長崎県雲仙市でクリエイターとして働くという選択肢。
2020年1月には現地ツアーを実施します

長崎県雲仙市にある、小浜町(おばまちょう)をご存知でしょうか。人口8,000人ほどの小さなまちですが、近年、デザイナーをはじめとするクリエイティブな人々が全国から集まってきています。彼ら/彼女らはデザインの仕事と自らのやりたいことを両立し、とても充実した生活を送っていると言います。地方にクリエイティブの力が必要とされつつある今、AXISギャラリーでは小浜町のクリエイターのような仕事の仕方、暮らし方を「半D半X」と名づけ、「クリエイティブな移住」を後押しする新しいプロジェクトを立ち上げました。

2019年12月17日には雲仙市との共催により、「雲仙⇄東京 クリエイティブな移住を考えるトークイベント」を開催。この地で活躍する3名のクリエイターを迎え、移住にいたった経緯や仕事の内容、日々の生活といったリアルなお話をうかがいました。会場となったAXISギャラリーはほぼ満席。UターンやIターンへの関心の高さが伺えました。なお、2020年1月18日(土)〜19日(日)には雲仙市小浜町を訪れるツアーを企画しています。

トークイベントの冒頭には、「地域おこし協力隊」として活動する陶山岳志さんから雲仙市の紹介がありました。陶山さんご自身も多摩美術大学(環境デザイン学科)を経て、雲仙市に拠点を構えた移住組です。

▲地域おこし協力隊の陶山岳志さん

雲仙市小浜町は、長崎空港からクルマかバスで2時間ほど。決して交通の便がよい場所ではなく、東京からだと4時間ほどかかります。雲仙普賢岳や日本で初めて国立公園に指定された雲仙温泉と、橘湾を臨み高温で湯量の豊富な小浜温泉を有し、風光明媚な土地とも言えます。また、古くから多くの観光客を迎えていることから、外の人に対してオープンな土地柄という特徴があるそうです。

この20年で変化したデザインの仕事

つづいて、城谷耕生(しろたに・こうせい)さんを筆頭に登壇者3名の自己紹介が始まりました。城谷さんは、東京のデザイン学校を卒業後、ミラノで10年ほど仕事をし、2002年に生まれ育った小浜町にUターン。その後、ショップとカフェを併設した「刈水庵」というデザイン拠点をつくり、仲間を増やして、この地を盛り上げてきた中心的な存在です。

▲城谷耕生さん

現在は、主にインテリアやプロダクトの分野でデザイナーとして活動しており、KINTOのグラスウェアをはじめ国内外のメーカーとさまざまなデザインを手がけています。

▲城谷さんデザインによるKINTOの「CAST」シリーズ(上)と「LEAVES TO TEA」シリーズ(下)

城谷さんは、小浜町に2カ所の拠点を設けています。陶芸家である奥様のアトリエが併設された、目の前に海が広がるゲストハウス。もう1つは、前述の「刈水庵」を併設した、古民家を自らリノベーションした山側にある事務所です。もともと家畜小屋だった1階もギャラリーショップへと改築しています。

▲城谷さんのゲストハウス(上)、カフェを併設したショップ「刈水庵」(中)、自らリノベーションした事務所(下)

城谷さんが小浜町を選んだのは、伝統工芸の仕事に力を入れたかったことが理由だそうです。有田焼や波佐見焼など九州には窯元が多くあり、産地に近いという利点があります。また、「20年前と今ではデザインの仕事が大きく変わっている。九州や長崎の仕事を依頼されることが、ここ5年で急激に増えた」と話します。移住当初は、東京や大阪といった大都市の仕事ばかりだったそうで、その変化を肌身で感じていると断言します。

その理由を地方の中小企業の世代交代が進み、ブランディングの必要性を感じている若い世代が多いことを挙げます。「もちろん東京には多くの仕事があるけれど、そのぶんデザイナーも大勢いる。半面、地方にはデザインを必要としている人たちがたくさんいるのに、デザイナーはいないことが多い。地域の小さな工務店でさえ、わざわざ東京や大阪のデザイナーに仕事を依頼している」と、地方都市におけるデザイナーの需要について話してくれました。

▲小浜町の旅館「ゆのか」の内装デザインも城谷さんの仕事

海外を知り、地元に生かす

また、城谷さんから地域づくりのモデルとして紹介があったのは、フィンランドのフィスカース・ヴィレッジです。かつて廃墟のようだった工場跡が、現在はクリエイターのアトリエが集まる一大観光地になっています。城谷さんは実際にフィスカース・ヴィレッジを訪問し、まち同士の交流も始まっているそうです。

▲フィスカース・ヴィレッジ(上)。フィスカースのまちづくりの中心人物のひとりで、木工家でもるカリ・ヴィルタネン氏とフィスカース在住のテキスタイルデザイナー坂田ルツ子氏。ヴィルタネン氏はフィスカース発の有名な木工メーカー、ニカリの創業者(下)

城谷さんのもとには多くの外国人デザイナーが訪れており、聞くと誰もがこのまちを気に入るそうです。そのなかにはイタリアデザイン界の巨匠、エンツォ・マーリ氏も含まれます。「イタリア人建築家のレンゾ・ピアノ氏も、地元のジェノヴァの港や水族館をデザインする傍ら、エルメス 銀座店をはじめとする世界各地の建築に関わっている。そいういうことを日本でも小浜町から始めていきたい。日本の地域の文化レベルを上げていきたい」と城谷さんは語りました。

日常会話から生まれる仕事

次に語ったのは、福岡県出身のグラフィックデザイナー、古庄悠泰(ふるしょう・ゆうだい)さん。九州大学時代に出会った城谷さんに影響を受け、彼の事務所で3年ほど働いた後に独立、「景色デザイン室」を小浜町で開業しました。

▲古庄悠泰さん

古庄さんの仕事は、地元からの依頼が非常に多いことが特徴です。クライアントの多くは、事務所から徒歩圏の人々。独立して初めての仕事は、アイアカネ工房という染色作家がつくるお茶のパッケージデザインでした。オーナーが隣の家に住んでいたのがきっかけだったそうです。


▲アイアカネ工房のパッケージとウェブサイト

また、古庄さんの事務所から徒歩3分ほどの「R CINQ FAMILLE(アールサンクファミーユ)」というお菓子屋さんのロゴをはじめとしたブランディングのほか、パッケージデザインやチラシといったグラフィック全般を担当しています。家族ぐるみのつながりのなかで、古庄さんは「何気ない日常会話から、少しずつ仕事が生まれていく」と話します。

そのほか、老舗の温泉旅館「伊勢屋」のリニューアルでもロゴだけでなく、ショッパーやアンケートカード、カードキーといったさまざまなグラフィックデザインを手がけています。これも先のお菓子屋さん同様、最初にゴールを定めてブランディングを構築していくような仕事のやり方ではなく、日常会話から生まれたデザインプロジェクトと言えます。

▲「R CINQ FAMILLE(アールサンクファミーユ)」(上)と温泉旅館「伊勢屋」(下)のプロジェクト

古庄さんの事務所は、小浜町の中心部にある元商店街組合の事務所。平日は2階でデザインワークをし、1階では土日だけのカフェも運営しています。「もともと商店街組合だった地元に開かれた場所だったので、自分のクライアントだけが入れる場所ではもったいない。地元のおばちゃんも来れるような場所をつくれないかと思って、カフェを始めました」と古庄さんは言います。

▲古庄さんの事務所「景色デザイン室」の外観(上)とオフィス(下)。休日には、1Fで町に開かれたカフェ「景色喫茶室」を営む。景色喫茶室では立ち呑み会も開催。漁師、農家、エネルギー研究者、デザイナー、市職員、料理人などIターン、Uターン、地元民、世代も職業も多様な人々が集う。

リモートワークとものづくりの両立

最後は、古庄さんと同じく福岡県出身で小浜町へ移住して3年目の伊藤香澄(いとう・かすみ)さん。自身の暮らしにまつわるものづくりをしたいと、この地を選びました。

▲伊藤香澄さん

伊藤さんは東京の企業へ就職した後、デンマークとスウェーデンの手工芸の学校への留学を経て東京へ戻り、広告会社に入りました。現在もその企業に所属しつつ、リモートで仕事をしています。デンマークから持ち帰った機織り機を用いたテキスタイルを中心に、生活に必要なものを制作して暮らしています。現在の住まいは以前、古庄さんが住んでいたお宅。イベントを開く際には自宅を開放し、自身の作品や北欧で見つけた古い雑貨を売ったり、ワークショップを開催したりしています。

▲自らの作品や北欧で見つけた日用品を自宅を開放して販売する伊藤さん

デザイナーだからこそ必要以上のものを消費しない生活を

トークの最後はQ&Aセッションです。AXISギャラリーの佐野がモデレータを務め、なかなか聞きにくいリアルな移住についての質疑応答が交わされました。「移住して苦労したことは?」という質問には、意外なことに全員が「特にない」と回答。古庄さんは「事務所から帰ったら、玄関前にじゃがいもが置いてあったり、窓越しにおばあちゃんがカレーをくれたり」という、都会ではほぼ皆無と思えるエピソードを話してくれました。地元の人々が外から来た人に対してとてもフレンドリーなことが、よくわかります。

そして多くの人が気になるのは仕事における収入面でしょう。「仕事や収入の実情は?親しい人々には請求しにくいのではないか」という質問に対して、古庄さんは「営業もしていないし、長期計画も立ててはいないけれど、仕事を見てくれた人が、数珠つなぎに紹介してくれるパターンで仕事を続けてきています」と回答。

自身が経営するカフェでは飲み会も開催しており、地元の農家、漁師、市役所の人など、実にさまざまな職種の人が集まるそうです。そのような会を通じて、自然とつながりが生まれていくとか。請求については、相談を受けるたびに事前に話をすることで、揉めることはないと明かしてくれました。都会に比べて家賃や生活費がかからないため、地域のつながりで生活に必要な収入はまかなえていると言います。

▲クリエイターのアトリエが集まる刈水地区

最後に、登壇者3名からのメッセージがありました。城谷さんからは「地方都市も、ただ人口が増えればいい、という状態ではない。でもデザイナーは新しい価値を生み出せる職業なので、地方移住には向いていると思います。東京は消費サイクルがとても速い場所。環境破壊はその消費から来ているのだから、ものをたくさん消費しなくてもよい暮らしをクリエイティブな人ほど考えるべきだと思います。それは、デザインができるもう1つの力です」と、クリエイターの新しい生活の仕方についての提案がありました。

古庄さんからは「仕事を始めてみたら、自分を必要としてくれる人が現れてきました。完璧に準備した状態でなければ移住できないなどと、考えすぎなくていいと思います。気になったらとりあえず訪れてみるとか、通ってみるとか、そういう方法から関係性をつくるのも1つの手です」と、移住のハードルを下げるような自らの考え方を語りました。

伊藤さんは「東京で暮らしていたときは、どういう時間を持つと自分が気持ちいいと感じるのか、わからなくなることがありました。小浜町では買い物はそんなにはできないけれど、自分が本当に好きなものに気づくことができました。小浜町という場所が大好きです。みなさんにも、自分が一番気持ちいいと思える場所を見つけてもらえたらと思います」と話してくれました。

トーク終了後には、登壇者と参加者との交流会も開催。雲仙市のお酒や、かまぼこ、雲仙ハム、雲仙フロマージュなど自慢の特産品を囲み、歓談の尽きない一夜となりました。

2020年1月18日(土)〜19日(日)には、雲仙市を実際に訪れるツアーが実施されます。長崎空港から無料マイクロバスの送迎を利用して、登壇者3名のアトリエを訪ねるほか、地元の方たちとの飲み会も企画。昼食には地元野菜を使ったオーガニック弁当も供されるので(申し込み制・有料)、この機会にぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

ツアーの詳細・申し込みは、こちらをご覧ください。End