ザ・イノウエ・ブラザーズのものづくり。
社会的意義を超えて日本を魅了する
「スカンジアジアン」デザインの強さ

各分野の豊富な知見や知識がある人のもとを訪ね、多様な思考に触れつつ学びを得る「Perspectives」。今回はデンマーク生まれの兄弟によるデザインスタジオ「ザ・イノウエ・ブラザーズ」の井上 聡(さとる)さんに、ソニーのプロダクトデザイナー本石拓也さんが会いに行きました。日本と北欧というふたつの文化に根ざす「スカンジアジアン」デザインを標榜する井上さんに、スウェーデンで働く本石さんが尋ねた、社会課題を解決するものづくりとは?

▲井上 聡(いのうえ・さとる)/1978 年デンマーク・コペンハーゲン生まれ。2004 年、弟の清史とデザインスタジオ「ザ・イノウエ・ブラザーズ」を設立。グラフィックデザイナーでもあるが、コペンハーゲンでオーガニックな居酒屋「Jah Izakaya & Sake Bar」の運営も手がける。Photo by Junya Igarashi

異なる文化の架け橋となるには

コペンハーゲン中央駅からクルマで10分ほどの場所に、ザ・イノウエ・ブラザーズのオフィスはある。隣に並ぶ建物は、兄の井上 聡さんが一家で暮らす住宅だ。

今回、井上さんを訪ねたソニーの本石拓也さんは、2年前からスウェーデン・ルンドのオフィスで働くプロダクトデザイナー。入社以来「VAIO」やロボット・プログラミング学習キット「KOOV」などを手がけ、ルンドでは新規事業開発案件を担当。ルンドのUXデザイナーやカラーマテリアルデザイナーと東京本社のデザイナーが協議する際には、できるだけ本質的な情報を伝えるように心がけるという。文化が異なる両者の、架け橋のような役割を担っているからだ。「たとえ
納期まで1週間しかないとしても、必ずリサーチから始めて、ゴールを設定し、情報を共有しながら進めるのがルンドのデザイナーのワークスタイル。真面目で、効率よく働くことを好むので、まず本質の部分をしっかり理解してもらうことが大事」と本石さんは言う。

ザ・イノウエ・ブラザーズは、日本人の両親のもとコペンハーゲンで生まれ育った兄弟によるデザインスタジオ。彼らの名を知らしめたのは、同名のニットブランドだ。直径約16マイクロメートルという極細かつ希少なアルパカの毛を用いた「インペリアルアルパカ」など、彼らが世に送り出すアイテムは、常に「最上級」を更新し続けている。

▲本石拓也(もといし・たくや)/1980年福岡県生まれ。2001年ソニー株式会社に入社。東京やシンガポールでの勤務を経て、17 年よりスウェーデン・ルンドにあるデザインセンターヨーロッパに在籍、新規事業開発に取り組む。Photo by Junya Igarashi

ものづくりは素材づくりでもある

兄の聡さんはコペンハーゲンにある広告代理店で働いた後、友人らとグラフィックデザインの会社を設立。クライアントには、フリッツ・ハンセンやバング&オルフセンといった著名なデンマーク企業が名を連ねた。2歳年下の清史さんは、ヘアデザイナーとしてロンドンのヴィダルサスーンに勤務。どこか物足りなさを感じていたふたりは、ソーシャルデザインを目の当たりにしたとき、大きな衝撃を受けたという。

2004年、社会貢献を果たすデザインを模索するなかで、ふたりはザ・イノウエ・ブラザーズを設立。当初はデザインスタジオとしてファッション広告などの仕事を手がけたが、2006年、知り合いの大学教授の話をきっかけに、アンデス山脈を訪れたことが転機となった。高品質なアルパカの毛でつくったニットをその生産背景とともに伝え、品質に見合う価格で販売すれば、アルパカ牧畜民や職人が正当な報酬を手にできるはず。オリジナルのニットは、2008年、ロンドンのドーバー ストリート マーケットでの取り扱いを機に注目を集めるようになった。

▲ペルーのパコマルカ・アルパカ研究所と協業し、2年をかけて開発したのが、直径約16マイクロメートルほどの極細の毛で編んだ「インペリアルアルパカ」。カーディガンは129,600円。Photo by Junya Igarashi

ザ・イノウエ・ブラザーズのものづくりは、素材づくりでもある。例えば、アルパカの毛を染めることなく、素材そのままの深みを伴った黒色を生かしたコレクション「ナチュラルブラックアルパカ」では、同じ色の毛を揃える必要があり、染色するより生産に手間がかかる。それでも、無染色の繊維はしっとりと柔らかく、手触りに優れている。ペルー高地にあるアルパカの研究所とパートナーシップを結び、黒毛のアルパカを飼育。当初の50頭から現在では600頭にまでそ
の数を増やしている。素材とアウトプットがダイレクトに結びついた彼らのものづくりは、生産者との信頼関係があってこそ成り立っているのだ。

素材づくりまで遡る姿勢に本石さんも同調する。彼は以前担当したVAIOで素材に色を付けることを拒んだ。アルミならシルバー、カーボンファイバーなら黒い素材の織り目など、素材が持つありのままの姿を見せるほうが、ものの価値が高まると思ったからだ。余計なカラーバリエーションは必要ない。なぜならその価値は、「色とは違うところにあるから」だ。

▲タクシーに乗って国境を超え、ボリビアに入国するエピソードなど、聡さんが「自分たちのすべてが書いてあって、ちょっと恥ずかしい」と話す、著書「僕たちはファッションの力で世界を変える」。©️The Inoue Brothers

桜を大勢で眺めるのは特別な文化

聡さんらは、最近オーガニックコットンに興味を抱き、中東では刺繍を用いた取り組みを進めるなど、世界各地で新たなプロジェクトを展開する。ヨーロッパやアメリカにも取引先はあるが、今や商品の9割が日本で扱われるようになった。理由は、「ニットの素晴らしさと、ソーシャルデザインという僕らの活動自体に興味を持ってもらえているから」と聡さんは言う。そして、花見を引き合いに出し、「花見は、同じ時期に美しい桜を大勢で見るという特別なカルチャー。ヨーロッパの人々が、みんなで植物を見にいくのはあり得ない話」と日本人が当たり前と思っている文化を、俯瞰して語る。「日本の人々が持つ自然に対する興味が、社会にいいことをしたいという気持ちにどこかつながっているように感じています」と続ける。

▲コペンハーゲンにある「Jah Izakaya & Sake Bar」は、聡さんが運営するオーガニック居酒屋。ラスタカラーの提灯など、インテリアも見どころ。Photo by Marine Gastineau

自分たちのデザインを「スカンジアジアン」デザインと表現するザ・イノウエ・ブラザーズ。自然に歩み寄り、社会貢献を実現した最上級のニットは、日本とデンマークの文化を自問し続けた彼らのアイデンティティそのものだ。信条は、「格好良さは大量生産できない」。内面から表出したようなものづくりが、ほかにはない魅力を宿し、日本の人々の共感を集めている。(文/廣川淳哉)End

もうひとつの「Perspectives」ストーリーでは、井上さんのお話をきっかけに通常のデザインワークとは異なる視点からものづくりをした本石さんがその考えを語ります。Sony Design Websiteをご覧ください。

▲日本の居酒屋を近年のニューノルディックキュイジーヌ的に解釈した「Jah Izakaya & Sake Bar」。Photo by Junya Igarashi