完全アウェー、マイナスから始まった上海発の家具ブランド
「ステラワークス」

保守的な一面があり、イノベーションが起きにくい傾向のある家具産業。ブランド力が重視される価格帯であればなおさら、アジアで起業して新しい芽を成長させるハードルは高い。そんななか、ステラワークスの創業者である堀 雄一朗は、失敗や困難に怯むことなく、アジアからのリーディングブランドを視野に入れている。

▲ほり・ゆういちろう/1973年生まれ。97年から丸紅に勤務し、上海駐在を経て退社。以後、上海でビジネスに携わり、2008年に前身となるファニチャーラボを、12年にステラワークスを設立。上質な家具の適正価格化に取り組む。
Photo by Junya Igarashi

成功するまで続けるから、自分に「失敗」はない

家具産業は、現代の多くの産業のなかで、変化のスピードが遅いもののひとつだろう。製品寿命が数年から数十年と長く、製造上の革新が次々と起こるわけでもない。著名なブランドには歴史と蓄積があり、また幅広い価格帯の業者が出揃っている。スタートアップ企業が食い込める余地は決して大きくない。

こうした業界において大きな注目を集めているのが、上海を拠点とするステラワークスだ。堀 雄一朗が2012年に創業し、CEOを務めている新進家具ブランドである。彼は学生時代から30歳までに起業することが目標だったと言い、あえてアウェーでの経験を積むために総合商社に入社して海外駐在を希望する。1999年から上海で住宅開発のプロジェクトマネージャーを務めた堀は、市場の大きさ、インテリア関連の潜在需要、そして製造拠点としての利点にビジネスチャンスを感じた。帰国することなく最初の起業を果たしたのは、04年のことだった。

ただし当初からいくつかの挫折があった。日本のクライアントから発注を受け、中国の工場で製造した家具を納入する商社を始めたときは、不良品が続発する。ここで彼は、製造精度が安定した工場の必要を痛感したという。また次に投資家として関わった家具工場では、日本の技術者を呼んで技術の向上を図ったものの、春節で帰郷した従業員の多くが会社に戻ってこなかった。帰属意識が低く、条件のいい仕事なら気軽に転職するのが常で、手に職をつけると地元で働き始めるのだ。

「現地で起業する日本人はいますが、多くの人は何度か失敗すると日本へ帰っていく。でも僕に失敗はありません。なぜなら成功するまで続けるからです」と堀は語る。彼は08年にファニチャーラボを設立し、ついに思い描いた工場を実現。これが現在のステラワークスへとつながっていった。

▲カナダのヤブ・プッシェルバーグによる2019年発表の「テイラー」ソファは、アシンメトリーな形状が美しい一方、コンパクトにデザインされていて汎用性が高い。ホテルをはじめ上質な空間を多く手がける彼ららしい洗練がある。

▲ステラワークスの本社があるのは中国・上海。その敷地には木工、塗装、組み立て、出荷など一連の作業を行う5棟の工場があり、2020年も新しく2棟を加えた。約30カ国のスタッフが働き、オフィスでは英語が公用語。

100年経っても廃れない、タイムレスなデザインを

「いい工場をつくるにはどうすればいいか、ずいぶんと考えました。中国には、10歳頃から木工を始めた高い技術を持つ若いワーカーが多く、日本の同年代よりも明らかにうまい。メイド・イン・チャイナのイメージが悪いのは、働く人より経営者に問題があります。ワーカーが定着しない前提で、規模を拡大して薄利多売をやるのではなく、情熱あるワーカーを職人レベルに育て上げて、同じ目線でものづくりができる工場を目指しました」。

堀は、ヨーロッパの名だたるブランドの製品をOEM生産するフランスの家具メーカー「ラヴァル」と提携し、同社の職人がノウハウを伝える仕組みを取り入れた。この試みは、ハイエンド市場に対するアプローチを学ぶ機会にもなった。

「メーカーポジションから川上を押さえて商品を流通させるのが、家具をビジネスにするうえで私がやったことです。リテールでは商材が止まったら死活問題ですし、ホテルやレストランなどのコントラクト事業では納期や価格などすべてがクライアントにコントロールされてしまいます」。

ステラワークスのローンチに際して堀が重視したのは、技術、デザイン、ブランドの3つの力を高めることだ。技術については前述の通りだが、デザイン力とブランド力への投資も重要な課題となる。特にブランド力を確立するために、外部のクリエイティブディレクターを起用することにした。家具ブランドのクリエイティブディレクターは、独自の世界観を構築し、それを製品、広告、展示などを通じて発信するうえで大きな権限をもつ。デンマークのOeO(オーイーオー)スタジオのトーマス・リッケが、その役目を担うことになった。

「彼はイギリスのウォールペーパー誌に携わったことがあるマルチプレーヤー。自身も家具デザイナーですが、グラフィックやデザイナーとのコミュニケーションにも精通していて、ブランドのガイドラインの作成もゼロからやってくれました。あの頃は一緒に朝まで仕事することもあり、二人三脚でしたね」。

トレンドに左右されず、100年経っても廃れないタイムレスなデザイン。アジアの感性に通じる、シンプルながらオリジナリティのある形。起用するデザイナーは、自ら提案する形態の構造やエンジニアリングを理解していること。そして自己主張よりもステラワークスの世界観に沿った発想ができること。リッケと築いた方向性が広く発信されるとともに、ブランドの認知度は徐々に向上していった。

▲ネリ&フーによる「ミン」は、ユニークな形状のアルミのフレームで構成されたスタッキングチェア。2014年に発表され、ヨーロッパでの評価を得て、ステラワークスの代表的な椅子のひとつに位置づけられている。

▲クリエイティブディレクターを務めるネリ&フーによる2019年発表のソファ「ディシプリン」。低いシートや素材の用い方がアジアの感性を感じさせる。円形のサイドテーブルは「バンド」、フロアライトはスペース・コペンハーゲンの「ハロ」。

中国発であることがメリットになっていく

さらに16年からクリエイティブディレクターに就いているのは、上海を拠点として世界的に活躍するネリ&フーである。アジアのブランドとしてのポジションをより明確にし、その視点でプロダクトを進化させるため、彼らが適任だと堀は考えた。さらに最近は知名度の高いミケーレ・デ・ルッキnendoルカ・ニケットらを起用。目指すのはアジアのリーディングブランドだ。

「最初はメイド・イン・チャイナの信用度がまったくないというのが実感で、マイナスからのスタートでした。当時、著名なイタリア人デザイナーと会い、仕事のオファーをしました。約2時間、よく話を聞いてくれて、ビジネスモデルにも興味をもってくれた。しかし上海のブランドと仕事するには自分の首をかけなければならないと言う。それくらいハードルが高かったんです。最近になって彼から、僕らのことをずっと見ていたが、話してくれた通りになったねと連絡がありました。もしよかったらデザインするよ、と」。

現在、ステラワークスは約400名の社員を抱え、約30カ国から集まったメンバーが働く。商品の流通に関しては、ヨーロッパ市場では22軒のショールームの開業が進行中。北米もニューヨークをはじめ8軒のショールームがある。今後、注力するのは、中東、インド、アフリカ、そして日本の市場だという。照明器具、アウトドア家具、オフィス向け家具のコレクションのほか、ホテルなどの内装のための高機能ウォールパネルなどの商品開発も進む。

「デザイナーのヤブ・プッシェルバーグと進めている合弁ブランド『デパルト』では上海の無人リテールショップも進行中で、QRコードからスマートフォンでオーダーすると物流チームが配達します。IT関連の主要メーカーはほとんど中国にあり、ドローンなどでの配送実験も進みつつある。それらで得られるノウハウは広く応用できる可能性を秘めています」。

これから家具業界が変化するとしたら、製品自体よりも売り方や見せ方だと堀は考えている。家具に触れる感覚も重視し、オフラインとオンラインを組み合わせることが大切になるだろうと語る。

「海外で仕事する難しさは今も感じますが、言葉は違っても家具に感じることはだいたい同じ。自分が買い手ならそれが欲しいか、買うか、という当たり前の判断基準を忘れることはありません。そこからビジネスをつくっていけば、何とかなる、何とかできるんです」。End

▲日本のnendoがデザインしたアームチェア「カイト」は2020年の新作。限られた空間にあってもくつろげる、人を包むような形になっている。「nendoとネリ&フーの価値観の融合により、ステラワークスらしい家具に仕上がりました」と堀。

▲デンマークのスペース・コペンハーゲンは、ネリ&フーと並んでステラワークスの主要なコレクションを手がける有力デザインスタジオ。2013年発表の「レン」シリーズは、このブランドの高度な木工技術を印象づけた。




本記事はデザイン誌「AXIS」209号「起業 x デザイン」(2021年2月号)からの転載です。