「全てのデザインは唯一無二であるべきだ」
パティシエ&ショコラティエ 小山進が描く理想型

▲Photo by Junya Igarashi

フランス人が、音を上げている。

チョコレートの本場として名高いフランスにおいて、世界最大のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ パリ」に出品し、最も権威のあるコンクール「C.C.C.(クラブ・デ・クロークール・ドゥ・ショコラ)」で8年連続最高位を獲得している日本人、小山進。

「日本人がここまでやるとは思っていなかったんでしょう。最近は外国人枠の殿堂入りを作らないといけない、なんて話していましたよ」と彼は言う。C.C.C.において外国人で初出品ながら最高位を獲得して以降、「コヤマススム」の名は毎年、フランスで人々の口先に踊るようになった。来年度へのプレッシャーを自らの工夫でもって制し、チョコレートを創り続ける。その仕事術は『「心配性」だから世界一になれた』と題するビジネス書にまとめられるほどだ。

そして、小山進は日本においても、独自の地位を築く経営者でもある。兵庫県三田市ゆりのき台という、決して地の利があるわけではない場所で「パティシエ エス コヤマ」を開業以来、オープン時からパティスリー内で販売していたアイテムをそれぞれ分家させるような形で、パン、ジャム&マカロン、チョコレートなどの専門店を敷地内に次々にオープン。

今や、小山進の菓子を求めて、連日多くの人が訪れるようになった。名物となった「小山ロール」は1本売りロールケーキのブームを生んだ。

▲オープン以来、エスコヤマの顔とも言える「小山ロール」。「シンプルで、どこにでもあるジャンルのお菓子だからこそ、個性が光る」と小山氏は語る。

彼は手がける菓子はもちろん、パッケージから店舗の内装まで、あらゆるデザインに目を光らせる。人々を魅了する作品。そのデザインへの向き合い方を聞いた。

デザインへの憧れは「昆虫」がきっかけ

僕はグラフィックデザイナーになりたかったんです。もっと言うなら、クリエイティブディレクターになりたいと思っていました。その始まりは、昆虫好きだったからでしょうね。センチコガネやコガネムシのエンボス加工のような質感の外殻とその光沢や、クワガタの大顎にカブトムシの角も「不思議やなぁ」と眺めていて。色がきれいな外国の昆虫図鑑を見るのが好きで、ずっとその絵を描いていました。僕が「デザイン」に憧れたのは、昆虫がきっかけなんです。

▲Photo by Junya Igarashi

自分なりの「カッコイイもの」があって、それを描いたりするのが好きだったから、描くもので世の中が「ええやん!これ!」と言ってくれたら嬉しいだろうな、と。デザイナー以外にも、学校の先生とか、ロックミュージシャンとか、陶芸家とか。なりたい仕事がいっぱいあった僕だけど、今は「お菓子」を中心に据えて、その周りになりたい仕事を配置させながらお菓子屋さんをしているイメージですね。それが結構、良い状況なんじゃないんですか? 今の時代に、というか……「パティシエ エス コヤマ」にとって。

僕は、大人である現在と子どもの頃を行き来しながら、あらゆる物を作っているような気がするんです。幼い頃から大好きで、そして今も大好きだと感じられる三田の自然こそが、そんなふうに行ったり来たりを叶える場所だった。創作する人間として必要な、根幹の「アイデア」をいつもくれる場所なんですよ。

「パティシエ エス コヤマ」をゆりのき台に出店した時も、「ここなら売れる」とか「人が来てくれる」という着想じゃないんです。みんなに「お前はどうやってスタッフに給料払おうと思ってんねん」って言われてたんですから(笑)。

「少しの進化」と「高い郷愁性」がヒットを生む

▲Photo by Junya Igarashi

僕は物をつくるために、いわゆる「リサーチ」を一切しません。興味が無いんですね。外食はするけれど、それは優秀な料理人の「味覚のデザイン」に感動するためだけです。20代や30代前半までは他所の店を見に行ったこともあったけれど、今は同じ業種のものは見ていません。なぜなら、世の中のほとんどが真似で出来上がっているからです。

たとえば、チョコレートの新作を考える準備は常にできているから、何をしていても「これはチョコレートになる」と、つい思ってしまう。でも、あまりに近すぎる業種を訪ねてしまうと、そのアイデアが最終的に真似になってしまうような危機感を覚えるから、なるべく見ないようにしているわけです。同業他社を見るくらいなら、音楽を聞いたり、いろんなデザインを見たり、ぶらぶら街を歩いたり、ジョギングしたりしているほうが、僕の場合はいっぱい新しいアイデアが浮かびますね。

▲Photo by Junya Igarashi

だいたいお菓子屋さんの中で、心沸き立つほどの先進的なデザインや発想のお店なんて、それほどあるものではないでしょう? お菓子屋に限らず、僕は事業プロデュースの会社も協同で創業しているのですが、美容室の設計ひとつとっても設計士が3つほどのパターンから選ばせているような気がしてならないんです。

そこですべきなのは、当人に選ばせることじゃない。その人が「するべきこと」をちゃんと見つけさせて、そこへ着地するにはどんなお手伝いをしてあげるかだと思っています。修行時代に学べなかった技術や接客まで含めて「気付かせる」ことが大事。気付くことができると、どんなお店も結構、流行るんです。それは「お店のデザイン」の一つだと思うし、基準が自分にあるから他所と比べることもなく、進化が止まらないからお客様も飽きにくい。

▲「大の大人が本気で作る秘密基地」がコンセプトのショコラトリー”ROZILLA”の店内。内装のアートディレクションも小山氏自身が手がけている。
Photo by Junya Igarashi

僕が「小山ロール」を作ったときも、ムーブメントを起こそうとしてロールケーキを選んだわけではありません。世の中にも認知されているロールケーキを見つめ直し、現代に必要な形を考え抜いただけです。子供の頃に食べた「スイスロール」は、外側の焼き面がきれいなのに剥がれてしまうことが前提で作られていると感じていて。そこで「フイルムを巻いても焼き面が剥がれない」ロールケーキを作ろうと思ったのがきっかけです。

これはパティシエ エス コヤマをオープンするにあたっての姿勢にもなっているんですが、どんどんエスカレートしていく世の中にあって、誰もが大好きである素朴なもので、「少しだけ進化した新しさ」と「非常に高い郷愁性」を併せ持っている状態を再現できたら、おそらく唯一無二になれるだろう、と。

自分なりのリアリティを込めてつくる

つまるところ、僕はつくるものでリアリティを表現したいし、「本当のこと」でないと嫌なんです。その上で、マニアックな工夫を込めて、自分も楽しめる感じが好きですね(笑)。

▲Photo by Junya Igarashi

「小山ロール」も見た目は普通のロールケーキですが、実際それを口にすると、普通のロールケーキとは全くの別物であることがわかるはずです。それは、ショコラ同様、緻密な作り方をしているからなんです。レシピはもちろん、その焼き面が剥がれないような工夫は、発売当時の15年前から変わらずとも、実は日々進化し続けている。僕個人の感触では、2018年の現在が最も良い状態だといえるくらいです。

それって音楽も同じで、Mr.Childrenやサザン・オールスターズといった第一線で活躍しているミュージシャンの大ヒット曲は、誰が聴いても「いい曲だ」と感じる一方で、同業者だけが驚くようなテクニックや表現が宿っているものです。それは僕らがつくる「お菓子」にも必要なことだと思うんですね。お客様に対する「わかりやすさ」と、創り手の自分に対しての「ワクワク感」が両立していることが理想的な形です。

理想を考える上では、お菓子を作り上げるまでの時間の長短もあります。プチ・ガトーやショートケーキは「食いしん坊の僕」がつくるんです。「絶対に自分が食べたい!」というリアリティが存在して、2時間後にはおいしいものが完成している短期決戦の世界です。

▲Photo by Junya Igarashi

チョコレートなら「今年も口の中で面白いことが起きるものを作ろう」と日常からアイデアを貯めて、その中から作りあげていくので、もっと長期的になる。150あまりのアイデアから30くらいの新作を試作していくうちに、自分でも気づかなかった共通性といったテーマの輪郭がはっきりしていって、コンクールに出品する4点に収斂されていく。

いずれにしても「リアリティ」が根幹にあるのは同じです。

全てのデザインは唯一無二であるべきだ

パッケージにしても、「この子にどんな衣装を着せたら良いのか」とお菓子を創りながらイメージしていきます。例えば、「テリーヌ ドゥ ショコラ ヘッコンダ」という凹んだ形のテリーヌは、絶対に「へっこんだ」パッケージに入れたいと決めていました。ある時、車で移動中にデンタルクリニックの軒先にあった歯の飾りを目にして、「あれが反対向きやったらどうか?」と気づいたところから、載せるべきタイポグラフィまでが浮かんできました。

▲自身の構想をもとにデザインされた「テリーヌ ドゥ ショコラ ヘッコンダ」のパッケージ。
Photo by Junya Igarashi

小山ロールのパッケージをリニューアルしたときは、デザイナーに50くらいの案を出してもらったけれど、なかなか気に入るものがなかった。僕としては、それまでの小山ロールに「誰もが愛し、誰もが好きだ」と思える感覚を香らせ、さらに上質感や高級感も宿っていてほしかったんです。

最終的に決まったのは、トリコロールのように3色のラインが入ったもので、それは「世界にはさまざまな人がいる」という肌の色を表現しています。そこから伝えたいのは「美味しいものは国境を越える」ということなんです。

誰よりも小山ロールのことを考え抜いてきたからこそ、お客様から「変える前の方がよかった」とは思われないよう、僕らの考えを声明文の形にしてお渡しすることにしました。本当は、こういった裏側にある思いを常々声に出したいけれど、なかなかできませんね。言えないからこそ、僕らはデザインで表現しているんです。だから、もし聞いてくれるのであれば、いくらでも話したいですよ!(笑)

▲リニューアルした小山ロールのパッケージ

デザイナーと仕事をするときも、僕は答えを持っているので、まずは全部しゃべらせてくれたらいい。そこから「この商品を今、世に出さなくてはいけない理由」までを一緒に考えたいですね。ただ、これはデザイナーの性なのかもしれませんけれど、言われたままにつくるのはイヤなんでしょう。僕の伝えたことから自分なりに変えてくるんですよ。それでも最終的には、僕が最初に伝えた形に落ち着いていく。デザイナーに「ほんまや、これめちゃくちゃええですね」って思わせるまでが僕の仕事なんですよね。

やっぱり全てのデザインは唯一無二であるべきだ、と僕は思います。でも、意思を持つ優れたクリエイションは、世の中全体でも1割ほどしかないのではとも感じています。あとの9割は、何かの真似でしょうから。

デザインは味を理想に近づけるためにも必要なもの

▲オリジナリティある味をつくり出すために、日々あらゆることに挑戦する。
Photo by Junya Igarashi

僕のつくるチョコレートは、立体的に味覚が広がってほしいんです。そのためには、発酵度合いも異なる複数の産地からなるカカオを、上手にマリアージュしていく必要がある。楽器でいえばチューニングする感じで、合っていなかったら不協和音が出てしまう。それも「味覚のデザイン」だと思っていて、自分としても熱中している分野です。一生懸命に熱中できないと楽しくできませんし、楽しくできない姿勢は作品に表れますからね。

お菓子にとっての「味のデザイン」を考える上では、本当は一層で成り立っているのに3D眼鏡をかけたみたいに立体的になることが理想です。ただ、なかなか難しい。「SUSUMU KOYAMA’S CHOCOLOGY 2018」のNo.1に選んだ「野菊の香り」も二層です。二層にすることで菊の花が持つ甘みと、葉が持つ苦味が触れ合って、甘みがより立体的になるんです。

▲小山氏が手がけた2018年の新作チョコレート「SUSUMU KOYAMA’S CHOCOLOGY 2018」
Photo by Junya Igarashi

チョコレートにおけるコーティングは「薄いほどよい」と思っている人も多いけれど、コーティングに使うチョコレートには水分は混ざっていないので油性です。中身のガナッシュは生クリームという水分を乳化させてつくるので水溶性。また、「プラリネ」というナッツ+チョコレートの場合は、水分が入らないので油性です。

程よい厚さでできた油性のコーティングは乳化するのに時間がかかるから、口の中で温度を保ちながら溶けるんです。そうすると、ふわっと香りが広がるけれど余韻が長くなる。ラーメンのスープに油が浮いているのと一緒ですね。だから、ミルクチョコレートを使う場合でも、含まれるカカオのパーセンテージを変えて、求める風味にピタリと寄り添うように自分でデザインせなあかん。

……こういった「味のデザイン」は、あんまり発見されてないんちゃうかなぁ。僕がつくるものは「スイートトリック」がコンセプトだから、どこかでいたずらを仕掛けたいと思わない限りは、そんな発想が浮かばないでしょうし。一つの理屈を解明すると、次の課題ができるんですけどね。

チョコレートだけでなく、店舗空間にしろ、購買体験にしろ、それこそこの話をしている時間にしろ、僕はあらゆることがデザインだと思っていますし、常にその理想型を描いている。理想が叶うように、言動を少しずつデザインしているようなものです。スタッフへの指導をとっても、日頃注意していることが目の前で実行されれば、こちらも嬉しいわけです。だからといって、僕を褒めてほしいと思っているわけではなく……理想に近づけば、やっぱり幸せな感じがしますやん。僕は、そういうものだと思うんです、デザインって。

▲Photo by Junya Igarashi

幸せになっている映像が浮かぶから、そうなって欲しいと願って、いろんなことを注意している。その映像こそがデザインなんです。チョコレートを食べてくれた人が、新しい可能性を感じてくれている絵が浮かぶから、僕はつくる。それこそが2019年につくるチョコレートにも大きな影響を与えてくれます。

僕が出品作を2年間ごとに区切って味を比べられるセットをつくるのも、この1年にあった違いを感じてほしいからです。僕の歴史の上で、次に来るものを生むことにピリピリしている自分が、どこかでいるんでしょうね。でも、その塩梅が、次を生み出すんですよ。End

パティシエ エス コヤマ

営業時間
10:00~18:00
定休日はHPよりご確認ください
住所
兵庫県三田市ゆりのき台5丁目32-1
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店舗HP
http://www.es-koyama.com/