黒川紀章から柴田文江、さらにその先へ。
カプセルホテルの進化を支えるコトブキシーティング

▲北海道のニセコモイワスキー場の麓にある長期滞在型カプセルホテル「THE LODGE MOIWA 834」。その日の気分に合わせてLED照明の色を変えられる。Photo by Katsuhiko Murata

日本独自の宿泊施設として知られるカプセルホテルは、近年、女性や若い世代、外国人旅行者など、幅広い層に人気を博している。もともとは1970年の日本万国博覧会(大阪万博)で発表された、黒川紀章による「住宅カプセル」の構想から生まれたものだ。その後、誕生した黒川による世界初のカプセルホテル「カプセル・イン大阪」や2009年の柴田文江デザインの「9h(ナインアワーズ)」の設計・製造・施工を手がけたのは、コトブキシーティングである。同社のカプセルベッド事業は、現在、ホテルだけでなく、さまざまな分野に応用され広がりを見せている。設計に携わる、野﨑祥恵に話を聞いた。

▲1986年に誕生した「サントリーホール」。音響に配慮して設計された開館当時の椅子の木部を補修したり、張地を張り替えたりしながら今も使い続けている。Photo by Katsuhiko Murata 撮影協力/サントリーホール、NHK交響楽団

創業者の思想を継承して

コトブキシーティングの創業は1914年、東京・数寄屋橋で敷物の販売から始まった。現在は神田駿河台に本社およびショールームがあり、教育・研究施設、文化施設、スポーツ施設、議場といった公共施設の家具の開発や製造を手がけ、アメリカ、ヨーロッパ、アジアにもグループ会社を持つ。

同社の根底には、創業者の深澤幸也(こうや)による「Always With Pioneering Spirit(常にパイオニア精神を持って)」という考えが脈々と受け継がれ、業界初となる家具の開発や歴史に刻まれる製品を多数生み出してきた。例えば、公共施設用の家具では、東京帝国大学安田講堂の連結椅子、国会議事堂の議員椅子、三菱商事の一本脚のオフィス用回転椅子、歌舞伎座の金属プレス製劇場用連結椅子、岸体育館の移動観覧席(ロールバックスタンド)、サントリーホールの劇場椅子、東京ドームのブロー成形椅子など挙げればきりがないほどだ。

▲1979年開業時の「カプセル・イン大阪」。写真提供/コトブキシーティング

大阪万博から生まれた、日本独自のカプセルホテル

もうひとつの柱に、カプセルベッド事業がある。その第一弾が黒川紀章の「住宅カプセル」の構想をもとに1979年に誕生した、世界初のカプセルホテル「カプセル・イン大阪」。宇宙船のコックピットのような内部にテレビやラジオ、照明、時計を内蔵した機能的かつ近未来的な空間で、その造作を実現できるのは、当時、FRPの素材技術においてトップ企業だったコトブキシーティングしかないと、声がかかったという。

自由度の高い造形を生み出せることから、同社ではFRP素材にいち早く目をつけ、1956年から研究を重ねていた。1958年には今治市庁舎の丹下健三デザインの椅子を製作し、1960年にはミラノトリエンナーレで柳宗理デザインの「エレファントスツール」を発表、1970年には大阪万博会場の椅子や岡本太郎の「太陽の塔」の顔の部分を手がけた。

▲「SPACE-D」が並ぶ、西鉄バスの桧原自動車営業所の仮眠室。Photo by Katsuhiko Murata

仮眠室や休憩室にも活用が広まる

80年代以降は、ホテル以外にも24時間稼働する企業の仮眠室や休憩室での活用が増えていった。それまでは狭小空間に2段ベッドを多数詰め込んでいたところが多かったそうだが、「スリープカプセル」はコンパクトに効率良く配置でき、個々の快適なスペースを確保できることから、労働環境の向上につながるとして評価が高まった。

これまでの納入事例は、警察署、消防署、海外保安庁、防衛省、トラック・タクシー・鉄道・バス会社、新聞・テレビ局、空港、病院、電気・ガス会社、通信会社、金融・保険会社など、約2万床にのぼる。

▲デスクや椅子を置いてカーテンで仕切り、個室空間をつくることもできる。Photo by Katsuhiko Murata

カプセルベッドのデザイン設計も、年々、進化を遂げている。2009年には9時間の滞在というコンセプトを掲げた新しいカプセルホテルとして、柴田文江デザインの「9h(ナインアワーズ)」が京都に完成して話題を呼んだ。

一方、自社製品のスリープカプセルは、フレームとパネルで構成される建築と設備が一体となった製品で、設置や解体、増設、移動が容易にでき、アルミ樹脂製のパネルは耐久性や断熱性、遮音性に優れ、傷や汚れがつきにくくメンテナンスがしやすいなど、多彩な魅力が人気につながっている。さまざまなタイプがあり、スタイリッシュでモダンなデザインの「SPACE-D」、カプセル内で立ったり歩いたりできるワンルームタイプの「VISIT-E」、コストパフォーマンスに優れた「B-CUBE」。さらに、フロントパネルのカスタマイズが可能な「SPACE-D2」が2018年に登場。現在までに全国のカプセルホテルの約4万床に納入された。 

▲「カプセルトレーラーハウス」。被災地で仮設住宅や店舗としても活用できる。Photo by Katsuhiko Murata

クライアントの声から、新たな活用が始まる

スリープカプセルの需要に、ここ数年、さらに新しい動きが出ているという。カプセルベッド事業に携わって4年目を迎える、設計部の野﨑祥恵はこう語る。「クライアントのお客様から『こんなことができないでしょうか』と、思いもかけなかったようなさまざまなご質問やご相談をいただくなかで、新たな使い方が導き出されるケースが増えています」。

2016年には、不動産会社アーネストワンから依頼を受けて、スリープカプセルをはじめ、電気・水・ガスのライフラインを備えた、被災地支援のための「カプセルトレーラーハウス」が誕生した。実際、同年に起きた、熊本地震における仮設住宅の建設スタッフ向け宿泊施設として利用され、活躍したという。今後、全国の自治体や企業の遊休地、キャンプ場、ゴルフ場、遊休農地などに分散して設置し、災害時に集約して被災地支援の一部を担うことも期待されている。


▲富士山の五合目にある「富士急雲上閣」。従来のロッジや山小屋とは一線を画す、プライバシーを確保したスタイリッシュな空間。Photo by Katsuhiko Murata

2018年には、過疎化が進む地方の廃校に納入した。校舎を宿泊施設にリノベーションするには多額の工事費がかかるが、スリープカプセルは製品を設置するだけなので、工期やコストが軽減でき、校内にあった給食室や洗面所、トイレを利用すれば、新たな設備投資も必要ない。

コトブキシーティングの広報担当者は、「都会に暮らす児童の体験学習、企業の夏季研修、地場の食材を販売するマルシェ、工作教室など、アイデア次第で多様な使い方ができると思います」と語る。ほかにも、登山用の宿泊施設、老舗百貨店や旧法務局の建物を改装したホテル内に設置した事例もある。

▲ベッドは互い違いに配置する「千鳥配置」型、フロントパネルの色や素材をカスタマイズできる新商品「SPACE-D2」。

海外にも広がりを見せる、日本発のカプセルホテル

2019年に入り、海外での導入や問い合わせが増えているという。スウェーデンでは、大型客船フェリー内の客室として、韓国ではクレジットカード会社の仮眠室に導入された。この世界的な需要の広がりに、設計担当として野﨑は思いを新たにしているという。「コンパクトに多くの人を収容できる利便性の高さや快適性に加えて、近年は福利厚生や社会的貢献にもつながるなど、新たな魅力が引き出されています。お客様のご要望に応えるため、今後もいろいろな領域に踏み出していきたいと考えています」。

カプセルホテルの原点は、今から50年ほど前に「細胞が入れ替わるように、都市の中で建築が新陳代謝を続ける」という「メタボリズム」の思想だった。その考えが今も製品の中に生き続けているようであり、今後も人々のライフスタイルに合わせて多彩に進化していくことだろう。同社のカプセルベッドは、事前予約制のショールームでも体感できる。End

▲コトブキシーティング本社

▲設計部の野﨑祥恵。「スリープカプセル」のショールームにて。

野﨑祥恵コトブキシーティング スリープカプセル ビジネスユニット設計。1993年東京都生まれ。2016年武蔵野美術大学建築学科卒業。在学中、建築学とランドスケープデザインを学ぶ。人が集う場、快適に過ごせる場を創造することに興味を抱き、公共施設の家具の設計を行うコトブキシーティングに2016年入社。女性ならではの視点を生かし、カプセルベッドの新たな活用方法の探求や製品開発に取り組んでいる。

ショールームは、各階で劇場・ホール、エントランス、シネマ、教育施設、スポーツ施設、スリープカプセル、議場の椅子が体感できるほか、歴代の椅子が並ぶコーナーもある。事前予約制。