【対談】デザインファームは「共創のプラットフォーム」へ
Takram田川欣哉×IDEOティム・ブラウン

©五十嵐絢哉/Junya Igarashi

デザイン・イノベーションファームTakramの田川欣哉がナビゲーターとなり、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブの3領域をつなぐトップランナーを迎える連載「BTCトークジャム」。今回のゲストは、IDEO CEO/代表取締役社長のティム・ブラウンさんです。




複雑な問題に取り組むためのコラボレーションマインド

田川 IDEOのデザイン領域がプロダクトからソフトウェア、サービス、組織、ポリシー策定にまで広がっていったことは理解していますが、現在はどういったことに取り組んでいるか解説していただけますか。

ブラウン デザインがインパクトを与えられる、ほぼすべての場所に関わっていると言っても過言ではありません。私たちが最初に「デザインシンキング」の考え方に至ったのは、デザインはもっと多くのチャレンジができ、さまざまな問題へ当てはめられるというポテンシャルに気づいたからです。
 IDEOの強みは、たくさんの専門家が集まっているということです。美術大学出身者だけではなく、実にさまざまなバックグラウンドの人間がいます。しかしIDEOでは、デザインシンキングという「人間を中心に置いたアプローチ」を全員で共有しています。だからこそ、畑違いの者同士のコラボレーションがうまくいっているのです。

田川 そういった特徴があるからどんなチームともコラボレーションができる。言わばIDEOという組織のあり方自体がプラットフォームになっているんですね。

ブラウン そうです。IDEOの中で起こっていることを、外の世界でも実現させたかったのです。私たちは、たとえ従来型のデザイン教育を受けていない人でも、デザインに関われると信じています。それぞれ関わり方や活かせるスキルは異なるかもしれませんが、アプローチを共有することは可能です。

▲今回の記事は、2018年11月2日にアクシスギャラリーで行われたブラウン・田川両氏によるトークセッション「デザインの未来」から内容を抜粋して構成。「デザイナーになるなら今が最高の時期だ」とブラウン氏。©五十嵐絢哉/Junya Igarashi

田川 私自身は「インテグレイテッド・シンキング(統合思考)」という言葉が好きです。従来の会社組織というのは縦割り型で、俗に言うサイロ型やタコつぼ型、互いの横断的なつながりは弱いわけです。デザインシンキングとは、こうした組織間をつなぐツールだということでしょうか。

ブラウン ええ。例えば、あなたが科学者でなかったとしても、学校で習う科学的なメソッドの用語と考え方さえわかっていれば、科学者と協働することができます。デザインシンキングも同様で、いったん考え方や方法論さえ理解できれば、他者とのコラボレーションが可能です。アイデアもシェアして共に掘り下げていける。
 私たちは、複雑であっても、それを解くことで、社会に対して大きなインパクトを与えられる問題に取り組みたい。だからこそ、さまざまな専門分野の人々の能力を求めています。ステークホルダーともユーザーともカスタマーともコラボレーションすることが必要です。

田川 IDEOにいる人たちは優秀なコミュニケーターという理解でよいでしょうか。

ブラウン もっと上手になりたいという思いは常にありますが、おおむねそう言っていいかと思います。やはり、私たちの企業としての文化自体がコラボレーションに根差しているからです。クライアントとも、良いコラボレーターでありたいと思っています。上手くいくときも、いかないときもありますけれども。
 世の中には、個人としてはクリエイティブでも、コラボレーションマインドに欠ける人がいます。限られた分野でのクリエイティブに支障はありませんが、取り組む問題が複雑になればなるほど、個人として解決するのは難しくなります。そのためIDEOの面接では個人のスキルに加え、コラボレーションの能力や個人の価値観も重視しています。

田川 具体的には?

ブラウン いちばん簡単に見るポイントは「他の人の成功を助けたい」という人物かどうかです。

田川 なるほど。それは素晴らしいですね。

ブラウン 他の人の成功に喜んで役立ちたいという基本的な姿勢や考え方を持つ人たちですね。自分自身のためにベストアイデアを握りしめておきたいタイプとは異なる価値観を持つ人たちを探そうとします。

▲ティム・ブラウン/1962年英国プレストン生まれ。87年にビル・モグリッジ率いるID Two に入社。91年にID Two、デビッド・ケリー・デザイン、マトリックス・プロダクトの3社合併によってIDEOが誕生した後、同社でサービス、インタラクション、エクスペリエンスのデザインに携わり、同社ヨーロッパ部門を統括。2001年に創業者のデヴィッド・ケリーからCEOの職を引き継いだ。©五十嵐絢哉/Junya Igarashi

デザイナーが持ち得るふたつの戦略

田川 IDEOが企業クライアントの中へ入っていくとき、デザインやアイデアについて明るくない方々と接点を持つことも多いかと思います。ビジネスやテクノロジーを専門にする人たちに対して、「デザインを取り入れることの利点」をどうやって伝えていますか?

ブラウン 長年にわたって抱いている見解ですが、デザインという行為自体が何を目指しているかを説明しようとすると、説得力がなくなってしまいます。しかし、ある人が実際にそのデザインを体験する、もしくはデザインの成果を目の当たりにしたときの説得力には凄まじいものがあります。したがってデザイナーが持てる戦略として、次のふたつが挙げられます。
 ひとつ目は、プロセスの中に相手を巻き込むという戦略。これはなかなか強力です。アプローチのひとつとして私たちがやっているのは、クライアントとのコラボレーションです。彼らを現場に連れて行き、デザインリサーチを体験してもらいます。一緒に仕事をしてもらい、アイデアを発展させていく。人により上手かったり下手だったりしますが、皆、経験すれば上手くなっていくものです。現在はフォードのCEOとして巨大な組織をデザインシンキングで変えようとしているジム・ハケットとの出会いも、20数年前に行ったワークショップでした。彼はそれまでデザインについての経験が皆無だったのです。

田川 まさに、体験が人を変えたということですね。

ブラウン その通りです。ふたつ目は、デザインのインパクトを見せるという戦略です。誰かに対して「このようにデザインしたアイデアがある」と話すとき、抽象的なアイデアか具体的なアイデアかで話の次元がまるで違ってきます。私たちは抽象的なアイデアをリアルなものにするため、具体的に手にできるプロトタイプなしに会議へ行くことはありません。
 工学的なものだけではなく、ビジネスデザイナーはビジネスのプロトタイプを、サービスデザイナーはサービスのプロトタイプをつくります。ビジュアルについてもそうで、とにかくすべてに対してプロトタイプをつくります。食べ物もデザインしていますから、IDEOにはテストキッチンもあります。

「Future Blue Sky」は、IDEO TokyoとJAXA航空技術部門による、30年後の「空」に広がる社会をテーマにした共創プラットフォーム。人を起点とするデザインシンキングの考え方やマインドセットに基づき、未来の空にまつわる4つのシナリオを描いている。

田川 IDEOの活動において、プロダクトやサービス以外にも「組織そのものをデザインしてほしい」という依頼が多くのクライアントから増えているのではないかと思います。どうやって相手の企業風土や考え方、姿勢を変えているのでしょうか。

ブラウン ひとつには「組織内部のクリエイティブな能力を磨くこと」です。クライアントに対して、デザインやデザインシンキングを人材や人事、マーケティングなどデザイン部以外の組織にも落とし込むよう、お願いします。
 また、デザイナーにとっては従来から当たり前だった「プロジェクト中心の仕事」の導入も薦めます。ほとんどの企業はプロジェクトではなく、プロセス上にある仕事をやっていますよね。だから、より多くの人たちがプロジェクトに力を入れられるよう提案するのです。これからの社会ではAIなどのテクノロジーが入ってきて、すでに決まったオペレーションはやってくれます。どんどん人は取って代わられ、違うところにシフトしていくことになります。

田川 人はプロジェクトに特化して、その変化に対応するところをやればいいと。これからの10年、20年、世界中でそんな流れが始まって、ビジネスやテクノロジーの専門家たちも、デザインにもっと目がいくのでしょうね。

ブラウン ええ、そしてその流れはもう始まっています。クリエイティブな職種では機械に任せられることは任せ、本当に重要なところにエネルギーをフォーカスできるようになります。業種によっては物理的な障壁があったり、すぐには機械が代われないところもあるとは思います。しかし、いずれは全部機械に置き換わっていくでしょう。

▲2018年11月、ブラウン氏は長年にわたるデザインシンキングの発展・普及活動が讃えられ、慶應義塾大学より名誉博士の称号を授与された。©Keio University

新しいデザイナー像が誕生する

田川 これから IDEOやご自身がどうなるのか。今後10年間への未来のビジョンをお聞かせください。

ブラウン デザインにとってあまりにもたくさんの未来があって、私たちは何とかその一部をやろうとしているのかもしれません。今、社会は「第4次産業革命」と言われるような、ひじょうに面白いターニングポイントにあると思っています。機械学習やロボティクス。こうしたものが、今までの社会のあり方に揺さぶりをかけています。教育、医療、厚生、食料システム、都市の機能、組織のあり方……さまざまな社会の仕組みについて、考え直さざるを得ないところまで来ています。
 まさにIDEOが取り組んでいる問題がそうで、やりがいを感じる半面、それらは極めて複雑なので長期間にわたるプロジェクトになります。そのため、私たちは組織そのものの組み替えをやろうとしています。データサイエンティストが多くのプロジェクトに関わるようになりました。そして、AIに対しても人間中心型のアプローチを図ろうとしています。
 現在の状況はある意味で、150年前に訪れた第1次産業革命にも似ています。当時は職種としてプロのデザイナーがヨーロッパで最初に現れた時代でした。新しい専門分野を学習するのは時間がかかりますけれど、とても楽しみです。

田川 ティムさんの口調からも、現在の興奮が伝わってくるようですね。

ブラウン 多くの企業を巻き込んで、こうした面白いチャレンジに取り組もうと考えています。ただ会社を集めてコンサルティングをするのではなくて、一緒に仕事へ取り組んでくれる企業を集めたい。例えば、新しいテクノロジーを巡るチャレンジだとか、サーキュラーエコノミー(循環型経済)に関する取り組みだとか、より高い次元でのコラボレーションを産業横断型でやろうとしています。そういった未来のたくさんの可能性にわくわくしているところです。End


▲田川欣哉(たがわ・きんや)/1976年生まれ。Takram代表。東京大学機械情報工学科卒業。ハードウェア、ソフトウェアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授・名誉フェロー。©五十嵐絢哉/Junya Igarashi

ーーIDEOはデザインの歴史のなかで、インタラクションデザインとデザインシンキングという、ふたつの大きな概念を生み出した偉大なファームです。その両方に共通するのは、ヒューマンファクターとコラボレーション。ティムから、これらのキーワードについて深く聞くことができたことで、自分のなかでストンと腑に落ちることが数多くありました。(田川)




本記事はデザイン誌「AXIS」197号「変わる、ニッポンのインハウス」(2019年2月号)からの転載です。