【川西康之の鉄道デザイン】
未来の輪郭をスケッチし、 旅の時間をデザインする

▲川西氏が手がけた「えちごトキめきリゾート雪月花」の1/10模型。建築と同じく、鉄道事業に関わる人々にデザイン案を説明し、完成形のイメージを正確に理解してもらうには、模型の製作は必須である。©五十嵐絢哉/Junya Igarashi

鉄道デザインとは未来を描くことであり、それを実現することで人々の暮らしは豊かになっていく。そのためには何でも屋でなければならない。こう語るのはイチバンセン一級建築士事務所の川西康之だ。海外の国有鉄道や国内の第三セクター方式での展開など多彩な経験から得られたものは何か。




未来図としての鉄道デザイン

 1992年、鹿児島本線の博多駅と西鹿児島駅(現・鹿児島中央駅)を結ぶ在来線特急つばめの運行がスタートした(現・新幹線)。車両デザインを手がけたのは水戸岡鋭治率いるドーンデザイン研究所。10代だった川西は水戸岡のパース画に衝撃を受けたという。あざやかなカラーリングとグラフィカルな構成に魅了されたのだ。
 「水戸岡さんの教えで重要なのは、公共のデザインは風景を変える力があるということ。水戸岡さんは、車両のデザインだけでなく、“鉄道のある暮らし”をしっかり提示している。夢のある未来図を描いているんです」。
 川西は千葉大学に進学し、大学院を修了した後、デンマーク王立アカデミーを経て、オランダの建築設計事務所で働き始める。在籍中の2003年、個人的な仕事として肥薩おれんじ鉄道のロゴマークを手がけたことが転機となった。
 「採用されたロゴマークだけでは飽き足らず、トータルでビジュアルを考えたいと私のほうからお願いしました。幸い、申し出を受け入れていただき、切符や定期券、名札、ポスター、駅名のロゴタイプやサイン計画を、すべてデザインすることができました」。
 ちなみに駅名標ではAXIS Fontが用いられている。理由は「シンプルで視認性が高く、日英併記のバランスが抜群だから」だそうだ。
 川西にとって肥薩おれんじ鉄道の仕事は原点となった。「デザイナーは何でも屋じゃないとダメだってことを実感しました」と語りつつ、自らの経験不足を痛感したとも言う。
 「日本は課題が山積みで、とりわけデザイン戦略という意味では、まだまだ発展途上。当時ですら水戸岡さんが孤軍奮闘するような状況だったわけですから。逆に言うと改善の余地はたくさんある。デザイナーの役目が大きいことを認識しました」。

▲川西康之(かわにし・やすゆき)/建築家、デザイナー。イチバンセン代表取締役。千葉大学大学院、デンマーク王立芸術アカデミー修了後、オランダやフランス、国内での勤務を経て2014年にイチバンセンを設立。土佐くろしお鉄道・中村駅リノベーションやえちごトキめき鉄道・雪月花をはじめ受賞多数。20年にはJR西日本と取り組む新たなリノベーション車両が運行予定。©五十嵐絢哉/Junya Igarashi




鉄道が人々の人生を導く

 川西が魅力を感じる鉄道会社は3つ。JR九州、デンマーク国鉄(DSB)、フランス国鉄(SNCF)である。日本の鉄道デザインを改革したいという思いから、文化庁の派遣制度を活用し、06年にフランス国有鉄道交通拠点整備研究所(SNCF-AREP)に入所した。
 「渡仏した頃は、ちょうどフランスとドイツを結ぶTGV高速鉄道・東ヨーロッパ線の開業を控えていて、駅の建設工事や周辺整備が行われていた時期でした」。
 配属部署はシャンパーニュ・アルデンヌ地方の中心地ランスを担当していたが、地元では反対の声が強かった。
 「ランスの人々は一貫していました。一言でいうと『歴史あるブドウ畑を潰してまでつくらなければならないというこの鉄道は、われわれにどんな未来をもたらしてくれるのか?』という問題意識です。それに対して、私たちは説得できるビジョンを示さなければならない。なあなあの“合議”に至るための議論ではなく、具体的な“未来”を描くための実質的な対話を重ねていく。地元の人々の一歩も引かない姿勢には感銘を受けました」。
 鉄道デザインとは未来の輪郭をスケッチすることであり、それを実現することが暮らしを豊かにしていく。こうした本質を再確認した川西は、後に土佐くろしお鉄道・中村駅のリノベーションやJR指宿枕崎線・枕崎駅の駅舎設計、近鉄橿原線・結崎駅の周辺整備計画で成果を上げる。

▲フランス国有鉄道交通拠点整備研究所(SNCF-AREP)の仕事をまとめた「Jean-Marie Duthilleul and Etienne Tricaud AREP」(イメージズパブリッシング、2009)。川西氏らAREPチームが描いたランス駅の周辺整備計画イメージ。©藤井 真/Makoto Fujii

▲SNCF-AREPの創設70周年記念誌「L’art des trains et des gares—70 ans de SNCF」。建築、ファッション、グラフィックなど同社のさまざまなデザインが網羅的かつ美しくまとめられている。©藤井 真/Makoto Fujii




そこでしか味わえない時間を設計する

 帰国後、栗生総合計画事務所勤務を経て、川西は「イチバンセン」を立ち上げた。これは「鉄道の駅舎があるホーム(1番線)」から採られたものだが、人々の交流と物資の移動の中心部を意味している点で、川西の仕事を象徴している。
 今、川西は接客やサービスといったソフト面でも改善すべき点は多々あると感じている。そして鉄道というコンテンツの全体像を俯瞰し、個別具体的な改善案を提示できるのはデザイナーしかいないと考えるようにもなった。専門性のなかに閉じこもるのではなく、駅舎や車両といったハード面から、時間や体験といったソフト面にいたるまで、人々が関わる領域すべてを設計すること。言い換えれば、事業者と利用者をつなぐ場所に立っているのがデザイナーなのだ。
 15年、北陸新幹線の開業に合わせて、えちごトキめき鉄道の運行がスタートした。川西は車両のデザインや駅のサイン計画を手がけ、新潟県のパブリックイメージを踏まえつつ、ビジュアル統一を図った。高原を走る妙高はねうまラインは妙高山の緑豊かなと山並みを、海岸線を走る日本海ひすいラインは日本海の荒波を参照した。

▲えちごトキめきリゾート雪月花 写真提供:えちごトキめき鉄道株式会社

 「16年には観光列車のえちごトキめきリゾート雪月花の運行も始まりました。観光列車の目的は“ここでしか味わうことのできない体験”を提供することです。妙高山や焼山、日本海の美しい景色を眺めながら、地元の食材をふんだんに使った料理や、米どころとして知られる新潟ならではの地酒を含め、日本一の車内サービスを楽しんでいただく。そのための空間を設計し、時間を演出するのが、私たちの仕事です」。
 観光列車の仮想敵はスマートフォンだと川西は笑う。えちごトキめきリゾート雪月花の特徴は天井まで伸びる日本最大級の側窓だが、風光明媚な大自然が堪能できるにもかかわらず、乗客が下を向いてスマホをいじりだす事態は避けたい。
 「乗客の方々が退屈な気分にならないよう、乗務員にはタイミングを見計らってお声がけしてくださいと伝えています。会話があれば、記憶に残る旅になりますからね」。
 集大成とも言うべき仕事が、JR西日本の「新たな長距離列車(仮)」のデザインだ。寝そべりながら景色を楽しめる座席をはじめとして、往年のプルマン寝台のような優雅さや、欧州のクシェット寝台のような楽しさを盛り込み、これまでになかったような“過ごし方”をいくつもデザインしたという。大いに期待したい。End

▲取材後に公式発表されたJR西日本「WEST EXPRESS 銀河」の運行開始は、2020年春を予定されている。 写真提供:西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)




本記事はデザイン誌「AXIS」198号「鉄道みらい」(2019年4月号)からの転載です。