように感じられるかもしれない。だが、午後3時過ぎに当日の宿を探す際、エクスピディアのようなバックパッカー向けから5つ星ホテルまでの大量のリストから選ぶ手間は省きたいものだ。

「個人の家では提供できない、ホテルにしかできないことがたくさんあるはずです。予約プロセス自体もホテル体験となるようにしたい」とジミー・サ。サンシリとの提携により、ワン・ナイトにはアジア圏のスタイリッシュなホテルが登録されることとなる。

▲ワン・ナイトのアプリ画面。ユーザーインターフェースもスムーズで、落ち着いた雰囲気。

ホストをハードとソフトの両面からサポートする、ホストメーカー

2014年に英国でスタートした民泊ホスト向けのサービス「ホストメーカー」は、その名の通り、エア・ビー・アンド・ビーに登録したホストの部屋を化粧直しするサービス。ゲストが宿を探す際に写真の見栄えが判断を左右することから、ホストメーカーのインテリアデザイナーが部屋をスタイリングしたり、内装を変えたりして、泊まりたくなる部屋に仕立ててくれるのだ。

空間を魅力的にするだけではない。エア・ビー・アンド・ビーの利用時、家主とのカギの受け渡しがスムーズにいかなかった例はよく聞く。「夜遅く到着して、カギがどこにあるのかわからないでは、旅の始まりが台なし。われわれは貸す部屋の化粧直しからカギの受け渡しまでを引き受け、“住宅をホテルのように管理する”のがモットー」とCEOのナクル・シャルマは説明する。

▲ホストメーカーが改装したエア・ビー・アンド・ビーに登録されている一室。現在ロンドンのほか、パリ、ローマ、バルセロナでサービスを展開する。

アジアでコワーキングスペースを展開する、ジャストコー

シンガポールとバンコクに11カ所のコワーキングスペースを運営する「ジャストコー」は、2018年にはマレーシア・クアラルンプール、インドネシア・ジャカルタ、香港、ベトナム・ホーチミンにも進出する。

東京では個人がフリーアドレスで利用できるワーキングスペースは増えているものの、数十人規模がフレキシブルに使えるコワーキングスペースはまだ少ないのが現状だ。創立者のワン・シン・コングによれば、「ドロップボックス、セールスフォースといった多国籍企業もわれわれのクライアント。10名から30名規模の支社として利用しています」とのこと。共有スペースでの交流はもちろん、ヨガなどさまざまなイベントを通して、異なる企業の人同士が触れ合う機会を創出している。

サンシリのレジデンスの住民には自営業者や経営者が多いという。サンシリは住まいだけでなく、オルタナティブなワークプレイスの提供も視野に入れているに違いない。

▲ジャストコーが運営するコワーキングスペースには卓球台も。

健康に暮らすための、ファームシェルフ

「ファームシェルフ」は自宅やオフィスで葉物野菜を育てることができる植物栽培システムの名称であり企業名。起業は2015年と6社のなかで最も若い。

植物が生育するシェルフは高さ2m、幅1.2m、奥行き60cm。このサイズで1カ月に120玉のレタスが収穫できるというから高効率だ。しかも、水は農地で栽培する際の1割程度で済むという。

とはいえ、このサイズでの住まいへの導入には無理があり、コンポーネントの小型化が条件となるだろう。また、住まいのインテリアの一部として、この栽培システムが受け入れられるかも気になるところだ。

▲ファームシェルフを導入したニューヨーク・ブルックスの「ノーマンレストラン」。現在、ファームシェルフで栽培できるのはハーブ類、ピーマン、トマト、ストロベリーなど。

複合住宅施設を手がけるメディア、モノクル

投資先のなかで異色だったのは、ロンドンを拠点に雑誌、ラジオ、ショップを展開する「モノクル」の存在だろう。同社はBBCのレポーターとしてキャリアをスタートさせたジャーナリストのタイラー・ブリュレが2007年に立ち上げたメディア。ロンドン、ニューヨーク、トロント、香港、東京、シンガポールには小売店を持ち、ロンドンと東京ではカフェも運営する。こうした事業の多角化はモノクルの認知度を上げるためだ。

そんなメディアが不動産大手と提携するならば、モノクルの考える住まいの誕生を期待したい。実は、サンシリはモノクル誌の創刊当初からの広告クライアント。「モノクルでは雑誌を通してどのような街が住みやすいか、建築家や都市計画家とともに考えてきました。また毎年、独自の視点で選ぶ世界の住みやすい都市ランキングを発表しています。これだけ理想の街づくりについて語ってきたのだから、いつか実体のあるものをつくりたいと思っていました」と発行人のタイラー・ブリュレ。

▲年10回刊行の雑誌、モノクル

モノクルとサンシリとのパートナーシップが実際のかたちになるのは2018年。モノクルのノウハウを生かしてカフェ、物販も入る複合住宅施設が誕生するという。この今らしいスピードに驚くが、サンシリの投資先も話し合いからものの半年で決まったところが多いという。本プロジェクトから、今後の豊かな暮らしのための分野を超えたハイブリッドなビジネスが生まれる予感がする。(文/長谷川香苗)End