植物のある暮らしの素晴らしさを伝えたい。
メルボルンのThe Plant Societyを訪ねて。

▲メルボルンの北側、コリングウッドに位置する「The Plant Society」のショップ。Photo by Armelle Habib

昨今、生き生きとした植栽を巧みに採り入れた空間デザインを目にすることが増え、ナチュラル、グリーンをキーワードにした製品やサービスがあふれているのは国を問わず世界的なトレンドと言えるだろう。ここメルボルンでは、設立からわずか2年ほどにも関わらず、インテリアのグリーンと言えば必ず名前の挙がるのが、今日紹介するThe Plant Societyの代表、Jason Chongueさんだ。メルボルンの北側、デザイナーや設計事務所が多く集まるコリングウッドにある、大小の植物がジャングルのように生い茂るショップ兼事務所を訪ねて話を聞いた。

▲インタビューに応じてくれたThe Plant Society代表のJason Chongueさん。Photo by Reiji Yamakura

植物を通じたコミュニケーションを創出したい

メルボルンの緑あふれる家庭で少年時代を過ごし、メルボルンとロンドンの大学で建築とインテリアデザインを学んだ後、設計事務所で経験を積んだJasonがビジネスパートナーのNathan SmithとThe Plant Societyを立ち上げたのが2016年8月のこと。“植物のある社会”という壮大なビジョンをそのまま社名にした意図を尋ねると、「植物のある暮らしの素晴らしさを伝えたくて。もっと日常に植物があったらいいなという思いと、植物を通じて人と人のコミュニケーションを生み出していきたい、という理由からSocietyという言葉を入れたんだ」。

▲Jason(右)とパートナーのNathan。この店内奥の温室ではさまざまな種類のプランツが育てられている。Photo by Armelle Habib

彼らのユニークなところは、グリーンを販売するショップというだけではなく、商業施設や店舗、住宅のスタイリングを手がけながら、月に一度はワークショップやトークイベントを開催することを自分たちに課し、グリーンのあるコミュニティを醸成することを創設時から目指していた点にある。また、Jasonの肩書きにアーキテクト、インテリアデザイナー、プラント・カルティベイターという3つが並んでいることも、彼の経歴をよく表している。

▲The Plant Societyの入り口。建物の右側がThe Plant Society、左側にカフェと日本のアイテムを取り揃えたコンセプトショップを複合したCIBIがある。Photo by Armelle Habib

人気カフェ「CIBI」の一角にショップをオープン

また、コリングウッドで人気のカフェ兼コンセプトショップ「CIBI(チビ)」の一角にショップが誕生した経緯も、メルボルン育ちの彼らしい人と人とのつながりによるものだ。

The Plant Societyを立ち上げた直後はショップを構えず、主にスタイリングの仕事をしながら、週末はマーケットなどにポップアップストアを出店していたが、拠点の必要性を感じ、CIBIのオーナーである旧知の田中善太さんに数年ぶりに連絡を取ったところ意気投合、その数日後にはCIBIの倉庫として使われていた店の一角で営業を始める。2018年後半にCIBIが隣の建物に移転拡張するタイミングで、The Plant Societyも一緒に移転し、現在の温室を備えた広大なショップが誕生した。

Jasonは、「僕らのショップに初めて来たお客さんは、もともと日本の生活雑貨を販売していたCIBIがついにグリーンまで扱い始めたと思う人もいれば、僕らがカフェをやっていると勘違いする人もいて、そんな境界があいまいなところも気に入っているんだ」と笑う。

▲プランターや家具が配された店内。建築家、インテリアデザイナーとして働いた経験のあるJasonがセレクトしたアイテムが並ぶ。Photo by Armelle Habib

カフェや商業施設など、60軒以上のグリーンを手がけて急成長

ビジネスの中心を、屋外ではなくインドアのグリーンにしたのは、もともとインテリアデザインの経験があったことと、インテリアにおけるグリーン需要の高まりを感じていたからだという。

メルボルンの都心部には次々と高層ビルが建設されており、そうしたビルのロビーやオフィスにはグリーンが求められている。そして、建物内の日照条件やメンテナンスの頻度に応じて、建築家、インテリアデザイナーとしての経験から導き出されたスタイリングの評価は高く、クライアントがクライアントを呼ぶかたちで仕事の依頼が増え続け、1年前には5軒ほどだったメンテナンス先は、現在、メルボルンのあるビクトリア州内で60軒、昨年にはシドニー事務所を開設してシドニー周辺で3軒、ブリスベンとアデレードにも各1軒という快進撃を続けている。メルセデスベンツのコンセプトストア「Mercedes me」や百貨店「David Jones」、人気のカフェ「Higher Ground」なども彼の顧客に含まれる。

▲大型商業施設WestfieldのWhitford City店でスタイリングを手がけた事例。Photo by Bo Wong

時に、トロピカルな気配を感じさせるスタイリングのポイントを聞くと、「基本的なルールとしては、その環境できちんと生育できるものを選ぶこと。すると、自然と熱帯系の品種が多くなるのかもしれないね。それから、色合い、葉のテクスチャー、形状に気を配りながら、インテリアやプランターとのバランスを見ていくんだ」。

空間とのマッチングは彼のスタイリングの個性と言えるだろう。「今も美しい建築は大好きだし、インテリアデザインへの興味もあるよ。僕の場合、かつて建築設計をしていた頃に、見た目を優先して日照や空調などの環境に合わない植物を選んで枯れてしまった事例などを見てきし、学生時代にマーチャンダイザーとして働いたときに、商品の見せ方やお客さんの動き方などを体得することができた。これまでのすべての経験が今のグリーンの提案に生かされている」と語る。

▲同施設の屋外の様子。ショップや飲食店などを含め、現在はコマーシャル系の仕事が多いと言う。Photo by Bo Wong

大切なのは知識をシェアすること

また、彼らはオーストラリアに生息する希少な植物を維持し、育てていくことも重視にしている。植物を育て、維持していくことの難しさは、実は働き手の確保といった基本的なところにあるようだ。

「東京なんかでも同じだと思うけれど、若い人がファームで働きたがらないから、メルボルンでは人手の確保が難しい。小規模なファミリービジネスで後を継ぐ若者がいないと、それまで培われた経験が継承されなくなってしまうから、そこをなんとかできたらいいと思うし、僕らは植物を育てる知識をシェアしていくことにも積極的に取り組んでいるつもりだ」。

▲The Plant Societyの店内には所狭しとグリーンがディスプレイされている。Photo by Reiji Yamakura

実際にワークショップなどで若い参加者から聞かれるのは、水やりの方法や頻度など、基本的なことがほとんどだという。植物と一緒に暮らすのは、そんな大ごとではないと語る彼は料理に例えてこう説明する。

「どんな家にも家庭の味があるよね。それはちょっとしたコツみたいなものかもしれない。植物を育てるにもそんなコツがあって、もし、祖父母や親世代が植物好きならば自然と身につくようなことだ。幸運なことに僕は家庭菜園が趣味の祖母から多くを学ぶことができた。でも今、市内にあるガーデニングクラブに行くと、リタイアした世代はいるけれど若者は皆無なのが現実だ。若い世代の子たちは、高級ブランドのファッションというよりもシンプルなライフスタイルに興味があって、植物への関心は高いと感じるよ。だからなおさら、若い世代にコツや知恵を伝えていきたいね」。

▲大型商業施設WestfieldのPlenty Valley店でのカフェのスタイリング。Photo by Armelle Habib

9月には都内でポップアップストアを計画中

メルボルンとシドニーの拠点を行き来しながら多忙を極める彼に、今後のプロジェクトを尋ねると、メルボルンの中央駅に隣接する大型商業施設「メルボルンセントラル」内でスタイリングしたスペースがこの3月下旬にオープン予定で、同じく3月末にはメルボルンインターナショナルフラワー&ガーデンショーに出店予定という。他にもオーストラリアとニュージーランドに展開する人気ファッションブランドとコラボレーションしたプランターを企画中と幅広い。

「僕らはひとつのことをやり遂げたら、また別の新しいことをやってみたくなるんだ。2019年9月頃には、東京・千駄木にあるCIBI東京店でポップアップストアやワークショップを予定しているから、東京の人に会うのも楽しみなんだ。それまでに日本語もちょっと覚えないとね」と笑顔を見せる。

▲設計事務所Archierのプロダクトのためのブースデザインにも協力した。Photo by Mike Baker

海外デザインメディアによる、フォローすべきオーストラリアのインスタグラマーTOP10に選ばれたこともある彼のインスタグラムには1万5000人近いフォロワーがおり、2017年に出版されたJasonによる書籍「Plant Society」は、現在、フランス語とドイツ語に翻訳されるなど、彼らの勢いはオーストラリア外にも拡がりつつある。

ある特定のモノを販売するだけでなく、そのモノがある暮らし、そのモノが当たり前にある社会を築いていこう、という考え方は成熟した今の消費社会にフィットしたもので、“植物のある日常”を中心に据えた彼らのポジショニングと行動力が、新たな依頼が次々と舞い込んでくる状況を生み出しているのは間違いない。End

▲レジデンスでのスタイリング例。クライアントの要望に応じてメンテナンスも手がけている。Photo by Armelle Habib