コクヨデザインアワード受賞作
「すっきりとした単語帳」商品化プロジェクト

▲商品化された「すっきりとした単語帳」。

3月上旬、コクヨデザインアワード2015でグランプリを受賞した「すっきりとした単語帳」が商品化され、コクヨ公式オンラインショップ「コクヨショーケース」および東京・千駄ヶ谷のライフスタイルショップ&カフェ「THINK OF THINGS」での販売がスタートした。ゴムバンドがカード全体をまとめ、ブロックのようにすっきりと重ねられる。今までに見たことのない単語帳だと新鮮な反響があるという。

同アワードにとって「受賞作を世に送り出すこと」は重要なミッションだ。しかしコンセプトやデザインがいかに優れていても、商品化のプロセスにおいては乗り越えなければならない壁がいくつもある。今回は、技術的な課題に焦点を当て、どのようにそれを克服したのかを「すっきりとした単語帳」の作者である「あら部」のメンバーとコクヨの開発担当者に聞いた。

▲「あら部」のメンバー。左から、高橋杏子さん、伊藤実里さん、室屋華緒さん、山中 港さん。

応募モデルをできるだけ忠実に再現したい

――「あら部」の皆さんは、コクヨデザインアワード2015の「美しい暮らし」というテーマに対して、どのような提案をしたのですか。

高橋杏子さん(あら部) 私たちが考えたのは、「学び続ける暮らし」です。日々気になったことをメモしながらアイデアをためていくなど、自ら学びのサイクルを生み出すような姿勢こそが「美しい暮らし」につながるのではないかと提案しました。また、私たち自身が単語帳を使って勉強してきたなかで、手書きのもつ力や、1枚のカードの表と裏で記憶を呼び起こす機能性など、デジタルでは置き換えられない要素を見直したい。そのためアナログな感じを大切に、手になじむ大きさや、手ざわりのよい素材、ゴムバンドの使用感などを検討して応募モデルをつくりました。

▲今回の商品開発を担当した田中裕子さん(コクヨ ステーショナリー事業本部 ものづくり本部)と中村昌浩さん(コクヨ ステーショナリー事業本部 ものづくり本部 テクニカルセンター)

――この作品がグランプリを受賞して商品化が進む段階で、コクヨ側としてすでに見えていた課題はあったのでしょうか。

田中裕子さん(コクヨ ステーショナリー事業本部 ものづくり本部) 私の部署では、ノートや単語帳などの紙製品を担当しています。こちらに商品化の依頼がおりてきたのは2016年5月くらい。応募モデルを見て、まず単語帳の表紙について検討が必要だと感じました。表紙を厚くするために中のカードを12枚も貼り合わせていたので、材料と加工のコストがかかる。貼り合わせる枚数を減らさなければなりませんでした。

▲アワード応募時のモデル

高橋 単語帳がひとつのかたまりに見えるようにしたくて、表紙も中のカードも同じ紙を使いたかったんです。応募時、私たちが選んだ紙には厚口のものがなく、紙の加工業者さんに貼り合わせてもらいました。

田中 私たちも応募モデルをできるだけ忠実に再現したいという思いがありました。モデルの紙に近い色で、厚口から薄口まで揃っている原紙を探したり、樹脂にパルプを混ぜた素材で表紙を成形することも考えました。そうするうちに、あら部さんがいい紙を見つけてくれたんですよね。

山中 港さん(あら部) はい。紙の見本帖から探しました。応募モデルの色とは少し違うのですが、そのために使える紙が制限されるのなら、厚みのバリエーションがある紙を優先させようと思いました。

田中 「ディープマット」という風合いのよい紙ですね。コクヨでは商品開発の際、太陽光が当たっても変色しにくい耐光性や、こすってもほかのものに色が移らない耐摩性など、規定の品質をクリアしなければなりません。この紙は問題なく基準をクリアし、最終的に貼り合わせを5枚にまで減らして応募モデルと同じ厚さの表紙をつくることができました。

▲表紙は厚みがあるため、一度ではきれいに切り抜くことができない。検討の結果、貼り合わせる5枚のうちの2枚ずつ切り抜き、最後の1枚を職人が手作業で接着している。

エンジニアの知識と経験を生かす

――ゴム紐と留め具から成るゴムバンドについては、どんな意図でデザインしたのでしょうか。

高橋 着け外しのしやすさはもちろんのこと、着けたときに単語帳の溝にすっきり収めるため、ゴム紐と留め具の一体感がほしいと考えました。応募モデルでは、ゴム紐と同じ太さの金属パーツを探し、塗装してもらってつくりました。

中村昌浩さん(コクヨ ステーショナリー事業本部 ものづくり本部 テクニカルセンター) 僕はテクニカルセンターで、主に樹脂成形品の技術的なサポートを担当しています。まず、「あら部」さんが提案した金属パーツには鉛が含まれていたため採用することができず、「樹脂でつくれないか」とこちらに声がかかりました。硬さの異なるシリコンを2種類使って成形する案を試しましたが、硬さに限界があってうまくいきませんでした。そこでゴム紐を金型にセットし、樹脂を流し込んで固めるというインサート成形を検討することになりました。ただテクニカルセンターでは、ゴム紐を金型に入れて成形するという実績がありませんでした。僕の経験のなかでいちばん近いのがコンセントのプラグ部分です。塩ビを巻いたコードを金型で押さえて、樹脂を流し込むと同じ素材なので完全に溶け合う。それと同じようにできないかとトライしました。

▲金属パーツ、シリコン一体成形、インサート成形とさまざまな加工を試みた。

――その方法で、応募モデルと変わった点はありますか。

中村 留め具となる樹脂の部分に2つの小さな穴があくということです。これは、金型に樹脂を流し込んだときにゴム紐が動かないように、上下からピンで押さえた跡です。コンセントのプラグでいうと、根元あたりに蛇腹の形状がありますが、金型でコードをしっかり押さえるためにできるもの。また、流れ込む樹脂の圧力を考えて、継ぎ目から樹脂があふれないように金型の形も工夫しなければなりませんでした。

田中 さらに、応募モデルのゴム紐は細いゴム3本をポリエステル繊維でくるんだもので、これでは樹脂で固めにくく抜けやすいことがわかりました。そこで、ゴム屋さんの助言をもとに、細いゴム3本を太いゴム1本に替えることで金型でしっかり押さえることができ、樹脂と一緒に固まるようになりました。

伊藤実里さん(あら部) 実は、応募モデルをつくるときも、ゴム紐と留め具をつなげるところは苦労したんです。「一体どうやってつくるんだろう」と思いながらモデルを渡して、次の打ち合わせのときにはできていたので本当にびっくりしました。でも、これほど色々試してくださったことは今日はじめて知りました。

「大事にしたいポイント」をクリアにする

――今回の商品化を通じて印象に残ったことはありますか。

高橋 私たちが思い描いていた理想をどうやって形にするかということに対し、コクヨさんがひじょうに親身になって取り組んでくれたことに感動しました。

伊藤 実際に商品化の過程を体験するなかで、コクヨの製品は厳しい品質基準の目に支えられていることがよくわかりました。学生のテスト勉強のためだけでなく、大事なアイデアをためてずっと使ってもらえるようなものになれば嬉しいです。

室屋華緒さん(あら部) 何よりも、お客様(ユーザー)を第一に考えるということ。使いやすさやデザインに関してはもちろん、お客様が使うときに「美しい暮らし」を想起できるか、使い方のバリエーションはあるかといったところまで一緒に考えながらつくってくれました。
 一方で、作者としては「ここだけは大事にしたい、伝えたい」というポイントをクリアにするよう努めました。アワードへの応募と、それを実際に商品化するのは別次元の作業。色々な困難や衝突が伴うなかで、私たちが最も大事にしたいことは何かということを話しながら進めていきました。

山中 応募時は学生でしたが、現在は皆それぞれ異なる職場で働いています。そのなかで、ものづくりの規模が大きくなるほどスタートとゴールの間にあるプロセスが見えにくいと実感しています。今回の商品化を経験できたことは、私たちのこれからの仕事のあり方においても大きな影響を与えるのではないかと思います。

―ありがとうございました。

今年度のコクヨデザインアワードは6月下旬から応募開始予定です。詳細決定次第、同アワードのホームページ等で告知されます。