セイコー、 シチズン、カシオのデザイントップに聞く。
今、プロダクトデザインが果たす役割とは

高い技術力で世界を席巻してきた日本のウォッチブランドは今、何を形にし、何を表現しようとしているのか。そして、腕時計の価値やブランドの形成において、プロダクトデザインはどんな役割を担っているか。3社のインハウスデザイン部門を統括する3名に聞いた。




グランドセイコーが続ける「普遍の探求」

2020年、初代の誕生から60年を迎えた高級腕時計ブランド、グランドセイコー。今なお売れ続ける、ブランドの象徴とも言えるモデルが、05年発売の「SBGA211」だ。白い文字盤は、幼少期に雪国に暮らしたインハウスデザイナーが、記憶のなかの雪原をモチーフにした「雪白ダイヤル」。降り積もった雪に風紋が刻まれた様子を、表面を細かく削り、加工を施した超微細な凹凸によって描いている。

ブルースチールの秒針は、職人がステンレスに焼きを入れて出した絶妙の色合い。独自の機構から生まれたスイープ運針によって、切れ間なく、絶えず進み続ける。ブランドフィロソフィである「THE NATURE OF TIME」を体現したこれら3つのディテールからだけでも、多くの人々がこのモデルに惹かれる理由が伺える。

▲白い文字盤が映えるグランドセイコーの人気モデル「SBGA211」。デザイナーの記憶のなかにあるザラザラした雪の質感を、0.01mm単位の超精細な加工技術で文字盤に再現した。68万2,000円(税込)

07年発売のグランドセイコーの女性専用モデル第1号「STGF259」のプロダクトデザインを手がけたのが、15年からセイコーウオッチのデザイン部門を率いる種村清美だ。それまでのグランドセイコーは、男性向けモデルのみ。ペアウォッチ用に、男性向けモデルをそのまま縮小したものはあったが、女性専用モデルはなかった。そこで、種村が考えたのが「グランドセイコーであることを保ったまま、女性専用モデルをデザインすること」だった。「つまり、ダイヤルをピンク色にするみたいな、女性に迎合したものではないということです」と続ける。

グランドセイコーは、求められる品質やスペックの基準が高く、それがデザインの制約にもなっている。例えば、10気圧以上の防水性能を担保するため、裏蓋とケースの間に大きく太いパッキンを備える。メンテナンスや修理を想定し、研磨するときなどのために、各部品を分解できる構造にする必要もある。こうした制約が、サイズが小さい女性専用モデルのデザインをより難しいものにしたと言う。

そのうえで種村は、女性の腕で輝くSTGF259のデザインを、「何の変哲もない、女性向けモデルとしての味わいを追求したのみ」と表現する。「『どこをデザインしたんだ』とか、『普通じゃん』と言われることもあります。しかし、『最高の普通』をつくることが、どんなに大変か」。

▲セイコーウオッチ 種村清美(執行役員 企画開発本部 副本部長 兼 デザイン部長)。1987年千葉大学工学部工業デザイン学科卒業後、セイコー電子工業(現セイコーインスツル)入社。2020年より現職。眼鏡が好きで大量にアーカイブ。ここ2、3年愛用しているのが、「今はこれが気分」だというテオのモデル。

グランドセイコーのプロダクトデザインを構成するのは、100分の1mm単位の、細かなディテールの積み重ねだ。それが最高の普通を形づくる。種村曰く、「虫の視点でデザインする」行為だとか。その先に目指すのは、時計の本質をひたすらに追求すること。それは、例えば文字盤に表れている。インデックスを100分の1mm単位でカットし、角度を調整しているのは、光を受けて輝かせるため。それは加飾的な理由からではなく、どんな状況でも見やすいという腕時計の本質に真正面から向き合ったものだ。

「装飾性ではなく、あくまでも時計の本質を追求した結果としてのプロダクトデザイン。輝かせるために余計なパーツを取り付けるようなデザインを、グランドセイコーは求めません」と種村は言う。




技術と一体になって美を追求するシチズンのデザイン

2021年1月発売の「SATELLITE WAVE GPS F950」は、シチズンのチタニウム技術50周年を記念したモデル。柔らかく稜線を出すのが難しいチタニウムを使いながら、ケースやバンドが直線的なラインと平滑な面により構成されているのが特徴だ。その形状は、このモデルが1970年に世界で初めてチタニウム素材の腕時計を出したシチズンが積み重ねた、チタニウム加工技術の集大成であることを物語っている。

▲「SATELLITE WAVE GPS F950」。ケースとバンドを直線的なラインと平滑な面で構成したシチズンのチタニウム加工技術の集大成。55万円(税込)、世界限定550本。2021年1月発売。

「従来、チタン外装はシャープな形状に加工できませんでした。しかし、技術の進化がそれを可能にしています」と同社デザイン部長、斎藤修司は説明する。

50周年モデルのキャリバーは、シチズンの「エコ・ドライブGPS衛星電波時計」の最上位ムーブメント。これは、太陽光や室内の光で発電した電力で時計を動かすエコ・ドライブと、衛星から位置・時刻情報を受信し、自動で時刻調整を行うGPS電波時計を組み合わせたものだ。

93年、シチズンが出した世界初の多局受信型電波時計は、当時の「アンテナを金属ケースに内蔵すると受信感度が低下する」という制約を逆手に取った、文字盤中央にアンテナを大きく配置したデザインだった。その後、アンテナの小型化や、金属ケースに入れても受信可能とするなどの技術開発が進み、文字盤に収まるサイズを実現した。

シチズンのデザインが掲げるのは、技術と美の融合だ。そのうえで、人にやさしいものとする。光で動くエコ・ドライブは電池交換の手間を、電波時計は時刻を合わせる手間を省き、チタニウムの高い加工技術により実現した造形は、より腕に馴染む形状をもたらしている。創業から100年以上の歴史のなかで、世界初と名がつくモデルを多数発売してきた同社は、新技術を用いてより良い腕時計をつくることを商品開発の大きな軸としている。

▲「シチズンデザインソース100」。手に取り、使い込んだ跡が残って記録となるよう白い装丁にした。エディトリアルデザインは、社内のデザイナー3名が担当した。

20年に社内向けに10冊のみ制作した「シチズンデザインソース100」は、歴代の6,000モデルから、インハウスデザイナーの投票で選んだ100モデルのプロダクトデザインを分析し、まとめたもの。当時の担当者とは別のデザイナーが、各モデルの特徴を見出し、考察した。

超硬質合金を使った79年発売の「エクシード」を担当した斎藤は、「ノギスで寸法や厚みを測るなど、プロダクトデザイナーとして気になった部分をピックアップし、精巧なスケッチを描きました。すると、なぜこういう形状になっているかという発見につながります」と言う。

これは、デザインにおけるシチズンらしさを改めて探る活動だ。その後、ワークショップを経て、「人への寄り添い」などの視点から100モデルを12のカテゴリーに分類した。「これまでのプロダクトデザインを見直し、キーワードを言語化して、ひとつの基準として持つと、シチズンらしさが明確になる。こうしたデザインのソースを、レシピにまとめるのが次のステップ」と斎藤は言う。

▲シチズン時計 斎藤修司(商品開発本部 デザイン部長)。東京造形大学造形学部デザイン学科卒業後、1989年シチズン時計入社。2018年より現職。趣味はメダカを観察し、造形と生態系の関係を想像すること。クルマは国産車が好き。理由は「実用的で環境にもやさしい」から。




デザインを支える技術にストーリーを加えるカシオ

1983年に誕生し、2019年度には年間1,000万本以上を出荷した「Gショック」。20年11月20日に発売した「AWM-500D」は、 89年発売のGショック初のアナログ、デジタルコンビネーションモデル「AW-500」をフルメタル化した復刻モデルであり新作だ。当初、社内に残る手描き図面をもとに、素材を金属に置き換えただけの試作は、「バランスが悪く、違和感があった」と時計とウェアラブルデザインを統括する花形茂は言う。

そこで、最適な形状を求めて、サイズや厚みが異なる試作をつくり、調整を重ねて導いたのが、文字板のサイズは以前のまま、ケースのサイズを93%に縮小したプロポーションだ。花形は、「カシオの腕時計は機能時計が多く、詰め込みがちになるので省略するアプローチが必要。重要なのがバランス感覚で、間のとり方に経験もセンスも求められます」と説明する。

バンドは、金属素材を使いながら、オリジナルの形状に近い局面で構成した。オリジナルモデルのデザインコンセプトが、「樹脂の塊から削り出したようなもの」だったことから、新作は、「金属の塊から削り出したようなもの」とした。オリジナルのフォルムを継承しながら、新たな表現を伴ったAWM-500Dが誕生した。

▲1989年発売の、アナログウォッチながら耐衝撃性能を備えた「AW-500」のプロダクトデザインを継承。メタル素材の「AWM-500D-1A8JF」(上)は 6万6,000円(税込)、樹脂素材の「AW-500E-1E」は1万4,300円(税込)。ともに2020年11月20日発売。

近年のGショックは、CMF開発に力を入れることで、より多様な表現を備えている。初代モデル「DW-5000C」に代表される黒いウレタン素材に始まり、その次がカラーバリエーション化。さらに金属の外装を用いるメタル化や、メタル素材のカラー化も進んでいる。独創的なデザインを求め、金属をレーザー加工してカモフラージュ柄を付けるなど、CMFの進歩が新たな表現を可能にし、ファンの期待に応え続けている。

現在、デザイン部門が力を入れるふたつの取り組みが、先行デザインと研究デザインだ。先行デザインは、デザイナーが商品開発の企画段階から参画し、試作を行う。プロダクトデザインを起点にすることで、搭載モジュールの最適化や技術を含めたさまざまな課題が見えてくる。

研究デザインは、技術的な制約を取り払い、新たな価値開発に挑む取り組みだ。ブランドの未来の姿を見据え、ストーリーや体験を伴うデザイン能力を養う。これは、デザイナー単体で取り組んでも、社内外でチームを組んで取り組んでもいい。アウトプットの質を最大化するためのチームビルディングも含めてデザイナーに委ねている。

▲カシオ計算機 花形茂(デザイン開発統轄部 第一デザイン部 部長)。 1989年筑波大学芸術専門学群生産デザインコース卒業後、カシオ計算機入社。2020年より現職。「構図が大胆で、バランスの取り方の参考としてデザイナー同士で話すこともある」のは、尾形光琳ら琳派の作品。薪ストーブを愛用。

Gショックの多様なデザインは、これまで主に技術が支えてきた。今後、さらなる期待に応えるべく求めるのが、ユニークなストーリーだ。AWM-500Dもまた、過去へのオマージュを含めた開発ストーリーによって、より魅力的な存在となっている。

「ほかにもブランドストーリーなど、誰かに話したくなるような価値を備えたストーリーを重視したい」と花形は言う。アップルウォッチに代表される、異業種からの参入も多く見られる腕時計において、「オリジナリティの重要性が、いっそう強まっています」と続ける。

3社の事例から見えてきたのは、群としてブランドを体現しながら、個としてブランドを牽引するプロダクトデザイン。現代に求められる腕時計の魅力を、デザインを起点としたアプローチで研ぎ澄まそうとしている。(文/廣川淳哉、写真/五十嵐絢哉)End




本記事はデザイン誌「AXIS」208号「腕にまく未来。」(2020年12月号)からの転載です。