デザイナー 深澤直人
「無自覚な状況にフォーカスをする」

東京都立大学大学院 システムデザイン研究科 インダストリアルアート学域の授業「インテリアデザイン特論」において、学生の皆さんが3チームに分かれ、第一線で活躍するデザイナーや建築家、クリエイターの方々にインタビューを実施。インタビュー中の写真撮影、原稿のとりまとめまで自分たちの手で行いました。シリーズで各インタビュー記事をお届けします。

デザイナー 深澤直人
「無自覚な状況にフォーカスをする」

デザイナーとして、ディレクターとして、大学教授として、多岐にわたって活躍されている深澤直人さん。新型コロナウイルスの感染拡大によって世界中の生活様式が急激に変化しているなかで、2020年7月に書籍「ふつう」(D&DEPARTMENT PROJECT)を出版されました。“ふつう”をとらえるということ、仕事への姿勢などについて伺いました。

人間は自然の一部であるという自覚

ーー深澤さんが考える“ふつう”とはどんなものでしょうか。

もともと、僕のデザインには何か特別なものをつくろうという概念はなくて、誰もが当たり前に思っていることとはどういうことなのかを探そうとしているんです。誰もが常に感じていることの核心について考えていたら、それが結果としてふつうということになった。そんな感じです。

すべての人が持っている共通項を探すと、人間が生きていく真理や真実に行き着く。それに気づけたら、「人はこういうときにはこうするよな」と確信が持てる。クリエイティブコンフィデンスというのですが、創造のための確信が持てる。

ーー“ふつう”をとらえるために意識してきたことはありますか。

子どもの頃から、例えば、学校のクラスでほぼ全員がある人気者の意見に流されたりしているときも、「みんな本当にそれで良い?」と思っているような少年でした。もっと本質的に納得するようなことを考えるのが好きでした。それに自分の住んでいる環境とかも、もっとこうでなければいけないのではないかなんて考えていた。とにかく特殊であること、特別であることと、みんなが思っている真実というのにはズレがあるということに興味があって、そういうことを考える癖がついたんです。

人間の脳が考える視点ではなくて、自分の気の向くまま、身体が向くままの方向性で常に考えていくと、ふつうというのが非常に理解しやすくなると思います。意識しているものの中で、人間は物事を束ねて考えがちなんだけれど、それはすごく難しい。現実の世界は意識してない状態の人間がつくっているのだから、むしろ意識してない状態の人間の行為や環境を抽出したほうがあっているわけです。人間は自然の一部だから。

つまり、自覚ですよね。自分は動物であって、非常に素直な身体を持っているということを中心に考えれば、たいがいの共通項は見えてくると思います。クリエーションというのは人の心理に寄りがちですが、本来は自分たちの無自覚・無意識な状況で営まれている調和に強烈にフォーカスすることこそがクリエーションだと思います。

▲マルニ木工 「HIROSHIMA」写真/川部米応

価格のふつう・商品名のふつう

ーーふつうの製品をつくるうえで、価格はどのように決めていますか。

価格に関しては簡単で、自分が高いなと思ったら高いということ。でも、高くても買うよねというように、欲しいなと思ったら、それは適正な価格。価格というのはみんなの“賛同”であって、ふつうの中になければいけないからとても重要です。例えば、ジル・サンダーがユニクロで「+J」というブランドを出すと、今まで30万円ぐらいしたコートが1万円で買えたりするわけです。同じデザイナーがデザインしているんだけど、ユニクロの巨大なプラットフォームが合わさって成り立っているビジネスモデルで、企業のマーケティング戦略やブランド戦略として合理化している。そうなるとどっちが適正な価格かという話になってくる。価格設定は簡単ではないけれど、やはりその中にふつうがあるから、価格決めるのは重要です。

だから、いくらで売るかを考えながらデザインします。検討中にちょっと高くなりそうになった場合には、高くならないように、かつデザインのレベルも落とさないようにという難しいパズルを解くことになる。そこはプロフェッショナルとしての力量を発揮するところで、高くてもいいからとにかくかっこいいものをというのは、力がない証拠です。

ーー商品名についてはどうでしょうか。

その商品を見なくても名前を聞いたら頭に浮かぶような名前をつける必要があると思います。あるいは、逆に名前だけが一人歩きするようなユニークなものもある。ものができてから名前を考えるのはあんまり良くなくて、デザインしている最中にどんな名前にしようかを考えるほうがいい。でき上がるにつれて、こういう名前がいいのはとなっていくんです。

僕がデザインした「Hiroshima」という椅子がありますが、その名前は普通ではない。けれども、今は「ひろしま」っていったら広島県を思う人もいるけれど、Hiroshimaの椅子を思う人もいるというぐらいアイコンになってきている。最初はちょっと刺激的でふつうじゃないけれど、だんだんふつうになっていくということもある。

ーー昔のデザインを振り返って、デザインし直したいものはありますか。

その時代の潮流に合わせてつくらなければいけなかったものは、つくり直すというよりも、もはや必要ないんです。当時は良いデザインであっても、今はもう必要ないものもあると思う。例えば、テレビも今や紙みたいに薄くなっていますよね。システムの中にすべてが組み込まれてくると、個々ではなくて全体の使いやすさを考えるのがデザインの役目になっていくと思います。

ビジュアライズとしての言語化・体験化

ーーこれからやっていきたい仕事について教えてください。

自分のプロジェクトの40%くらいは家具や日用品で、それはそれで面白味があります。椅子も世の中にいっぱいあるけれど、自分の気持ちに合った椅子が欲しいという想いは変わらないし、家電や自動車に携わるより、よほど息の長い仕事だから、これからもやっていきたいと思います。

あとは全体のシステムとしてのインターフェースやサービスは考えなければいけない領域です。何が便利で、何ができるか。さまざまなことがどんどん革新されていく中で・正しいことを出していくことがクリエイティブだと僕は思います。例えば、コロナ禍でどうやって生きていくかに政治や経済が関わっているけれど、生活が良くなるとはどういうことかをビジュアライズできるデザイナーも関わっていくべき。目指すべき場所を誰かが描いてあげないと、その仕組みがどこに向いていいかわからない。デザイナーの力はそういうことにも使われなければいけないと考えています。

世の中の人は、デザイナーの役割は形や色を考えることだと思っているかもしれないけれど、全く違います。デザイナーは“心地良いほう”を感じとるセンサーを持っているから、どの方法がいいかを他の人たちに視覚化して示す役割があるんです。コロナの状況は数字でしかビジュアライズされていない。神奈川県と東京都の境目はないのに、そこに線を引いていたりする。すごく変な状態。こういうことを考えていくのが、僕が言ってる“ふつう”をとらえるということなんです。

ーーどの仕事においても、進めていくうえで共通することはありますか。

言葉にしてキーワード化することは、デザインの仕事ではすごく重要です。ある組織に入ってデザインコンサルティングをすると、その組織や人の進む方向を整理しなきゃいけない。だから言語化、あるいは身体化、体験化することは大切です。

教育も同じです。これからのデザインでは、いろいろなツールを駆使して、人間が感じる“良い”をつくる必要がある。教育は技量を磨くためにトレーニングするということでもあるけれど、“良い”とは何だろうということを学生と共有しなければいけない。知識だけではなくて、気づきと体験を同時にさせてあげる。それができると、すごく広い世界を理解することになる。

教育というのは、学生たちの“もどかしい歩き”の中に、確信を持てるようなきっかけを見出しながら、隣にいて一緒に走ってあげる、そういう役目だと思うんです。だからタイミングも大切で、そういうところを常に気をつけています。(取材・文・写真/東京都立大学 インダストリアルアート学域 川俣祐人、季凡、北村 唯、蔡緒廷、斎藤健太、宋フク楹、葉銘遠)End

深澤直人/1956年山梨県生まれ。日本民藝館館長。多摩美術大学統合デザイン学科教授。21_21 Design Sightディレクター。良品計画デザインアドバイザリーボード。 「行為に相即するデザイン」「意識の中心」「ふつう」「輪郭」「典型」など、自らのデザイン哲学をこれらの言葉で表わすとともにデザインの具体を通してその実践を続ける。「デザインの輪郭」(TOTO出版、2005年)など著書多数。
https://naotofukasawa.com