サウンドアーティストevalaが切り開く
聴覚体験による“新しい現実”

人間の五感において、視覚に次ぐ情報量を占める聴覚。その“見えない感覚”としての可能性を探求し、新たな体験を創出する試みが、今注目を集めている。サウンドアーティストのevalaによるプロジェクト「See by Your Ears」。最先端のテクノロジーによってつくり出される驚くべき聴覚体験は、私たちに何をもたらすのか。ビジュアル過多を極める現実認識のあり方に一石を投じる、革新的な取り組みを追った。

本記事はデザイン誌「AXIS」199号「変容する都市」(2019年6月号)からの転載です。




「耳で視る」聴覚体験

仮想現実(VR)をはじめ、知覚を拡張するテクノロジーの進展が、人と空間の関係性や世界認識のあり方にかつてない変化を及ぼしつつある昨今。しかし、そのほとんどは視覚的な表現手法によるものだ。特に人間の五感における情報量で第2位を占める聴覚には、まだまだ大きな可能性が潜んでいる。こうした“盲点”ともいえる状況を受けて、「耳で視る」をコンセプトに掲げ、聴覚の潜在的な可能性を発信するプロジェクトが、サウンドアーティストのevalaによる「See by Your Ears」だ。evalaは先鋭的な電子音楽作品で2006年にソロとして音楽家デビュー。10年頃からは空間的なサウンドインスタレーション作品を精力的に展開し、国内外で高い注目を集めてきた。

「宣伝用ビジュアルやミュージックビデオが重視されるあまり、現代の人々にとって音楽はもはや“目が聴くもの”になってしまった。でも僕は聴覚という、インビジブルなものでしか立ち上がってこない感覚を探求したい。音による表現は、人間が言葉でコミュニケーションを取りはじめる前から存在していたはず。そのプリミティブな可能性と現在のテクノロジーを掛け合わせることで、新しい音楽の可能性を切り拓いていきたいのです」。

▲エバラ/音楽家、サウンドアーティスト。1976年生まれ。先鋭的な電子音楽作品を発表し、国内外でインスタレーションを行う。2016年より「耳で視る」という新たな聴覚体験を創出するプロジェクト「See by Your Ears」を始動。音が生き物のように躍動的に振る舞う現象を構築し、新たな音楽手法としての“空間的作曲”を提示している。

従来の音楽作品の多くはCDなどのメディアや音楽データのフォーマットで流通するが、See by Your Earsの音楽作品はevalaが“空間的作曲”と呼ぶ手法によって、音響空間そのものを体験する形をとっている。例えば無響室を用いたシリーズ作品「アネコイック・スフィア」のうち「ヒアリング・シングス#メトロノーム」(2016年)では、暗闇のなかで3台のメトロノームが音を刻み、その音が立体音響プログラムによってリアルタイム処理されていく。体験者は視覚が遮断された状況で重なり合い変容していくメトロノームの打音を前に、どこまでが実際の音でどこからが自分の内的な感覚なのか、物理的な現実と主観的なイメージが渾然一体となったバーチャルな時空間を味わうことになる。真っ暗闇にもかかわらず、多くの人が「景色が見えた」「色が見えた」といった視覚的な感想を残している。

「印象に残っているのは、視覚に先天的な障がいのある人がアネコイック・スフィアを体験したときに発した『情報ゼロの音がこんなに楽しいとは思いませんでした』という言葉。その人にとって音は、視覚に代わって外界を知り、環境や意味を読み取るための情報だったのです。そうした情報や意味性から解放されることで、より本質的な聴覚体験が立ち上がってきたのだと思います」。

▲暗闇の無響室を用いたシリーズ「アネコイック・スフィア」より、3台のメトロノームの打音をプログラミング処理した立体音響体験を提示する作品「ヒアリング・シングス#メトロノーム」。

▲evalaによる3D音響プログラムをデータ解析し、そこに潜む“気配のスコア”を可視化したオーディオビジュアル・インスタレーション「スコア・オブ・プレゼンス/ウーム・オブ・ジ・アンツ」。韓国・光州市のメディアアートセンターACCにて、幅70mの巨大LEDモニターで上映された。




立体音響技術が生み出す“新しい現実”

しかしなぜ、こうした体験を生み出すのに緻密な設計にもとづく空間が必要になるのだろうか。突き詰めればそれは、「そもそも音とは何か」という問いにつながるとevalaは語る。

「例えば歌というものは歌う人によって全く違うものになりますが、そのことを楽譜上で表現することはできません。そのように楽譜からこぼれ落ちてしまうもののひとつが音色です。では、その音色の領域を突き詰めていくにはどうしたらいいか。音が空気中の波動である以上、響きや反射を含めた空間全体の設計が必要になってくるわけです」。

さらに、プログラミングをはじめとするテクノロジーも、See by Your Earsにとって欠かせない要素となっている。

「例えば、自分の周りに煙が漂っているとしましょう。煙の形は空気や微粒子の振る舞いによって移り変わり、その様相は自分の視点や動きによっても変化していきます。そのように絶えず変化していく音は楽譜にできず、楽器でも再現できませんが、プログラミングであれば表現が可能になる。

また、See by Your Earsから派生したプロジェクトとして2018年のSXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)で発表した『音響回廊“オデッセイ”』では、波面合成によるソニーの空間音響技術『Sonic Surf VR』を使って、真っ暗な空間の中にバーチャルな“音の洞窟”をつくり出しました。この場合は音によって体験者の聴覚や身体感覚を拡張したわけですが、バーチャルリアリティという言葉から連想される現実の疑似体験ではなく、“ニューリアリティ”とも呼ぶべき新しい現実を提示することができたと思います」。

▲プログラム制御された576個ものスピーカーが、3次元空間上にトンネル状の空間をつくり出す「音響回廊“オデッセイ”」。波面合成技術によって“音に触れる”ような感覚を生み出すソニーの空間音響技術「Sonic Surf VR」とのコラボレーション。

▲SXSW 2019の資生堂ブースで発表された「NHK×資生堂インビジブル VR “Caico”」。evalaの楽曲「大きな耳をもったキツネ(2018 HPL ミックス)」に合わせて、資生堂の香料開発チームが選定した数十種類の香りが放出され、“香りの楽譜”を体感できる。




“見えない領域”から都市の余韻をデザインする

evalaは、今年3月にSonic Surf VRを用いたコーネリアスら5組の音楽家によるサウンドインスタレーション展「タッチ・ザット・サウンド !」(御茶ノ水リットーベース)に参加。“音だけの映画”をテーマに、フィールドレコーディング素材で構成された作品を発表した。

さらに、都内各所で開催されたテクノロジーアートの祭典「メディア アンビション トウキョウ 2019」には、ゲームクリエイター兼プロデューサーの水口哲也らによる共感覚研究プロジェクト「シナスタジアラボ」とのコラボレーション作品「シナスタジアX1-2.44」を出展。44個の振動子で構成される椅子型の体験装置により、音と振動を全身で感じる新たな音楽体験を提案した。加えて、同時期にインターセクト・バイ・レクサス・トーキョーで開催されたフードクリエイター、諏訪綾子らによる展覧会「ジャーニー・オン・ザ・タン」では、触覚デバイスに装着された諏訪による味覚作品を体験者が口に含み、味とともに口内で振動から伝わる音楽作品を制作。See by Your Earsの活動に加え、さまざまな知覚を組み合わせた共感覚的な作品を数多く展開している。

▲44の振動子で構成された寝椅子型の体験装置により、全身で音と振動による新たな音楽体験が味わえる「シナスタジアX1-2.44」。共感覚(シナスタジア)や感覚複合体験の研究に取り組むアライアンス型ラボ、シナスタジアラボとのコラボレーション。「メディア アンビション トウキョウ 2019」に出展。

▲インターセクト・バイ・レクサス・トーキョーで開催された、フードクリエイターの諏訪綾子による企画展示「ジャーニー・オン・ザ・タン」での作品体験風景。メディアアーティストの筧 康明による触覚デバイスに装着された味覚作品を口に含み、振動や匂い、音や味など複数の感覚を口内で共感覚的に体感する。

「こうしたコラボレーションが増えてきている背景には、見えない知覚をどう活用するかという、インビジブルデザインにまつわる意識の高まりがあると思います。ただ、僕はあくまで音楽家であってデザイナーではありません。例えば、エンジン音のしない電気自動車に走行音を付けて歩行者の注意喚起につなげる自動車メーカーのプロジェクトでは、デザイナーや専門家たちが問題解決の視点から参画したのとは対照的に、音楽家として誰もクルマの音からは想像しないような新しい体験をいかにつくり出せるかに力を注ぎました。

また、現在進行中の企画では、シンガポールの国立公園の原生林にサウンドインスタレーションによる聖域を設置するプロジェクトがスタートしたばかり。人間がそれまで言語化できない気配や神聖さを感じていた場所には、かなりの割合で音が影響を及ぼしているのではないか。たとえ聞き慣れた音であっても、普段とは違う響きや反射を施すことによって、日常を超えた感覚が立ち上がってくる。このように都市や自然環境を音という側面から捉え直す発想が、今後必ず求められていくはずです」。

▲シンガポールの国立公園において現在進行中のサウンドプロジェクト「ホーリー・ラボ」の概念図。ジャングルの生態系と現地の人々の精神文化をリサーチし、大自然の中にフィールドレコーディング音源を用いた立体音響による“聖域”をつくり出す。

既成概念を取り払い、より純粋に聴覚による表現を突き詰める姿勢から浮かび上がってきたのは、ビジュアル過多を極めた人間の現実認識のあり方と、聴覚という未踏領域の大いなる可能性だった。

「例えば手を叩いて『パン!』という音が鳴ったときに、誰もが『パ』という音源にとらわれていて、その音の響きである『ン』は意識されない。僕のスタジオがある渋谷の街にしても、あらゆる場所が『パ』を発する音源で埋め尽くされている。そのなかで『ン』という響きの余韻を、空間と時間を通してどうつくり出していくのか。こうした空間的な作曲能力こそ、いま音楽家として提示する新たな世界であり、See by Your Earsから発信できることだと思っています」。(文/深沢慶太 写真/五十嵐絢哉)End

本記事はデザイン誌「AXIS」199号「変容する都市」(2019年6月号)からの転載です。