JAS構造材が拓く木造建築の可能性
建築用ビスメーカー・シネジック新社屋のプロジェクトチームに聞く

JAS構造材を活用して建てられた建築用ビスメーカー・シネジックの新社屋。計画の経緯をプロジェクトチーム(意匠設計:長谷川欣則+堀越ふみ江/UENOA、構造設計:稲山正弘/ホルツストラ)とともに振り返りながら、あらためてJAS構造材の可能性について聞いた。

地域に根ざした中大規模木造建築を目指して

ーーまずは稲山さんから、これまでのご活動についてうかがえますか。

▲稲山正弘(いなやま・まさひろ)/東京大学大学院農学生命科学研究科教授。1958年愛知県生まれ。東京大学工学部建築学科卒業。ミサワホームを経て、東京大学大学院博士課程修了、博士(工学)。1990年稲山建築設計事務所(現・ホルツストラ)設立。木質構造研究会会長、中大規模木造プレカット技術協会代表理事。

稲山正弘 現在は東京大学木質材料学研究室で木質構造を教えていますが、大学着任前は構造設計事務所(現・ホルツストラ)を設立して木造の構造設計に従事していました。初期の作品には「いわむらかずお絵本の丘美術館」(設計:野沢正光、1998)や「岐阜県立森林文化アカデミー」(設計:北川原温、2001)をはじめ、中大規模木造建築の構造設計を手がけてきました。なるべくその地域の森林資源を活かして、その地域の製材所で製材し、その地域の工務店が建てるというように、地域に根ざした中大規模木造建築をつくることを心がけてきました。

ーー木造に関心をもたれたきっかけはあったのでしょうか。

稲山 ミサワホームに勤めていた頃、ガウディの建築を見にスペインに行って感動したことがきっかけです。ヨーロッパは石の文化で、石がそのまま構造体であり、彫刻された石が仕上げ材にもなります。構造と意匠が一体となった空間の素晴らしさを彼の建築を通して実感しました。それに対して、日本の住宅産業は表面に石膏ボードやクロスを貼り構造体を隠していきます。

このようなかたちではなく、日本の伝統的な社寺建築のように木の構造体を空間の意匠にそのまま活かすような建築をつくりたいと思って、ミサワホームを退社して大学院に戻り木構造の研究をはじめました。木の構造をそのまま室内空間の意匠に活かす。このスタンスで住宅から中大規模木造建築まで構造設計の仕事をしてきました。

堀越ふみ江 稲山先生の真骨頂は、一般流通材を使って中大規模木造建築をつくるところです。大断面の特注材を使って大きな木造建築をつくるのではなく、地域の林業や地元の大工さんのことを考えて素材や構法を考えていきます。

▲堀越ふみ江(ほりこし・ふみえ)/東京大学大学院農学生命科学研究科修了。KTA一級建築士事務所、日本設計を経て、ウエノアトリエ/UENOA 共同主宰。現在、工学院大学非常勤講師、足利大学非常勤講師。一級建築士。日本建築学会正会員。東京建築士会正会員 。日本建築美術工芸協会会員。

稲山 私が仕事をはじめた90年代半ば頃は、スパン10mを超える木造建築では大断面集成材を使うのが一般的でした。そこをなんとか住宅用の一般流通材や小中断面集成材で中大規模建築をつくろうとしたのが初期の作品たちです。

大断面集成材は特注の工業製品でコストも高いですし、集成材メーカーが材料の調達・加工から施工までを一貫して行うことになります。そうすると地元の山の木を使えるとは限りませんし、地元の大工さんや工務店も関わることができません。地元の建設業にはいっさいお金が落ちないし、山にもほとんどお金が返らないのです。さらに集成材用に製材された木材は、質の落ちる材と同等に扱われ単価が下がってしまいます。山から出す材としては、そのまま柱や梁として使われる製材のほうが、山側にとって利益率が高いのです。

できるだけ地元にお金が返るような材料を選んで、なおかつ地元の大工や工務店が活躍して、建てた後もメンテナンスを代々引き継げる体制をつくることが地域に愛される中大規模木造建築にとっては重要です。

森からはじまり建築にいたる

ーー堀越さん・長谷川さんのご経歴についてもお聞かせください

堀越 私は大学卒業後にアトリエ事務所に勤めた後、組織設計事務所を経て2013年に独立しました。震災以降建築の価値が大きく揺らぎ、建築業界全体で試行錯誤が続くなかでの独立でしたから、自分はこれからどう建築をつくっていけばいいのか一度しっかり考えようと思いました。そのなかでひとつ「木」という突破口があるのかなと考えて、独立と同時に稲山先生の研究室に社会人大学院生として入りました。大学院の授業では森や樹木の話からはじまってCLTや接合部など技術的な話まで、あらためて学びなおしました。それまで住宅の仕事で木造は知っていたつもりでしたが、まったくわかっていませんでした。

木造建築は森からはじまって建築に至る過程にいろいろなことがあります。生産・流通・環境・技術・構法など、たくさんのものが積み重なってつくられる。そうした一連の流れの先に確固たる裏づけをもって建築をつくることを、独立をきっかけに志したいと考えるようになりました。まだまだ木造で建築をつくる可能性は多方面に広がっていると思っています。

長谷川欣則 私も仕事をはじめたきっかけが住宅だったので、木造には馴染みがあります。また、農業に関わる方との繋がりが増え、都心部に展開する八百屋や農業施設の相談を受けるなかで、生産者さんとの関わりや建てた後の使われ方など、建築周辺に関わることに意識が向くようになりました。ちょうどその頃に堀越が大学院で木造を学びはじめたこともあって、今では木を使うことと、周辺を大切に扱うことを設計事務所の方針として心がけています。

▲長谷川欣則(はせがわ・よしのり)/明治大学大学院理工学研究科建築学専攻修了。西沢立衛建築設計事務所、岡田公彦建築設計事務所を経て、2013年ウエノアトリエ/UENOA共同主宰。現在、東京藝術大学coi拠点特任講師。一級建築士。日本建築学会正会員。東京建築士会正会員 。

20世紀はコンクリート•鉄•ガラスで人間が都市に安全に住まうことが目指されていましたが、21世紀になると持続可能性が問題視されるなかで、新しいテクノロジーを取り込むことで木造がふたたび注目が集まっています。そこで私たちにとって重要なテーマが「唯一性」です。その場所でしか体験できないことを建築によってつくり上げていく。

木造は地元の木材・技術を使うことで、おのずとその場所でしかできない建物のつくられ方が見えてきます。その場所にしかない空間や体験は、これからの時代の大規模な再開発でもテーマになりえると思います。時間もお金も少し余計にかかるとは思いますが、長いスパンで見ればそれが価値になることは間違いありません。

目に見えて手に触れられる木造空間

ーーまずはシネジック新社屋の設計の経緯をお聞かせください。

稲山 シネジックは木造用のビスをつくるメーカーです。実はシネジックの社長も堀越さんと同じく研究室の社会人大学院生です。そのつながりで新社屋は自社のビスを使って木造でつくりたいと相談がありました。ふだん一生懸命売っているビスがどのような木造空間に使われているのか、社内であまり認知されていないようで、できるだけ木の構造を現した社屋にしたいというお話しでした。

木の構造を室内空間の意匠に活かすという私のポリシーにもぴったりだったので、同じ研究室の堀越さんも誘ってチームを結成して、プロジェクトがはじまりました

堀越 基本設計に入る前からチームで打ち合わせができたので、かなり細かな部分の木の使い方から考えることができました。意匠設計担当としては、現地に行き敷地周辺や街のこと、シネジック社の働き方を頭に入れながら、空間として木をどう見せるかを東京での打ち合わせで検討していきました。

長谷川 敷地は宮城県富谷市です。山を切り開いて円形に道路を通したような新興住宅地で、内側には工場や大規模店舗があり、外側に放射状に住宅が建ち並びます。車社会のため大きな駐車場が道路側にあり、奥に四角い箱型の建築がぽつんと建てられていて、建物の経験としては少し距離が遠く感じられました。

そこでもう少し駐車場と建物を同じように扱えないかと考えて、建物を敷地の真ん中に配置して、ほかの建物より街から近く感じられるようにしました。そうしたところ、少し圧迫感が出てしまったので、四隅を低く抑えた屋根形状とすることで道路から見ると段々と建物が立ち現れるような形状を検討していきました。壁面が地面から立ち上がり屋根に育っていくようなイメージです。

全体としては、十字型のボリュームの上に大きな一枚の屋根が架かる構成です。ボリュームの中には会議室やトイレ、水回りなどを収めていて、上部を事務室としています。十字型の四隅にはエントランス・構造実験室・ラウンジなどを配置して、吹き抜けを介して事務室とつながるような計画です。

堀越 室内に木を見せようとすると屋根に表現が集まることが多いのですが、ただ見上げるだけの屋根にはしたくなかったんです。架構が空間や体験に参加してくるようにしたくて、手に触れられてビスが見えるほどの距離から、だんだん高くなって全体を包み込むような屋根を意識しながらデザインしました。

ビス接合による集成材+CLT屋根架構

ーー屋根の架構は構造的にどのように実現しているのですか。

稲山 基本的にはJAS構造用小中断面集成材でトラスを組んでいますが、この3次元的に変化に富む形状を軸材だけで構成しようとすると、接点にいろいろな角度からたくさんの部材が集まり、各接点にそれぞれ特殊な接合金物が必要になってきます。一箇所ごとに角度も違うので、これらをすべて接合金物で解決しようとすると金物代がとんでもない額になります。

そこでJASのCLTを導入してトラス同士を繋ぐ案を考えました。CLTの小口を斜めに加工して軸材と辺でビス留めしています。接合部をCLTで処理すればビス留めだけで済みますし、ビスはシネジックの自社製品なのでたくさん使えます(笑)。そして社員さんたちにも説明がしやすい。まさに自社のビスを使った空間というコンセプトが実現できました。

▲「SYNEGIC office」は、木材活用コンクール/木材活用賞、日本建築士会連合会賞/奨励賞、JIA日本建築家協会優秀建築選2019/優秀建築選、日本建築美術工芸協会賞(AACA賞)/優秀賞、WOOD DESIGN AWARD 2019/入賞など、数々の賞を受賞した。写真:平井広行

堀越 CLTは床や壁など水平、垂直面に使うことが多いですが、最近ではCNCルーターの普及で複雑な加工も容易にできるようになってきています。今後はここでの試みのようにCLTを立体的な組物に適用していくことも有効なのではないかと感じます。

長谷川 構造壁に使われるCLTが天井に浮かんでいるのは設計者としてはどのように見えるか少し心配でしたが、できあがってみるとCLTが意匠的な効果も発揮することがわかりました。CLTに構造と意匠の両義性を与えた、新しい使い方ができたと思います。

JAS構造材の可能性

堀越 ひとつは意匠的なメリットです。利用者の目に木が見えることが木造建築のよいところだと思いますが、内装制限と防耐火要求を満たすことが求められる中大規模木造では、木を現しで使うためのハードルが少し高くなります。代表的な手法に燃えしろ設計があります。この中には含水率の規定があるため、規定を満たすことを示す品質が保証されたJAS材の使用が前提となっています。JAS材を使わなければ意匠的に実現できないことがあるのです。

長谷川 もうひとつは材料のトレーサビリティの可能性です。JAS材には製造工場の表示が義務づけられているので、地域に密着し、地域材の供給に積極的な工場のJAS材を使えば、その地域の材料で建築ができているというストーリーをつくることができるようになります。これは先ほどの唯一性にもつながる話です。こうした点でもJAS材を使用することは有用になってくるなと感じています。

堀越 新社屋の見学会では林業関係の方、製材所の方、金物メーカーの方など、さまざまな業種の方々に来ていただいて、木造建築に関わる人の広さを実感しました。そうした場でも、JAS材であることを伝えると会話がはずみます。出所がはっきりしているので説明がしやすい。事業の企画段階でも同様ですが、たくさんの関係者が集う場所では、伝えやすさはとても大事で、そうした意味でもJAS材のメリットを感じました。

稲山 いうまでもないですが、構造的には大きなメリットがあります。JAS材はヤング係数(部材の「材料(材質)」による固さを表す値)が測定されていて、実際に使ったときのたわみが計算通りになることが保証されています。JAS材を使えば構造材としてより安心して使うことができます。そうした意味で、すべての構造材はきちんとJAS製材が使われることが本筋だと、私は思います。

問題があるとすれば、まだ日本には国産材のJAS製材工場が少ないことです。日本全国にその地域の木材を使ったJAS製材工場がもう少し増えてくれると、JAS材として地域材を使える状況が整います。現状、JAS製材工場のない地域でJAS材を使った建築をつくる際には、わりきってメインの構造体は他地域からの国産材として、部分的な二次部材に地域材を使っていくという考え方で切り抜けることも多いです。そうした気を使わなくていいように、早くJAS製材工場が日本中に広がってくれることを期待しています。End

JAS構造材利用拡大事業
https://www.jas-kouzouzai.jp

▲写真:谷本夏