「飯沼珠実―建築の瞬間/momentary architecture」展レポート
写真を通して立ち現れる新しい〈建築〉

▲手前に新作の参加型インスタレーション「Piece of Colonne, Fragments of Waves」(2018)、奥の壁側に写真作品「Landscape in Modern Architecture」シリーズや「House of Architecture」シリーズなどが並ぶ。

建築をテーマに写真作品を制作するアーティスト飯沼珠実の個展「建築の瞬間/momentary architecture」がポーラ美術館で開催中だ。東京で生まれ育った飯沼は、2008年ドイツ留学の際に、バウハウスを訪れて撮影したことをきっかけに、以降、建築を被写体とした写真作品をプリントやアーティストブックとして発表している。

▲飯沼珠実氏(左)と担当学芸員の近藤萌絵氏(右)。

写真がむすびつける場所・時間

展示の冒頭を飾るふたつの作品がある。片方が、建築を撮りはじめるきっかけにもなった、2008年ドイツで目にしたバウハウスのマイスターハウス(ワシリー・カンディンスキーの家の居間)の天井詳細部の写真。そしてもう片方が、自宅の窓から見える生まれ育った東京の風景だ。

撮られた時間や場所もまったくことなる2枚の写真に、なぜか共通性を感じたという飯沼は「バウハウスの作品と実家の窓から撮った作品は、何かがきかっけで結びついて見えてきました。なんの脈絡もないふたつの場所が、色彩や形体のかかわりのなかでむすびつく瞬間に、新しい『建築』が立ち現れるのではないかと思った」と語る。

バウハウスの天井から東京の風景を連想し、東京の風景からバウハウスの天井を思い出す。こうした、形やスケールを越えて立ち現れてくる普遍性に、飯沼は写真や建築の可能性を見ている。

▲東京の風景を撮影した「Landscape in Modern Architecture, Tokyo 154-0024」、(左)、バウハウスで撮影した「Landscape in Modern Architecture, Kandinsky Haus Wohnraum」(右)。バウハウスの校長を務めたワシリー・カンディンスキーが使用していた部屋の天井の詳細部。

「Momentary Architecture」(2018)シリーズとして展示された4点の作品は、飯沼が今回の企画を受けてポーラ美術館が位置する箱根の地を実際に訪れて撮影した新作だ。当初、バウハウスの影響が色濃いといわれる土浦亀城設計の箱根強羅ホテルを撮影することを考えたが、建物自体は改修され土浦設計の原型が保たれていないことに気づいた。残念だと感じる一方で、「ない建物を写真で撮ることはできないか」というテーマが浮かび上がってきたという。

「見えないけれど在り続けるものを写真にすることで新しい〈建築〉を見つめていきたい」と飯沼自身が語るように、かつて建っていた建築の周辺にある、霜柱や湯けむり、枯れた紫陽花といった自然環境のうつろいを写真で切り取ることを通して、いまは存在しない建築のイメージを喚起させる。

▲「Momentary Architecture」(2018)シリーズ4点。

擬人化された建築の写真

「House of Architecture」(2015)シリーズは、建築を人間的なものとして捉えるきっかけとなった作品だ。東京藝術大学に在学中、毎日上野公園を行き来するなかで、前川國男設計の東京都美術館が森の中に暮らす人間のように見えてきたという。

建築にもその日その日の状況(季節や天候など)によってさまざまな表情がある。「人間にとっての家と同じように、建築にとっての家として森を捉えられないか」というテーマで制作が進められた。

例えば、「House of Architecture——Unité d’Habitation Berlin」(2015)では、ベルリン郊外に建つル・コルビュジエによるユニテダビタシオンの写真と、飯沼がドイツのライプツィヒに暮らした家の裏にあった森の写真が重ねられている。

▲「House of Architecture」(2015)シリーズ5点。コルビュジエのユニテのほか、ベルリンのオスカー・ニーマイヤー設計による団地の写真を使った作品もある。

建築の素顔をとらえる

「Portrait of Architecture, Ichinomiya Housing」(2018)は、香川県にある丹下健三設計による一宮団地を被写体としている。逆光で部分を撮影したものだが、ひと目で丹下作品だと気付くことは、建築に通じていても難しいかもしれない。なぜ飯沼はこのような写真を撮影したのだろうか。

建築の作品集などで目にする写真と、実際に訪れたときの印象が全然ちがう、という経験はよくあるだろう。いわゆる「建築写真」は、建築家の設計意図を正確に伝えることを目的として撮影されるため、外観や空間がしっかり納まるように広角レンズが多用され、順光や正対が基本とされる。また、水平垂直を出すためにパースが修正されたり、写り込む人物や電線が消去されることも少なくない。

飯沼はこうした建築写真を、その建築の“よそゆき”の顔を写した「証明写真」と呼び、その“素顔”を切り取るために、あえて建築写真としてはベストとはいえないコンディションでの撮影に挑戦した。

▲展示会場。左の作品が「Portrait of Architecture, Ichinomiya Housing」

いわゆる「建築写真」が、人間生活と切り離されてしまっているのではないか、という意見はしばしば聞かれる。それに対して、人間生活とともに建築を捉えようとする試みも少しずつなされてきている。例えばオランダの建築写真家イワン・バーンは、世界中を飛び回りながらさまざまな地域で撮影し、あえて建築の周辺環境や人々の営みを写し込むことで、人間生活と建築を一体的に捉えようとしている。

一方で、飯沼の写真には、直接人々の生活が写り込むことはない。あくまで建築や自然物を切りとった写真を通して、人間生活とともにある新しい〈建築〉を喚起しようとしている。そのアプローチには、「動くことのできない建築にとって写真はとても重要。建築を写真やイメージに変えることで、建築は海を越えることができる」と語る飯沼の、写真の機能に対する厚い信頼をみてとることができる。同時に、写真を通した建築のイメージが持つ可能性をも示している。End

▲ロビーには、参加型インスタレーション作品「Piece of Colonne, Fragments of Waves」(2018)が展示されている。メモ用紙の色紙を30cmほど積み重ねて柱に見立てた彫刻を、(杉本博司がそうしたように)無限遠の2倍の焦点を絞り撮影した写真を11冊の冊子にし、広いテーブルに配置している。鑑賞者が自由に頁をめくることで、ロビーの風景が変化する。

「飯沼珠実―建築の瞬間/momentary architecture」展

会期
2018年5月19日(土)~ 7月16日(月・祝)
開場9:00-17:00(入館は16:30まで)
無休(展示替えのための臨時休館あり)
会場
ポーラ美術館(神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285)
Googleマップでみる>
詳細
http://www.polamuseum.or.jp/hiraku_project/04/