シドニーの若手デザイナー、ジェームズ・ウォルシュの自然へのまなざし

▲メルボルン、フィッツロイにあるスキンケアのセレクトショップ「Saint Francis Place」での展示。中央は、縦横ラインの型を互い違いに用いた「Blocks Pitcher IIII」。Photo by Reiji Yamakura

2020年3月中旬にメルボルン・デザインウイークが予定されていたが、メイン会場となるNGV(ビクトリア国立美術館)は、新型コロナウイルス対策の外出規制により、会期が始まって間もない3月16日に一時閉館となり、関連イベントは中止や延期となった。

今年の出展者のなかで特に注目していたのは、シドニー在住の若手デザイナー、ジェームズ・ウォルシュ(James Walsh)だ。一連の作品「Blocks」を展示した市内の会場「Saint Francis Place」で予定していたインタビューが、このほどオンラインで実現できたので、そのコンセプトを現在のオーストラリアの状況と合わせて紹介したい。

▲シドニーを拠点とするデザイナー、ジェームズ・ウォルシュ(James Walsh)。大学在学中に、メルボルンにある家具や照明器具を扱うデザイン事務所でジュニアデザイナーとして働いた経験があり、ものをつくるプロセスなどを学んだという。©️James Walsh Studio

古くて新しいセラミックのつくり方

メルボルン育ちのジェームズは、オランダのアイントフォーフェン工科大学への交換留学を経て、2017年にRMIT大学(ロイヤルメルボルン工科大学)のインダストリアルデザインコースを卒業。2018年からはシドニーに移り、インダストリアルデザインを専門とするVert Designに勤務しながら、個人としてのデザインプロジェクトを継続している1991年生まれのデザイナーだ。

メルボルン・デザインウィークが初めて実作を発表する機会となった「Blocks」は、モジュール化した精巧な型を組み合わせることで、伝統的な陶器づくりの新たな可能性を探るプロダクトだ。そのコンセプトは、2018年にメルセデスベンツ・デザインアワードのファイナリストに選ばれたもので、当時のコンセプトを発展させて実現に漕ぎ着けた。

▲Blocksとその型。石膏型の組み合わせによってさまざまなパターンをつくることができるBlocksの製法は、他の種類のセラミックや磁器などにも応用できるため、他の素材でも試作してみたいという。©️James Walsh Studio

▲焼成前の状態。素材は一般的なテラコッタを用いた。©️James Walsh Studio

発想のきっかけを尋ねると「何か新しいものに取り組みたかったのだけれど、ただ形が新しくて格好いいものではなく、リサーチと実験に基づいた美しいものを、製法を含めてつくりたいと考えた。学生時代にスチールキャスティングの経験があったので、石膏型で現代の生活にふさわしいプロダクトをつくろうと考え、デザインアワードではそのコンセプトや原寸の3Dモデルなどをプレゼンテーションした」と言う。

独自のフォルムを実現するために、10種類の石膏型を組み合わせ、水差しや花瓶、ボウルなどがつくられた。

▲Blocks Pitcher IIII。耐水性を確保するため、内側だけ釉薬が掛けてある。Photo by Reiji Yamakura

▲水差しのディテール。ラインのエッジにまで丁寧なデザインを見ることができる。Photo by Reiji Yamakura

「テーマの根底にあるのは、古いものと新しいものの組み合わせだ。型を使ったセラミックづくりは伝統的なものだが、モジュール化した型を反転したり入れ替えて使う仕組みは新しいと思う。また、表面のラインは古代ローマの建築からインスピレーションを得ている。古代からある形や素材、製造方法を操作することで、現代のデザインとして提示したかったんだ」。

実際のプロダクトに触れると、繊細なディテールと器自体の軽さに驚かされる。

「まず、ひとつひとつの型を精緻につくることに細心の注意を払った。そして、型同士を正確に配置してクランプで固定し、そこにテラコッタを流し込み、その後、余分な陶土を除いて成形していくんだ。仕上がりはクリーンで洗練されているが、そのプロセスは見た目とは正反対のとても泥臭いもので本当に苦労したよ」と振り返る。

内側だけに釉薬を掛けたのは、花瓶や水さしとしての耐水性を得るためだ。表面のテラコッタを素地のままとしたのは、自然な温かみを持たせたかったからという。

▲ジェームズ本人が会期前に手書きしたサインボード。Photo by Reiji Yamakura

環境負荷の少ない素材を使うことは当たり前

また、メルボルン・デザインウイークと同時期に公募されたオーストラリアン・ファニチャー・デザイン・アワードで、最終選考の5作に現在選ばれている最新作「Anthropic Bench」は、突き固めた土をベンチの脚に用いた意欲作だ。紀元前5000年の人類の起源と当時の工法に思いを馳せたというデザインで、脚部は土にリサイクルガラスの粉末と安定剤を混ぜ、型に入れて突き固める版築の手法でつくられている。

▲オーストラリアン・ファニチャー・デザイン・アワード2020に応募中の最新作「Anthropic Bench」。現在、5点のショートリストに選ばれているが、最終発表は現在の情勢下で延期されている。Anthropicは“人類の存在期間”という意味で、古代の工法などをリサーチしたうえで、堆積岩からインスピレーションを得た、地層のような脚部をデザインした。座面はアメリカンウォールナットを用いた。座面の2つの穴に脚部をはめ込むことで接着材なしで固定している。©️James Walsh Studio

過去に手がけた、ブルーストーンと呼ばれるオーストラリアで産出される火成岩の欠けらを高温で溶かして成形した照明器具「Igneous Wall Light」や、彼自身が手で削り出した木製の「Grandma Spoon」などからは、ジェームズの一貫する自然素材への探求が見られる。

素材への思いを聞くと「僕はナチュラルで、素のままのマテリアルにとても興味がある。特に自然の岩や砂、ガラスなどが大好きで、生まれ変わったら地質学者になりたいと思うくらいだ。このAnthropic Benchは堆積岩のイメージから、地層のようなパターンを見せいと考えた」と語る。

一方でVert Designの一員として手がけているのは、コマーシャル向けのインダストリアルデザインだが、環境に配慮したデザインを標榜するデザインスタジオのため、普段の仕事でも、できるだけ環境負荷の少ない素材を使うことが当たり前となっているという。

▲彼が4年前にデザインした木製のスプーン「Grandma Spoon」。2つのスプーンを組み合わせることができるデザイン。美しいウッドカービングから刺激を受け、自分でもつくりたくなってデザインしたもので、すべて自身で彫ったという。©️James Walsh Studio

ローカルなものづくりを考える機会に

現在の新型コロナウイルスによる日常生活への影響や心境の変化を尋ねると、「僕の職場ではほとんどのメンバーが在宅勤務になったことで働き方大きく変わったのは事実だ。まずは安全性の確保が大切だからね。ロックダウンが緩和されつつある今、デザイナーとして考えるのは、これからの世界にどう関わっていけるか、リアルな世界に対してどう貢献していくかであり、そうしたことを立ち止まって考える良い機会になると思っている。また、現在は国外でものをつくることが当たり前になっており、実際にVert Designが連携する海外サプライヤーは信頼できるチームだけれど、今後は、オーストラリア内での生産を検討する必要がある。これはオーストラリアの製造業にとってはよい機会だし、僕らデザイナー側もローカルでものをつくるより良い方法を考えるチャンスだと思う」。

当初3月末までの予定だった彼の作品は、店主の好意により現在もウインドーに展示中で、今も購入の問い合わせがあると言い、「世界的なパンデミック状況下にあっても、僕のつくるプロダクトに興味を持ってくれる人がいて、人間らしい暮らしがあることを確認できたのは嬉しいことだった」と笑顔をのぞかせる。

アイントフォーフェン工科大学留学中はウェアラブルデバイスを学んだというデジタルネイティブ世代のデザイナーによる、気負いのない自然観や普遍的な製法へのまなざしが印象に残る取材となった。End

▲左は、水差し「Blocks Pitcher Ⅲ」。右は、花びんや水差しよりも幅広い型を用いた香立て「Blocks Insense Holder」。©️James Walsh Studio