メルボルンのビジネス街に出現した巨大ウォールアート。
市公認、観光客も惹きつける理由

▲かつての変電所ビルの側面を巨大キャンバスとした壁画プロジェクト「Upper West Side Street Art Precinct」。写真はビルの南面。左端は、世界的に活動するSmugの作品

グラフィティが街を彩るメルボルン

2017年12月に、メルボルンのビジネス中心街CBD(Central Business District)に、6人の実力派アーティストによる巨大なウォールアートが出現した。メルボルンには、ゲリラ的に世界に出没するグラフィティアーティストのバンクシーによる壁画があったことでも知られる路地「AC/DCレーン」や、表通りから裏通りまでウォールアートが溢れるフィッツロイ地区など幾つかグラフィティで有名なエリアがあるが、「Upper West Side Street Art Precinct」と名付けられたこのプロジェクトは、その場所がCBD内であることと、市”公認”であることから話題を集めている。

▲今回のプロジェクトを企画、キュレーションしたアートディレクターのShaun Hossackさん。You’re Radというメッセージを描いたウォールアートが完成したばかりのJuddy Roller社のオフィス前にて撮影

6組のアーティストがわかりやすいモチーフで描く

ロケーションは環状線や長距離列車が乗り入れるサザンクロス駅の目の前。オーストラリアの電力会社シティパワーが所有する旧変電所ビルの壁面を利用したもので、同ビルは隣接していた発電所の取り壊し後に再開発され、現在は集合住宅や店舗の入る複合施設となっている。ことの始まりは、同ビルに2016年に描かれた、オーストラリア生まれで現在は英国を拠点として世界的に活躍するアーティスト、Smugによる彼の祖父母のポートレートだった。その壁画に引き続きキュレーションを行ったのが、今回の大型プロジェクトの仕掛け人、ストリートアートの企画プロデュースを手がけるJuddy Roller社代表のShaun Hossackさん。

「Smugの作品は、街の人たちから愛されていて、ビルオーナーはとても満足していた。そこで、さらに大規模なアートをシティパワーとファーイーストコンソーシアムから依頼され、僕らが6人のトップアーティストに声をかけ、6面の壁画をいっせいに制作するプロジェクトが始まったんだ。目的はとてもシンプルで、アートで街にパワーを与えること。今、最高のものを描ける6人を厳選したので、これまでにないエキサイティングなプロジェクトになった」と語る。公共性の高い立地なので、抽象的なグラフィティではなく、ポートレートなどのわかりやすいモチーフにすることだけをShaunはアーティストに要望し、Smug、Dvate、Adnate、Sofles、Fintan Magee、Roneという6組の作家たちの自由なアイデアにより、各壁画は制作された。

▲Roneの作品。Roneによる女性のポートレートシリーズはビクトリア国立美術館NGVに収蔵されている

▲Adanteによる先住民の少年を描いた作品

新たなアートスポットや観光ルートを創出

ウォールアートに対する世間の声については、「10年ほど前は、ストリートアートの価値は一部の人にしか理解されていなかったけれど、今ではアート作品として認知されているし、メルボルンの自治体や企業には、観光のひとつのコンテンツとしてウォールアートを認めている状況がある」と話す。最近では、質の高い壁画のある建物を取り壊す際に、ビクトリア国立美術館NGVが保存を働きかけることもあるほどだ。

「メルボルンはオーストラリアのなかでカルチャーの発信地だと思うし、社会もコンテンポラリーアートやストリートカルチャーに対して寛容だと感じるよ。街ゆく人たちも観光客も僕らが手がけた壁画をストレートに楽しんでくれる。それが最高に嬉しい」とShaun。

2015年には、穀物を保存するサイロの壁面に巨大壁画をプロデュースし、これといったアートスポットのなかったビクトリア州西部の農業地域に新たな観光客を呼び込んだ「サイロトレイル」の企画など、メルボルン中心部のみならず広域でウォールアートを仕掛けてきたキーパーソンのShaunは、今年1月には、テニスの全豪オープンが行われているメルボルンパークの全長180mに及ぶ壁画に携わったばかりだ。現在は、3月に始まる20階建て集合住宅の壁画のプロジェクトを準備中で、その後は、今回の変電所ビルを起点にメルボルン中心部でウォールアートを継続的に増やし、観光ルートとして育てていく「アーバンシティトレイル」など、チャレンジングな計画が続くというので目が離せない。

▲Fintan Mageeによる大規模作品。上に見えるのは発電所の再開発後に建てられた高層住居棟

▲Dvateによる作品の一部。ビルの通用口を挟むように描かれている

路地のノイズや匂いと一体になったアート体験

「Upper West Side Street Art Precinct」制作の終盤には悪天候に見舞われながらも、高所作業車上でスプレーやブラシを使って仕上げを施していくアーティストたちの画像がSNS、新聞、TVニュースなどを通して世界を駆け巡った。「オーストラリアを代表する6人の作家が同じ場所で同時に描くことにこだわった」とShaunが振り返る通り、彼ら6人が揃った効果は絶大で、精緻な壁画のインパクトに加え、インスタグラムのフォロワーの合計が70万人以上というアーティスト陣の知名度がニュースの拡散に大きく貢献したのは間違いない。

また、美術館での鑑賞とは異なり、偶然見つけた瞬間の驚きや、路地のノイズや匂いと一体になったアート体験が鮮やかな記憶として残り、それを伝えたい衝動がこのストリートに新たな観光客を呼ぶ好循環を生み出している。End

▲ビル西面に描かれたSoflesによる作品。手前に見えるスペンサーストリートを挟んだ向かい側はサザンクロス駅

▲今回の6作品に先駆け、2016年にビルの北面にSmugが描いたポートレート