「平田晃久展 Discovering New」レポート
建築と生命の関係をつなぐ思考

いま日本の建築界でもっとも旬な建築家をひとり挙げるとしたら、平田晃久の名を挙げる人も多いのではないだろうか。平田が設計を担当し、今年3月と5月にそれぞれオープンしたカプセルホテル「ナインアワーズ竹橋」や「ナインアワーズ赤坂」が業界内外から広く注目を集める一方で、彼のこれまでの仕事の集大成ともいえる太田市美術館・図書館のオープンも記憶に新しい。

建築とは〈からまりしろ〉をつくることである」という著書のタイトルに代表されるように、自然物の佇まいや生態系のありように着想を得た平田の建築は、しばしば彼自身のユニークな言語感覚をもって語られる。そんな平田の思考のプロセスに分け入ることのできる個展「平田晃久展 Discovering New」が、2018年7月15日(日)まで港区のギャラリー・間で開催中だ。

アイデアの種を座標の上に位置づける「思考の雲」

展示構成は大きく二つに分けられる。まず一つ目のフロアに足を踏み入れると、展示室全体に張り巡らされたおびただしい数の金属製ポールの集合体に圧倒される。ガラス面を通り抜け、外のテラスにまで伸びていくこの物体は「『新しい』を発見するための思考の雲」だという。

「何もないところから創造したり、発明するというよりは、何かを発見=discoverすることを通して建築をつくりたいと思う」という本展のプロローグとして書かれた平田のテキストが、展示タイトル「Discovering New」の意味を明らかにする。

▲ポールの結節点に散りばめられたスタディの跡が、平田が過去の著作の中で挙げていた「子持ち昆布」のたとえのような生態系のあり方を想起させる一方で、「思考の雲」全体の佇まいも、あたかも野鳥が木の枝で器用に作り上げる棲み家のような自然の造形をフラクタルに連想してしまう。

「思考の雲」は、一見するとパーツ同士が無造作に組み上げられ出来上がったオブジェのようにも感じられるが、その節々には平田の手がけたいくつかの建築模型やその前段階のスタディがいくつも展示されており、どうやらその配置にも規則性があるようだ。壁のキャプションに目をやると、まさにそのコンセプトがスケッチとともに明かされている。「新しいかたち」「新しい自然」「新しいコミットメント」という大きな三つの軸(これらは本展覧会と同名の平田の作品集の章立てとも対応している)が空間を貫き、それらからまた派生するサブトピックが面を生成しているという。

▲スケッチやメモ、模型や素材サンプルの数々が複数の建築模型の間をなだらかに結び、建築家・平田晃久の思考のエッセンスを垣間見ることができる。

「新しいかたち」であれば「ライン」や「ひだ」、「新しい自然」であれば「生の度合」や「発酵/浸食」といったように、平田が普段頭に留めているいくつかのキーワードが「思考の雲」の骨組みをかたちづくり、近年の代表作がその座標上に配されているというわけだ。純粋に展示物ひとつひとつを眺めていくだけでも平田の思考の断片を追体験できるが、それが集合体として現前したときのインパクトに触れられるのは、この個展ならではの体験だろう。

生命と建築の関係性を伝える「リアルの海」

「思考の雲」を横目に階段を昇り、二つ目の展示室に入ると、巨大な木製の構造体「Timber Foam+」が私たちを出迎える。その内外に吊るされたいくつもの小さなディスプレイには、平田の建築が実際に使われている風景や本展の設営の過程などが映し出されている。

先ほどの「思考の雲」はあくまで建築物を建てる前段階の思考の軌跡の集積だったが、対照的にこのフロア全体で表現されているのは、平田曰く「リアルの海」だという。彼の建築のまわりにどのように人が集い、どのような場を醸成しているのかといった実際の姿を、数多の映像を通して確かめることができる。

壁面に投影されている映像は、「Tree-ness house」(2017)や「太田市美術館・図書館」(2017)の施工後の雑多で生き生きとした空気感を、そこにいる人々の姿とともに伝え、微生物の暮らしを顕微鏡で覗いているような気分にもさせてくれる。

「人間の営みを上空から、100万倍くらい時間を短縮して眺めたら、人類は地表面を発酵させる微生物のように見えるだろう」(本展「発酵・浸食」の項のキャプションより)。時間やサイズ感の縮尺を自在に変動させることで生まれる平田の世界の見方には、建築のことに限らず私たちに新たな視座をもたらすものが多い。

本展は規模こそコンパクトではあるものの、平田のもつ建築観のエッセンスを存分に味わうことができる。「生命力は、常に更新されるものにこそ、宿るだろう」という自身の言葉のもと、人々の〈からまりしろ〉として生み出される平田の建築は、現在も日々少しずつ変化を重ねているはずだ。End