神話のデザイン:未来の骨組みを構築する

物事を視覚化することで、私たちはイマジネーションを共有していきます。映画監督は全く新しい世界=「神話」を創造し、物語を紡ぐための強力な枠組みをデザイナーに提供しています。

私たちは、『スター・ウォーズ』でフォースの力が満ちあふれたライトセーバーが、初めて空中を切り裂いたのを見たときから、普通の棒やプラスチックの剣でも「ブーン」という衝撃音を発することを想像できるようになりました。また、『her/世界でひとつの彼女』の中で、ホアキン・フェニックス扮する主人公がAI(人工知能)と恋に落ちたのを見てから、多くの人がバーチャルアシスタントのSiri(Apple)やAlexa(Amazon)との関係を少し違ったものと考えるようになりました。

優れた作家、特にSFやファンタジーの作家は、新たな世界を構築し、私たちが認識する現実に新しい意味を与えます。架空の世界のために創り出された神話は、私たちが知る現実の上に、最先端の科学、物理学、政治、解剖学、宗教の新しいルールを実験的に組み込んでいます。こうして生み出された神話はただ面白いだけでなく、強力なデザインツールにもなります。未来を想像しデザインするための、新しいフレームワークとなるからです。

ファンタジー世界のための本当のルール

ジョージ・ルーカス監督は、スター・ウォーズの広大な世界の創造について語っています。「文化そのものをデザインする必要がありました。人々が何を信じているか、どのように行動するか、経済の仕組みはどうなっているのかなど。ほとんどは映画には登場しませんが、隅々まで緻密に考えておかなければ、必ず不自然だったり、うそくさく見えたりする点が出てきてしまいます」。

したがって、神話を生み出すためには、ルールに基づき構築したシナリオにより、綿密に組み立て、包括的に考えた世界の中に物語を存在させる必要があります。ルーカス監督は、ライトセーバーで切れる素材と切れない素材のルールを決めたときのことを振り返って語りました。「目標としたのは、非現実的な空想世界における完璧なリアリズムです。ルールは自分で決められますが、決めた限りは守り続けなければなりません」

監督と緊密に連携して、プロダクションデザイナーは物語に合った風景や全体の雰囲気を構築します。ロケ地、衣裳、セット、小道具によって、物語の世界を規定するルールもつくり上げていきます。バットモービル、ハリー・ポッターの杖、『メン・イン・ブラック』のエイリアン、『インターステラー』の人工知能ロボット「TARS」、『her/世界でひとつの彼女』のイヤホンなど、すべてがそれぞれの世界の神話に矛盾していないことをプロダクションデザイナーは確認しているのです。

ファンタジーの世界は面白いだけでなく、現実の未来を理解し、それについて対応したり、より責任をもってデザインしたりするのに役立ちます。例えば、アニメ『宇宙家族ジェットソン』を見れば、空飛ぶ自動車を思い描くことができます。しかし、本当にこれをデザインするには、空飛ぶ自動車を取り巻く世界全体を確立する必要があるでしょう。未来の運転免許試験、道路標識、法律や倫理的基準、その他数多くの問題を検討しなければ、空飛ぶ自動車を現実的に実現可能なものと思わせることはできません。

それには、未来に思いをはせ、勤務中に空飛ぶ自動車が故障したタクシー運転手から、空飛ぶ自動車の運転規制緩和を推進する政治家まで、その世界における主要な人物の願望や苦悩を真剣に考える必要があります。言い換えれば、デザインするものと、それが存在する世界を一体として神話を創造しなければならないのです。

ビジネスの成功のために神話をデザインする

映画のプロダクションデザイナーと同様、frogのデザイナーは「フューチャーキャスティング」と呼ばれるプロセスで、クライアントとともに新しい世界に対応する製品やサービスをデザインします。フューチャーキャスティングの基本はシナリオづくりをすることです。起こり得る未来の世界を細心の注意を払って巧妙にシナリオをつくり上げることで、今後、企業に何が起こるかが理解できます。この作業により、必要な技術への投資や取得すべきスキルなど、意思決定に役立つ貴重な洞察が得られます。未来について検討することで、望ましい未来に向けた協業関係や行動のきっかけも生まれます。

数年前からfrogは半導体企業のRambus(ラムバス)と提携し、新しいIoT戦略と新技術によるプロトタイプを開発しています。当社はデザインと映像を核とするフューチャーキャスティングを使用し、ラムバスが新しいビジョンを構築する手助けをしています。チームは数回にわたって共同ワークショップを開き、地球上のすべての物がインターネットに接続する未来の神話について考察しました。これらのセッションを通じて、多くの製品やサービスのコンセプトに加え、起こり得る未来において、ラムバスが業界で優位に立つためのビジネスチャンスを数多く見いだせました。この成果が、ラムバスが会社の方向性を根本的に転換するような、全く新しいセンサー技術の開発につながったのです。

古代の神話の語り手が物語を使って未知の概念を伝えたのと同様に、デザイナーは人類の未来の体験を伝え、共有理解の形成を促さなければなりません。私たちデザイナーの目標は、社会に与えるであろう影響をデザインプロセスに責任もって取り込むことです。これにより、未来の製品や体験につながる技術的進歩という人間の物語において、巨大な文化のタペストリーを織り上げることができるのです。

デザイナーが神話の紡ぎ手であるべき理由

誰のためにデザインするかをよく理解すれば、優れた新製品ができることはすでにわかっています。それに加え、私は、デザイナーに「神話の紡ぎ手」という新しい役割を提案します。これには、物語や習慣、法律、伝統をつくることが含まれます。新しい製品や体験が存在する未来世界の枠組みをデザインするのです。

ルーカス監督がスター・ウォーズの神話を創造する際にしたように、製品の機能を伝えるだけならば不要と思われる詳細まで定義しなければなりません。多くのデザインリサーチは平板な原型づくりと典型的なユーザー像であるペルソナの設定にとどまっていますが、人々がデザインとともに実際に生きる世界のルールや在り様を定めるところまで推し進めましょう。

デザイナーは、製品や体験を裏付ける神話を生み出すことで、ユーザーが住む世界の全体像を明瞭に表現します。このような神話は、心理的、文化的、社会的な真実の表れです。デザイナーはこの真実の力で、特定の機能や感情のニーズだけでなく、顧客が生活する包括的な在り様を反映し、精巧で強い影響力をもったものを創造することができます。

私たちはデザイナーとして、日々、世界的なソーシャルネットワーク、音声認識やAIを使ったバーチャルパーソナルアシスタント(VPA)、自動運転車などに満ちた新しい世界の創造に貢献しています。私たちに必要なのは、技術文化が共有してきた長い歴史ではなく、そのような変革がもたらす社会的影響に対応する新しい筋立てと神話です。
 
今後数年で、私たちが暮らすグローバル社会は、情報の管理、コミュニケーション、商品の流通において、過去にない規模で変革が起こると予想されます。教育、行政、医療などの分野で、この文明を何世紀にもわたって特徴づけてきた制度が崩れていくのを目にし続けるでしょう。神話を生み出す私たちは、このようなシステムの変化の最中、それが何をもたらすのか、何を意味するのか、世界の現状あるいは世界のあるべき姿に対する個人や集団の考えにどう影響するのかを考察できるのです。

デザイナーの役割は常に進化していますが、クライアントは常にデザイナーに未来を現実的に描くことを求めます。未来を描くのならば、並外れたデザインだけでなく、まだ見ぬ完璧にリアルな神話を、無限に広がる時空の向こうに創造しようではありませんか。

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「DesignMind」に掲載されたコンテンツを、電通CDCエクスペリエンスデザイン部・岡田憲明氏の監修でお届けします。