BIGによる展覧会とノルウェーに誕生した博物館。
ビャルケ・インゲルスが語る
「フォームギビング」とは

デンマーク語でデザインを意味する「フォームギビング(Formgiving)」。そのタイトルを冠した展覧会が、2020年1月12日までデンマーク建築センターで開かれている。主催はビャルケ・インゲルス率いる建築事務所BIG。彼がよく用いるこの言葉は、単に「建築に形を与える」という意味ではない。2019年9月、ノルウェーに誕生した最新作「ツイスト」とともに、その考えを解き明かしていく。


▲キステフォス博物館「ツイスト」は、オスロ空港の西方にある元パルプ製材所の敷地に誕生した屋外現代彫刻美術館。川の両岸を全長16mのツイストと9mの歩道が結ぶ。総建築費2億ノルウェークローネのツイストは橋であり、1,000m²の展示空間を有する博物館建築であり、それ自体が彫刻でもある。Photos by Laurian Ghinitoiu

橋、博物館、彫刻作品

オスロ空港からローカルバスに揺られること約1時間。キステフォス博物館は、森のなかの元パルプ製材所の広大な敷地内にある私設美術館だ。川や丘といった自然の地形のなかに、草間彌生やアニッシュ・カプーアといった有名アーティストの彫刻が配されている。

敷地内を流れる川に沿って歩いていくと、キステフォス博物館の一施設である「ツイスト」が視界に現れる。遠くから眺めると、川の両岸に広がる森をつなぐ、美しい橋のような趣だが、近づくにつれて印象は様変わりする。ファサードは無数のアルミのヒダで形成され、館内は外観に合わせて白く塗装した木材で天井から床までが覆われている。実に繊細なフォルムが、ローテクを駆使したダイナミックな構造から成り立っていることに感嘆するのだ。

▲ツイストのフォルムは40cm幅のアルミの被膜材で構成される。外観は、積み上がった本が扇を開くようなシェイプを描くことを連想させる。通常、博物館の出入り口はひとつだが、特異な立地を生かして川の両岸から自由に出入りできる。Photo by Laurian-Ghinitoiu

▲館内は白くペイントされた横幅8cmのモミの木の薄い長板が、外壁のアルミパネルに沿って床、壁、天井に至るまで敷き詰められている。角柱を90度ひねったフォルムによって、天窓が生まれ、室内に1日中自然光が注ぎ、3フロアの構造を実現した。Photo by Einer Aslaksen

「この場が元製材所だったことから、博物館の中にも森林を再現したいと考えた。加えて木板の採用は実質的な決断でもあったのです。北欧は季節によって温度や湿度が大きく変化しますが、ツイストは森林に囲まれ、それも水上に設置されるので、建物の伸縮は免れません。ラディカルなフォルムを追求するばかり、遠目では素晴らしくても、近くで見ると施工の良くない建物は存在しますが、BIGでそれはあり得ない。メンテナンスも容易で伸縮性のある木材が、いちばん適したマテリアルだったのです」。こう説明するのパートナーのひとりであるデヴィッド・サール。

北欧各地のプロジェクトを担当する彼は、コペンハーゲンにあるスキー場を兼ねた発電所「アマーバッケ」も手がけた。「すべての建築は、常にサイトスペシフィックであることを重視しています。周辺環境を理解し、人々との対話から何が求められているかを探る姿勢は、どのプロジェクトも一緒です。ツイストでは“橋”であり“博物館”、そして“彫刻”でもあるという解を導き出しました。四角柱を少しひねったフォルムは、何百もの試作を重ねた結果です」(サール)。

サールの言葉が、2020年1月12日まで半年にわたってコペンハーゲンのデンマーク建築センターで開かれている彼らの展覧会に並んだ、数々の建築模型を思い起こさせる。

▲フォームギビング展では、右手前に「ツイスト」の建築模型と彫刻的なシェイプの検証模型が並ぶ。橋、博物館、彫刻という3要素を融合させたツイストは結婚というカテゴリーで展示される。左の手前の建築模型はコペンハーゲンに建つ「アマーバッケ」。人工スキー場を組み合わせたゴミ焼却炉で、人々の発電所のイメージを払拭するだけでなく、ラディカルなアイデアで未来のランドスケープをデザインしたと評価されている。Photo by Rasmus Hjortshøj

建築が与える「ギフト」とは

建築展での模型や図面の展示は、専門家以外の人にとっては読み解きが難しく不評を買う要因のひとつだが、BIG による「フォームギビング」展は例外だ。模型展示の醍醐味を再認識させてくれる。

最初の展示室はレゴルーム。子どもたちが室内中央に置かれたレゴブロックで遊ぶなか、周囲にはBIGの有名作品もレゴ模型として展示されている。家族連れやカップルら一般客に混じり、建築関係者と思しき人々がレゴ模型を前にカメラのシャッターを切る姿が印象的だ。また、上階の大展示室に一堂に集められた建築模型は圧巻で、見飽きることはない。

「プロジェクトを時系列やプログラム、スケールといった建築展にありがちなカテゴリーではなく、10の“ギフト”に分けたことで、人々と建築を結びつけることに成功した。ギフトとは、各プロジェクトが何を人々に与えるかという意味。ギフトごとにカラフルに色分けした床面により、人々はそれぞれ異なる特性のギフトの街をめぐり歩くような感覚で、建築に触れられるのだ」。同展を主催するビャルケ・インゲルスはどこか楽しそうに説明する。

▲フォームギビング展の10ギフトには、それぞれカラフルな色が与えられ、展示会場の床にオーガニックな形で示されているため、来場者はスムースにギフトが理解できる。Photo by Rasmus Hjortshøj

▲「プレイ」と名付けられたレゴ模型が並ぶ展示室。BIGにとってレゴは玩具ではなく、子どもが遊びを通じて自らの世界を創造し、友だちを招き入れて共生するためのツールだ。Photo by Rasmus Hjortshøj

10ギフトはソーシャル・インフラストラクチャーの「結婚」、人工のエコシステムを提案する「成長」など、ネーミングもユニーク。ピンク色の結婚にはハリケーン・サンディの被害が記憶に新しいニューヨーク・マンハッタンの再開発への提案を人々のインタビュー映像をもとに考察する「ヒューマンハッタン 2050」、発電所の「アマーバッケ」に混じり、「ツイスト」も含まれている。

どの建築模型もガラスケースに入っていないため、人々は食い入るように間近で眺めている。筆者は、中国・深圳の電力会社本社ビルの繊細な模型に心奪われたが、「電力会社としてエネルギーの有効利用を考えた末の建築フォルム。プリーツ状のファサードは直射日光を避けつつ室内に間接的な光を行き渡らせる。この企業で働く人々は建物を“イッセイミヤケのドレス”と呼んで、誇りに思ってくれているようだ」(インゲルス)。

▲「ヒューマンハッタン 2050」の模型展示は、ハリケーン・サンディ後の落ち着きを取り戻した人々が、マンハッタン沿岸の改善案を語るインタビュー映像だが、突如、画面が水に浸かるという演出で、災害の恐ろしさを伝える。Photo by Rasmus Hjortshøj

未知なる未来にフォルムを与える

展覧会のワンフロアには「グーグル・キャンパス」や「ヴィア57 ウエスト79&パークレジデンス」といった話題を集めた作品から、2016年のサーペンタイン・パビリオン、18年のバーニングマン、来年のドバイエキスポといった期間限定プロジェクトを含む78作品の模型が、すべて同列で並ぶ。その中にはサスティナブルな水上都市として注目される「オーシャニックスシティ」も含まれる。現在、人口増加や地球温暖化に対して世界でさまざまな解決策が検討されているが、有効な結論を見出せずにいるのが現実だ。BIGのこのプロジェクトは、単に水上に暮らすことにとどまらず、食物やエネルギーを共同で生産する理想郷をつくろうと提案する。

「都市に存在する既存のルールが、新しいことをする際の妨げになる。環境問題の解決には新国家を建設するほうが早いかもしれない。ユートピア思想だと笑う人もいるだろうけど、意外とプラグマティックだと思わないか?」とインゲルスは微笑んだ。

▲「友好の共有」にカテゴライズされた「ヴィア57 ウエスト」はマンハッタンの住宅プロジェクト。インゲルスが初めてニューヨークで手がけた三角錐のピラミッド型建築。斜面中央にセントラルパークの13,000分の1の中庭を設けて、緑の憩いの場を創出する。Photo by Rasmus Hjortshøj

展覧会の最後を締めくくるのは、火星への移住計画プロジェクトだ。「人類が未来に向かって進化を遂げる歴史は、これまで思考、感覚、製作、移住という4つのスレッドから成り立ってきた。現時点では、思考はAIへ、感覚はVRやAR、製作はロボティクスへと移行している。そのなかにあって火星への移住は決して夢物語ではない。北極のエスキモーが毛皮をまとって生き延びてきたように、元来、人類は過酷な環境下で誕生し、生存する術を身につけてきたことを忘れてはいけない」(インゲルス)。

▲展示会場の最後を飾る「マーズサイエンスシティ」の建築模型。インゲルスは懐疑的な大人を顧みることなく、筆者に携帯電話の動画を見せると「太陽系図を見た自分の1歳にも満たない子どもは、すでに火星を目指しているよ」と微笑んだ。Photo by Rasmus Hjortshøj

ポジティブでラディカル、そしてちょっとユーモアのあるインゲルスの発想はひじょうに魅力的だが、環境や経済問題の深刻さからか、現代の建築はサスティナビリティや手軽さが重視され、昔ほどフォルムが言及されることはないように映る。しかし、インゲルスは力説する。

「私にとっての“フォームギビング”とは、単に形を与えることではない。現時点ではうまく説明できないような、未知で定まらない考えや事象に未来を見出し、そこから何かをつくり出す行為を意味している。ツイストのプロジェクトが始まったのは11年。経済は落ち込み、実現が危ぶまれた時期もあったが、建築とは現場の状況や人々の要求に応える以上に、今までにない経験をつくり出すことが最も重要だ。厳しい時代だからこそ、建築家は予算を賢く使い、妥協を跳ね除けなければならない」。

▲階段壁に貼られているのは、地球創生のビッグバンから現在の無人自動車に至るまでの歴史的なイノベーション。過去の歴史をひとりで楽しむのではなく、「思考、感覚、製作、移住」を通じて、皆で未来の歴史に参加しよう!とインゲルスは語りかける。Photo by Rasmus Hjortshøj

インゲルスの母国デンマークの建築教育では、もともと高いアート性とコモングッド(公益)の両立が、長い年月にわたって語り継がれている。BIGの「フォームギビング」は、オリジナルのデンマーク語の意味を超えて、悲観的な世相に覆われがちな現代人の心に響いてくる。End

ビャルケ・インゲルス/1974年コペンハーゲン生まれ。漫画家を志したインゲルスはドローイングのスキルを上げるため、デンマーク王立美術学院で建築を専攻して開眼。バルセロナ建築学校への留学を経て、99年同学院を卒業。レム・コールハースの下で働いた後、同僚とPLOTを設立。ヴェネツィア建築ビエンナーレで金獅子賞受賞後の2005年、ビャルケ・インゲルス・グループ(BIG)を設立した。ハーバード、コロンビア、イエール大学の客員教授も務める。Photo by Kyoko Nakajima

本記事はデザイン誌「AXIS」202号「クルマ2030」(2019年12月号)からの転載です。