イッセイ ミヤケのデザイナー、宮前義之さんに聞く。
革新に欠かせないのは価値を最大化する視点

▲イッセイ ミヤケのデザイナー、宮前義之さん(左)と、ソニーのコミュニケーションデザイナー、北原隆幸さん(右)。Photos by Junya Igarashi

ソニーのデザイナーが、各分野の豊富な知見や知識がある人のもとを訪ね、多様な思考に触れつつ学びを得る「Perspectives」。今回、コーポレートブランディングにも携わるコミュニケーションデザイナーの北原隆幸さんが訪れたのは、東京・富ヶ谷にあるイッセイ ミヤケの本社。「ISSEY MIYAKE」のデザインチームを8年間にわたって率いた宮前義之さんに、デザインとテクノロジーをつなげることによる、ものづくりの革新について尋ねた。

デザイナー宮前義之の次なる挑戦とは?

2011年、35歳で「ISSEY MIYAKE」の4代目デザイナーに就任した宮前義之さん。その後19年まで、パリコレという大舞台で、1年に2度のペースで新作発表を続けてきた。同年、その役割を後任に託して新プロジェクトを始動。詳細はまだ明かしていないが、すでに社内に新チームを発足させている。彼は、「これまでやってきたデザインをさらにもう一段階発展させる、新しいチャレンジに取り組んでいる最中です」と言う。

「これまでやってきたデザイン」とは、素材づくりに踏み込んだものづくり。宮前さんは入社以降、常に布や糸にまで遡ることで、服が抱える課題解決に取り組んできた。それは「服とは何か?」と自問自答しながら挑む、イッセイ ミヤケに脈々と受け継がれる姿勢でもある。そして「それが僕らにとってアイデアのコアになっています」と続ける。

▲イッセイ ミヤケのデザイナー、宮前義之さん

約30年前からイッセイ ミヤケで取り組まれてきた「製品プリーツ」の開発は、ブランドの大きなアイデンティティだ。伸縮性を持つため、着る人の体型や性別を問わず、洗濯しても皺になりにくいことから日常使いにも適しており、ブランドが標榜する課題解決のあり方を見事に体現し続けている。

機械がけによる「製品プリーツ」が、直線のプリーツをかけるテクニックであるのに対し、宮前さんは曲線や立体的なひだの表現を可能にする全く新しいテクニックを開発した。14年秋冬シーズンの「スチームストレッチ」では、蒸気で縮む糸を織り込むことで、布による立体的な表現を可能にした。16年春夏シーズンの「ベイクドストレッチ」は、布に特別なのりをプリントし、焼き上げるテクニックだ。熱を加えることで膨らむのりの部分がひだを成し、立体的なひだの形状を形づくっている。

▲宮前さんが開発を手がけた生地の数々。16年春夏シーズンに発表した「ベイクドストレッチ」は、複雑な図形や曲線、手書きの線でのひだの表現を可能にした。

デザイナーはテクノロジーの翻訳者

ソニーのコミュニケーションデザイナー、北原隆幸さんが、イッセイ ミヤケのものづくりに興味を持ったきっかけは、無縫製で1枚の服を成形する「A-POC」だ。宮前さんのデザイナーとしての出発点であり、現在取り組む新プロジェクトの起点でもあるA-POCを学生時代に知った北原さんは、もののつくり方にまで立ち戻った視点の持ち方や、着る人に自由や余白をもたらす点に衝撃を受けたという。

北原さんは、ソニーが開発した新素材「Triporous™(トリポーラス)」のブランディングおよびコミュニケーション全般を手がけた。トリポーラスは複雑な多孔質構造を持ち、さまざまな物質の吸着力に優れているため、繊維に練り込めば機能素材を開発できる。すでに繊維、アパレル業界にライセンス提供を始めており、水や空気の浄化、そして洗浄剤などのヘルスケア分野への応用も考えられる。

▲ソニーのコミュニケーションデザイナー、北原隆幸さん

宮前さんが取り組む課題解決には、もう1種類ある。それは、ものづくりの現場が抱える課題だ。国内の多くの工場では高齢化が進むなどして、技術が失われつつある。服づくりは、職人の手作業を中心にした分業制で成り立っているため、ひとつでも工程が欠ければ、どんなに優れた技術も絶えてしまう。京都にある呉服や浴衣を手がける老舗のプリント工場によって実現したベイクドストレッチでは、ものづくりが置かれた現状を俯瞰し、職人技を残すという視点とともに素材開発に取り組むことで、新たな表現がもたらされている。

北原さんはソニーのデザイナーの役割のひとつを「テクノロジーを翻訳し、伝えること」としたうえで、トリポーラスという新素材を世に広めるにあたり、「コミュニケーションや協業の大事さを実感しています」と語る。なぜなら、「この新素材の可能性は、業種や会社を超えた人々とつながることによりはるかに広がっていく」からだ。

翻訳者の役割とはつまり、素材やテクノロジーをどのように捉え、どのように人の手に届けるか。課題を解決しようとする視点が素材やテクノロジーを価値に変換し、未来の革新につながっていく。(文/廣川淳哉)End

▲米の籾殻から生まれたソニーの新素材「Triporous™️(トリポーラス)」。それを糸に取り込むことで、消臭機能のある生地や服が生まれる。Photos by Junya Igarashi

もうひとつの「Perspectives」ストーリーでは、宮前義之さんとのお話をきっかけに、協業の大切さや新しい技術におけるコミュニケーションの重要性について、北原隆幸さんがその考えを語ります。Sony Design Websiteをご覧ください。

▲取材場所はイッセイ ミヤケの本社。インタビュー終了後もふたりの会話はつづいた。