メルボルン発、世界の多様性を伝えるインディペンデントマガジン
「LINDSAY」。
編集長Beth Wilkinsonに聞く

「世界各地に根付くカルチャーや、地域性の違いに目を向ける」ことをテーマにしたインディペンデントマガジン「LINDSAY(リンゼイ)」の編集長、Beth Wilkinsonさんは、ここメルボルンを拠点に、同誌の編集、クリエイティブディレクションから表紙を含めた写真撮影、一部記事の執筆、誌面デザイン、読者イベントのオーガナイザーまでをひとりでこなすマルチクリエイターだ。メルボルンで一番忙しい日々を過ごすといっても過言ではないほどのスケジュールの合間をぬって、取材に応じてくれた。

▲LINDSAYの編集長、メルボルンで生まれ育ったBeth Wilkinsonさん Photo by Reiji Yamakura

一個人の視点からつくり出される雑誌

雑誌名の「LINDSAY」は、彼女に写真を撮る楽しさを教えてくれたカメラ好きの祖父の名前から採ったという。最新刊となる第4号の発売を間近に控えたBethに日常を尋ねると、印刷前の色校正や原稿チェックに加え、広告営業やレストランとのコラボレーション企画まで仕事の範囲は多岐にわたる。マルチという形容では足りないほどの雑誌にまつわる業務に加え、非常勤講師としてデザイン系大学での授業までを精力的こなす彼女は、出版分野だけでなくメルボルンのクリエイティブ界で知られる有名人のひとりだ。

メディアを自身で立ち上げた経緯を尋ねると、世界中のさまざまな地域への飽くなき興味がまずあったと語る。

「世界各地にカルチャーを扱うメディアはあり、例えばニューヨークにはニューヨークの現在を扱う一流のメディアがあるし、アジアの各地には、その地域の出来事をカバーする媒体がある。また、取材テーマについては、例えばコンテンポラリーアートであれば専門誌が各国にあるでしょう。それに対して私は、世界中の地域、カルチャーを対象に、今そこで起こっていることや歴史、伝統的な事柄を、生活、文化、食、スポーツといったさまざまな切り口で紹介するメディアをつくりたいと考えました。世界中の情報を扱うという点では、旅行ガイドは世の中に多くあるけれど、LINDSAYは世界各地にある固有の文化を“理解する”機会を提供することを目的にしているので、その地を訪れる旅行者向けのものや、インターネット上にある表面的な情報とはだいぶ違う内容になっていると思う」。

▲最近入れたばかりという右手のタトゥーの星は、夢に向かうことを忘れないように、という願いを込めたもので、アーティストの Stanislava Pinchuk(Miso)による Photo by Reiji Yamakura

「今は地球上のあらゆる都市や地域が均質化しているように感じるし、また、世界中で諍いが絶えない。そうした争いは、互いの文化的背景を理解しないことが原因のひとつだ」とも語った。そして、LINDSAYに掲載する内容は、彼女が美しいと思うかどうか、という選び方ではなく、「世界中にある“違い”をきちんと伝えること」を判断基準として、Beth自身が興味を持ったトピックスだけが丁寧に選ばれている。そう、まさにLINDSAYが掲げる「celebrating the importance of different cultures and places around the world」というコンセプトに忠実に、世界にいる書き手やフォトグラファーと連携しながら取材を進めているのだ。

▲LINDSAYの表紙。左からJenny Keeを表紙に起用した創刊号、坂本龍一の第2号、Nadine Labakiの第3号。第4号は10月上旬に発売予定 Photo by Reiji Yamakura

世界120カ国の読者に向け、“違い”を伝える

ウェブメディアを開始したときから、紙の雑誌をつくるアイデアがあったのだろうか。

「私は紙の本や雑誌が大好きだから、もちろん紙のことを漠然とは考えていたけれど、具体的なプランがあったわけではないの。世界のカルチャーを伝えたいと思い立ったときに、いきなり紙の雑誌をつくることはできなかったので、ウェブでの発信を始めた。でも、オンラインマガジンを始めてすぐに気が付いたのは、いくつかの記事はウェブ上のフォーマットでは伝えきれないことがある、という事実だった。ウェブにはウェブに適したトーンや文章の量があるし、インターネットという膨大な情報の中では、LINDSAYは小さな点でしなかった」と当時を振り返る。

オンライン版を公開したのが2017年3月、その3カ月後には紙の雑誌の創刊に向けて動き出したという。その後、クラウドファウンディングによる資金調達に成功し、紙の雑誌の第1号が発刊されたのが2018年3月のこと。そこから、LINDSAYのシンデレラストーリーとも言うべき飛躍が始まる。

▲メルボルンのシティ中心部にあるAlpha 60 Chapter Houseで2018年3月に開催された創刊記念パーティーには数多くの人が詰めかけた Photo by LINDSAY

今や世界120カ国に読者がおり、フィレンツェのグッチ ガーデンやニューヨークのMoMAの別館PS1をはじめ、名だたるミュージアムショップや書店で扱われるようになった。また、昨年はオーストラリア国内のグラフィックデザイン賞であるAGDA Design Awardを受賞し、今年はニューヨークで開催された、雑誌メディアの祭典「ModMag New York 2019」のゲストスピーカーに選ばれるなど、LINDSAYの認知と評価は日々高まっている。

▲AGDA Design Award 2018受賞式の様子 Photo by LINDSAY

みずみずしいレポート、飾らない内面を捉える写真

LINDSAYで読んだ印象的な記事に、イタリア半島とアドリア海を挟んで向かい合うクロアチアの小さな島、コルチュラ島の風景を描く画家のStipe Nobiloへのインタビューがあるが、それは初めて島を訪れたBethが、たまたま飲んでいたワインラベルの絵に惹かれてその画家の存在を知り、ウェブサイトやインスタグラムを持たない画家の連絡先を探り当て、彼のアトリエを訪ねるところからストーリーが始まる。こんなにみずみずしいレポートは、成熟しきった日本の紙媒体の世界ではなかなか目にすることはないだろう。創刊期ならではの“思い入れ”に溢れ、彼女の行動力があったからこそ記事化できた、写真と文章が一体となって語りかけてくる好レポートである。

また、これまでの3号の表紙を飾ったのは、1970年台から活躍してきたオーストラリアの女性ファッションデザイナーのJenny Kee、ニューヨークを拠点とするミュージシャンの坂本龍一、レバノン生まれの映画監督で女優でもあるNadine Labakiと、多様な現代社会を象徴するような人選だ。また、できる限り被写体のありのままの姿を撮ることにこだわるBethがフィルムカメラで撮影したポートレートからは、彼らの飾らない素顔や内に秘めた迫力が伝わってくるタッチがある。

▲第2号に掲載された、画家のStipe Nobiloへのインタビュー記事。クロアチアへの旅行中に急遽申し込んだ取材だったので、通訳はパートナーの母親に依頼し同行してもらったという Photo by Reiji Yamakura

LINDSAYが、読者に世界のありのままの姿を届けようとする背景には、移民が多く、多様なカルチャー、人種、言語が入り混じるメルボルンという街の特殊性と、幼い頃から旅行に親しみ、10代後半ではアフリカやアジア各地を旅したという彼女の個人的な経験が大きな影響を及ぼしていると本人は言う。

インタビューの最後に、今後取り組みたいことを聞くと、「紙媒体を始めてからの読者の広まりは予想もしていないほどだった。今は少しだけスローダウンして、これまでの歩みを振り返る必要があると思っているけれど、その一方で、動画コンテンツやイベントなどチャレンジしたいこともたくさんある。ただ、私にとって大切なのは商業的な急拡大を目指すのではなく、LINDSAYのコンセプトを維持しながら、これからも素晴らしい書き手やフォトグラファーと一緒に誌面つくり続けていきたい」。

▲第3号の発刊記念イベントの様子。彼女が普段から愛用しているというコリングウッドのカフェ「Allpress Espresso」で開催された Photos by LINDSAY

彼女がずっと実現したかった、「文化の多様性を伝える」「世界各地のストーリーを紡ぐ」「アウトプットのデザインをする」という3つの柱をすべて自分の手でやり切ることが嬉しい、という言葉に、Beth Wilkinsonという一個人の視点から生み出されるインディペンデントマガジンLINDSAYの魅力が凝縮されている。End