しるしの形のこれからを探る
シヤチハタ・舟橋正剛社長インタビュー


ネット上で自作のデザインを自在に発表できる現代、デザイナーやクリエイターがデザインコンペティションに応募する意義はどこにあるのでしょうか。

手軽に押せる「シヤチハタ印」で知られるシヤチハタ。2025年に創業100年を迎える老舗は、捺印具や筆記具など、オフィスや家庭で便利に使える商品を世に送り出し、定番となっているヒット作も数多あります。

まだ見ぬ才能と出会うために「ニュープロダクト」の提案を広く世に問う狙いとは。第13回の募集が4月1日から始まる「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」で特別審査員を務めるシヤチハタの舟橋正剛社長に聞きました。

心の底から「新しい」と感じるものが見たい

——商品化を前提にした「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」ですが、まずは「ニュープロダクト」という言葉に込めた想いについて教えてください。

私たちが新しいプロダクトのデザインというところで求めているものは、もちろん見た目の美しさはあるのですが、企画とそのアイデアに至るまでの考え方です。それと「目から鱗が落ちる」ようなデザインですね。

▲インタビューに応じてくれたシヤチハタ・舟橋正剛社長。「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」を主催する一般社団法人未来ものづくり振興会代表理事も務める。

——目から鱗が落ちるようなデザインとは?

これまでに「なるほど」とか「面白いな」と感心させてくれる作品を寄せていただき、それらのアイデアが商品開発につながっているのですが、本当に心の底から「新しい」と感じさせてくれるプロダクトの提案が、実はまだ少ないんですね。

それは多分、生活者がまだ気づいていないようなニーズや欲求、そこに突き刺さる商品なりサービスだと思います。うちの社員もそうなんですが、20代後半ぐらいの子たちとそれ以上の人たちとでは、感覚が少し違う感じがあります。例えば、SNS の担当者は若い世代にしか任せられません。どうしても私たちとは感性の差がありますから。

コンペには年代に限らず、感性の違う方にも応募していただきたいです。最初は理解ができないけれど、よくよく考えたら「なるほど」とうなずけるような。まったく新しいものが出てくるような気がするんですね。やはり、そういったアイデアは大いに期待するところです。

——SNSと言えば、昨年5月にtwitterから話題となった「迷惑行為防止スタンプ」があります。約3カ月で試作品をつくってテスト販売にこぎ着けましたね。

▲「迷惑行為防止スタンプ」の試作品(携帯用ブラックライト付き)。痴漢のような迷惑行為を働いた者の手に、無色透明なUV発色インキで判子を押して証拠とするアイデア。既存製品を黄色いボディーにして目立たせたのが特徴。

このときはSNSから本当に勉強させてもらいました。「迷惑行為防止スタンプ」は実用にも耐えるプロダクトですが、私たちにできるのは、あくまで抑止。例えば、女性がバッグなどに着けていたら『この人は痴漢を許さないと意識しているな』とわかりますから。テスト販売の検証結果も見て、今年はうまく具現化したいと考えています。

——今はコンペに応募する以外にも、SNSやクラウドファンディングなど、ネット上でデザイナーや一般の方が自由にアイデアを発表し、商品化を後押しする環境が整っていますよね。

ネットだからできるデジタルの提案というのも当然あります。それに対してこのコンペでは、1次審査を通過した後にモックアップを制作してもらっています。ある意味、すべてのアイデアをいったんアナログに落とし込んでいただく必要があるんです。

——応募者にはアイデアだけでなく、造形力や現実化させる力が問われるということですね。先ほどの質問の続きになりますが、ネットで手軽にアイデアを世に出せる時代、あえてコンペティションに応募する意義を、どのように考えていらっしゃいますか?

やはり商品化やサービス化の実現性でしょうか。私たちの力でどこまでできるのかはありますが、プロダクトデザインだけではなく、ビジネスモデルやアプリケーションの提案までしていただき、それを本当に実現させられることが最大のメリットでしょう。

▲自身も特別審査員を務める舟橋社長。ハンコ以外のアイデアにも期待を寄せる。

——コンペの応募者に期待するのは、どんなことでしょうか。

私たちはメーカーとして会社のなかにデザイン部門を持っていないんです。デザインに関して、すべて社外にお願いしています。そうした体制にとっているのは、「時代の流れ」を正確につかみたいからです。オープンに外からの風を取り込みたいので、今後ビジネスパートナーとして付き合えるような方が、応募していただいた方々のなかから出てくると嬉しいですね。

着実に商品化へつなげていく

——実際、前々回(第11回)と前回(第12回)の受賞作品を元に、新商品が続々と生まれています。振り返って、記憶に残っている作品はありますか?

応募作品は、やはり”捺印系”のものが多いですね。それぞれのアイデアに不満があるわけではないですが、もう少し広く、深く突き詰めたものも見たいと思っています。そういう点で、どうしてもハンコ以外のアイデアが深く印象に残ります。

例えば、空中で認証ができるという第11回の準グランプリ作品「AIR SIGN」です。まだ私たちに技術がないのですぐに商品化はできないのですが、こういう夢があるものを追求していくという意味で、本当にインパクトがありました。

▲第11回準グランプリ「AIR SIGN」。文字を「空で書く」電子サインデバイス。空間上に書かれたサイン軌道の座標やストロークの速度を読み取る機能を搭載するという設定。

あとは「Shachihata PAPER」。この色をこれだけ染め上げるのは、やろうと思ってもなかなかできない。「どう使うの?」というところも含めてすごく印象深い作品です。

▲第12回準グランプリ「Shachihata PAPER」。シヤチハタのアイデンティティを表現する素材の提案。朱色インクで染めた紙は、用途を使用者に委ねている。

——「わたしのいろ」は、新しい朱肉を提案した昨年のグランプリ作品でした。

▲第12回グランプリ「わたしのいろ」。水彩画のように彩りが滲んだ朱肉は、無限のカラーバリエーションを持つ。隣の色が混ざらない朱肉は、同社の技術で実現の目処が立っているという。

綺麗な色の表面にしようとすると意外に難しいのですが、捺してみると綺麗な色になる朱肉の技術はすでにあります。日本古来からある朱肉も今の時代にあっては個人の表現という場面では、個性や感情表現を表す自在な色でいいんじゃないかという提案でした。審査では賛否ありましたが、朱肉のトップメーカーとして、これを評価することに意義があると思うんです。

——すでに商品化の目処が立っている作品もあるそうですね。

「取り組んでいかないといけない」とかねてから思っていたのは、まさに「自己QR」の提案でした。すでにQRコードは印刷物にいっぱい入っていますが、印鑑で自分の名前を真ん中に埋め込みながら、さらに何をデータとして伝えるのか、もっと深めていけるという思いがあります。

▲第11回グランプリ「自己QR」。QRコードを読み取ることで自己PRができる印鑑。2020年夏頃の商品化を目指して開発が進む。

あとは、筆ペンと篆刻の浸透印を組み合わせた「Name Pen Brush」が、現在のところ商品化の決まっているものです。近い将来、篆刻の部分を自分の落款として別注で受けることもしていきたいなと思います。インバウンド向けのお土産にも繋げられるかもしれません。

▲第11回特別審査員賞「Name Pen Brush」。篆刻の浸透印付き筆ペン。インバウンドの土産品に筆ペンが人気なことに着目。まもなく本案を元に商品化、今後はハンコのカスタマイズに対応予定。

——アジアの方にも増して、欧米の方にウケそうだなと思います。

そんなお土産としては「ジャパニーズギフト シヤチハタ」という特別審査員賞の作品もあります。既存商品のパッケージングのアイデアなんですが、桐箱に収められていて、ボディーが今までにないものになっている。日本人であっても外国人の方であっても、きっちりとしたギフトとして日本を感じさせるかたちでいただけると、やっぱりもらって嬉しいものです。それほど高価なものにはなりませんし、海外の方が日本のお土産として誰かに渡すのにちょうどいいと感じましたね。

▲第12回特別審査員賞「ジャパニーズギフト シヤチハタ」。スタンダードな既存シリーズ「ネーム9」をベースにしたギフトセットの提案。外国人の名前は漢字に変換するなど、特設サイトから注文する構想。

グローバル、ユニバーサルな機能美を

——第13回のテーマは、前回と同じく「これからのしるし」です。そこにあえて「暮らしを彩る」「習慣になる」「気持ちを伝える」というサブタイトルを付けたのは、応募者に対するヒントを与えたようにも映ります。改めて、これからの「しるし」についての持説をお聞かせください。

これからどんなふうに時代が変わっても、個人を認証していく必要性は、どういうシチュエーションにおいてもあると思います。自分のIDやマーク、何らかの「しるし」が決まっていて、それがどんなデバイスやOSでも、どういう状況であっても世界中で認証される。私たちの会社だけではできないのですが、そんな未来が来たら嬉しいですよね。

——2025年度でシヤチハタは創立100年を迎えます。100周年に向けて進んでいること、お考えになっていることは、どんなことでしょうか。

私の祖父はスタンプ台という本当にニッチな業界で創業しました。そして、朱肉とスタンプ台がいらない、ハンコではなく気軽に捺せるスタンプをつくり出し、当時はひじょうに狭かった市場に対して新たなビジネスを興してくれたことが、今、私たちが商売できているゆえんです。何十年も前から売っている定番商品が売り上げの6割を占めていますから。世界市場に打って出てもいますが、まだまだ創業者に食べさせてもらっている感が強いです。

しかし、今は世の中が大きく変わり始めた潮目の時期なので、私たちも心配でならないリスクを感じる一方、「これからどうしていってやろうか」っていうチャンスも感じています。どこまでいってもアナログとデジタルは共存するでしょうし、リアルな店舗とネット販売も融合していくと思います。

もう30 年来、電子印鑑システム(パソコン決裁)というデジタル認証もやってきているので、アナログも大切にしながら、さらにデジタルサービスで社会にどう役立っていけるかをミックスさせていきたいですね。

▲昨年の第12回「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」にて審査員賞および審査員特別賞(右下)を獲得した作品の一例。

——そうした次の定番商品みたいなデザインが、このコンペからも出てくるかもしれませんね。

これだけ成熟した消耗品ビジネスのなかでは、ヒット商品や次の定番になる商品というのは、なかなか出てきません。でもビジネスのコアはつくってありますから、それを引き続き伸ばしていく活動をしながら、新しい商品の売り方も十分考えていきたいと思っています。

今までのメーカーは「新商品ができました。問屋さん、小売店さん、お願いします」と言うだけでしたが、これからは、メーカーが「ストーリー」をユーザーに伝える必要があるのではないでしょうか。

——デザインコンペというものは、まさにプロダクトのストーリーを描くところから始まります。

そうです。あとはこのコンペもそうですが、日本だけではなく、グローバルかつユニバーサルな市場を意識したいです。それがひいては機能美につながることもあると思います。グローバル&ユニバーサルで認識できる機能やデザイン。デザインが機能を果たすというところが、まさにあると思っています。End

第13回「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」
これからのしるし ~暮らしを彩る、習慣になる、気持ちを伝える~

テーマ
「しるし」が持つ可能性を広げるプロダクトもしくは、仕組みをご提案ください(応募作品は未発表のオリジナル作品に限ります。商品化する受賞作品は、商品化に際して適宜その受賞作品の一部を改変して使用する場合があります。また、その場合、著作者人格権は行使しないものとします)。
※応募資格として、1次審査を通過した場合、2020年9月4日(金)までに模型製作が可能であること。
応募方法
公式サイト(https://sndc.design)より。応募フォームからWebエントリー後、プレゼンシートを投稿(応募は無料。作品ごとに複数エントリーが可能)
賞金
グランプリ1作品(賞金300万円)、準グランプリ2作品(賞金50万円)、審査員賞5作品(賞金20万円)、特別審査員賞2作品(賞金20万円)
募集期間
2020年 4月1日(水)~ 6月1日(月)正午 〆切
お問合わせ
シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション事務局
sndc2020@japandesign.ne.jp
主催
一般社団法人未来ものづくり振興会
共催
株式会社美術出版社
特別協賛
シヤチハタ株式会社