工業デザイナー吉田守孝が提案する、セルフプロデュースによるものづくり

▲フルスイングとの「jig」プロジェクトを通じて、2017年に発表した「atelier stool」。©ヨシタ手工業デザイン室(写真すべて)

吉田守孝は日本が誇る工業デザイナー、柳 宗理のもとで学び、現在フリーのデザイナーとして活動している。セルフプロデュースによるものづくりを展開するが、そこには現状への問題提起や独自の提案もうかがえる。そんな吉田に、デビュー作のステンレス製ラウンドバーという素材を用いた製品シリーズを中心に、デザインに対する考えを聞いた。

▲「ラウンドバー 箸置き/カトラリーレスト」。切削、曲げ、溶接、研磨といった基本加工でつくれるデザインを考えた。

ものづくりの仕組みから考えたい

初めて会ったのは、まだ吉田が柳工業デザイン研究会に在籍していた2006年だった。2008年から自身のデザイン活動を始め、柳 宗理が永眠した2011年に独立し、ヨシタ手工業デザイン室を開設した。

吉田は少しずつ製品アイテム数を増やしていき、2012年に開かれた国内でつくった暮らしの道具を展示即売するCCJ(クラフト・センター・ジャパン)クラフト見本市では、ピーラーや箸置き、鍋敷きといったステンレスラウンドバー製品のほか、「木製トレイ」、コド・モノ・コトで製作した茶碗「くーわん」と塗椀「ふーわん」などが会場に並んだ。

その見本市のときに、吉田が熱い思いを語っていたのが印象的だった。ものづくりの現場に多様な問題が山積していること、それらがものづくりの足かせとなっていること。そのなかで仕組みづくりから考え、ひとつひとつ解決しながら取り組んでいきたいと語った。

▲2種類ある「ラウンドバー 栓抜き」。ビンの蓋が折れることなく、きれいに抜くことができる。

栓抜きのプロジェクトからスタートした

吉田は友人からの誘いで、日本各地の素材や技術を用いて栓抜きをデザインする「センヌキビールバー」プロジェクトの展示即売会に2009年に出展した。

それを機に、企画・デザイン、販売営業、在庫管理や発送業務も自ら手がけるセルフプロデュースによるものづくりを展開する。そのきっかけを「つくっても売る人がいないので、自分でやらざるを得ない状況だったから」と話す。

そこでまずクライアントを持たず、少ない予算の個人ベースでのものづくりで何ができるかを考えた。

▲「ラウンドバー 鍋敷き」。半分にUの字に曲げたバーをY字タイプは3つ、X字は4つを溶接でつなぎ合わせている。

金型を使用しない、少量生産のものづくりができないか

栓抜きなどの金属製品をつくる際にまず問題になるのは「金型」だ。金型をつくるということは、量産して相当数の在庫を抱えなければならない。金型費は高額で、例えばケトルで五百万円、製品によっては数千万円かかる場合もある。膨大な初期投資になり、その費用は製品価格に跳ね返ってくる。

柳工業デザイン研究会時代に、吉田は金型ことで企画が止まったり、遅れたりといった苦い経験を幾度も味わってきた。個人ではなおさらそんな投資もリスクも背負えるはずがない。

金型を使用せず、少量生産のやり方ができないかと思い、真っ先に思い浮かんだのが、柳 宗理のステンレス製品シリーズを製造していた、金属加工の産地として知られる新潟県燕市にある日本洋食器だった。


▲ラウンドバー材の加工は、機械を駆使しながらも手作業によるところが大きい。

ステンレス製のラウンドバー材と出会う

日本洋食器の工場の技術者に相談するなかで、ラウンドバーという材を紹介された。ステンレス製の丸棒をロール加工で平らに押し潰したもので、水差しのハンドルに使用されていたが、近年はその需要が減り、不要になった在庫が工場内に山積みにされていた。

吉田は手に持った瞬間に大きな可能性を感じた。「両縁が丸みを帯びていて、感触が優しく、手で使う道具に最適な特徴を持っている」。

また、燕市では製造工程が分業化され、小さな工場がいくつも点在する。そのなかには量産ではなく、特注で手加工による一品製作をする工場もある。そういう工場を上手く組み合わせれば、金型を用いずに小ロットで生産できるということがわかった。

▲優しく手に馴染む「ラウンドバー ピーラー」。千切りタイプや別売りの替刃もある。

可能性を秘めたセルフプロデュースによるものづくり

できるだけコストを抑えてつくるという課題もあったため、切削や曲げ、溶接、研磨といった基本的な加工でRの曲げ角度や幅を同じにするなど製造方法を簡素化し、機能性を持たせながらつくりやすいデザインを徹底して検討した。

栓抜きは無事に完成し、その後も同じ素材でピーラーや鍋敷きをつくり、見本市に出展したり、個展を開いたりしながら、地道な販促活動を続けた。そして、シリーズのなかでピーラーが売れ行きを伸ばしたことから初めて金型をつくり、2014年に量産へ移行。セルフプロデュースによるものづくりは、最初はやらざるを得ない状況で始めたというが、今、「ある手応えを感じている」と吉田は語る。

「まずは金型レスからスタートして、だんだん量産へと成長させていく。時間はかかりますが、企画から販売まで自分で全体を見通せることで、従来の量産体制とは異なる新しい提案ができますし、まだまだいろいろな可能性を感じています」。


▲「jig」もセルフプロデュースによるプロジェクト。今後も続いていく予定だ。

自身にとって初の家具製作に取り組む

2017年には少しスケールの大きな道具、自身にとって初となる家具「atelier stool」に取り組んだ。

佐藤 界と大野雄二による、デザインから製作まで一貫したものづくりを目指すフルスイングとのプロジェクト「jig」の第一弾製品である。

吉田はアトリエで使うための、道具としてのスツールをデザインした。スタッキングできる形を考えていくうちに、ラウンドバー材を採用することにたどり着く。ラウンドバー材を脚代わりにして縦型に置いたときには、デスク作業にちょうどいい高さに、もうひとつの置き方ではモックを手に持って削る作業のときなどに、肘を膝に預けて安定した体勢になる最適な高さに設計した。

▲「ラウンドバー 包丁」。岐阜県関市の志津刃物製作所とのプロジェクト。持ち手の部分にラウンドバー材が使用されている。

自分がほしいと思ったものをつくること

「atelier stool」を含めて、これまでつくってきたものは、すべて自らや家族が日々の暮らしのなかでほしいと思ったもの。こうしたものづくりに対する考えや姿勢を、柳 宗理から教わったと吉田は語る。

「柳先生は目の前の利益のためとか、マーケティングに従ってつくることには反対で、自分がほしいもの、自分がつくりたいものをつくれといつも言われていました。依頼されてつくるのは当たり前で、こういうものが必要なんだ、こういうものをやりたいんだと自分から発信していくのが本来のデザインの仕事、そういう気持ちでやらないといいものができない、と。『いいか悪いか、僕が見てあげるから、とにかく好きなものをつくりなさい。空いている時間にどんどんつくって私のところに持って来てなさい』と言われていました」。

自分が必要だと感じたものをつくり提案する、それはまさにセルフプロデュースによるものづくりの考え方である。

▲2017年に発表した爪切り「Griff」。刃の向きを自由に変えられ、持ちやすく軽い力で切ることができる。

建築の分野での展開を構想して

2012年のCCJクラフト見本市のときに熱く語っていたときから、地道にゆっくりではあるが、吉田は確実に世界を広げつつある。目下、ラウンドバー材を家具金物として建築の分野にも展開できないかと模索しているところだ。

何もないから、地べたの泥(土)で器をつくった。戦後直後に柳 宗理が語った言葉を思い起こす。セルフプロデュースも、無から有を生み出していく作業の連続だ。柳のデザインの遺伝子を継承しながら、独自の道を切り開いていく吉田の今後の活動の広がりに、引き続き注目していきたい。End

【出展告知】
1)イチョウの木を使用した「まな板」と「TRIPWARE」といった新作発表をはじめ、ラウンドバーシリーズ製品、爪切り「Griff」、「jig」のスツールを展示する。

「interior lifestyle Tokyo」
会期: 2018年5月30日(水)~6月1日(金)
時間: 10:00~18:00 (最終日は16:30まで)
会場: 東京ビッグサイト(東京国際展示場)西1ホール
ブース:D/N-26
詳細:http://www.interior-lifestyle.com

2)100回を迎える「はけのおいしい朝市」に出展予定。今回の「木工」というテーマのもと、フルスイングによるバターナイフ、クリップ、鍋敷きを自然塗料を塗って仕上げるワークショップや、FUJITAKE WORKSによる秋田木工の曲木スツールを使って座張りのワークショップも開かれる。100回を記念して、はけいちの名入り鉛筆を先着100名様に進呈。

「はけのおいしい朝市」
会期:6月3日(日)
時間:10:00~15:00
会場:丸田ストアー・StudioM
詳細:http://hakeichi.exblog.jp


吉田守孝(よした・もりたか)/工業デザイナー。1965年石川県生まれ。1988年金沢美術工芸大学卒業後、柳工業デザイン研究会入所。柳 宗理に師事し、デザインと民藝を学ぶ。2011年ヨシタ手工業デザイン室を設立。セルフプロデュース製品のほかにも、2017年には岐阜県東濃地方の有志企業と公設試験研究所が立ち上げた、陶土の開発や回収を行う「GL21(グリーンライフプロジェクト21)」のリサイクル材を使用したテーブルウェア「トリップウェア−旅するうつわ−」や、岐阜県関市の小坂刃物との協働によって爪切り「Griff」を開発した。いずれもデザインの依頼を受けたものだが、販路拡大を兼ねて販売も自社で請け負う。実家の九谷焼窯元「錦山窯」の「酒具-Shugu」シリーズは今年で4年目を迎え、2017年には新作のアートピース「華鳥夢譚」を発表した。

ヨシタ手工業デザイン室
http://www.yoshitadesign.com/

ヨシタ手工業デザイン室ネットショップ
http://yoshita.thebase.in

GL21(グリーンライフプロジェクト21)
http://www.gl21.org

錦山窯
http://kinzangama.com