デザインファームKESIKIが実践する 「愛される事業承継」
家具メーカー、ウッドユウライクカンパニーと踏み出した第一歩

2021年1月、デザインファームのKESIKIが、東京・表参道に店舗を構える家具メーカー、ウッドユウライクカンパニーの事業を引き継いだ。自ら経営に乗り出し、「愛される会社」づくりを実践しようとするKESIKIが目指す「愛される事業承継」とは?




家具メーカーの事業承継の舞台裏

「デザインファームが事業承継型のM&Aを実施するというのは、世界的に見てもあまり例のない試みだと思います」。そう話すのは、KESIKI創業メンバーでデザインディレクターの石川俊祐。KESIKIは2021年1月、家具メーカーのウッドユウライクカンパニーの事業を引き継いだ。M&A仲介会社の紹介のもと20年7月より同社とコンタクトをとりはじめ、事業承継の検討を開始。その後、12月に契約を締結し、今年1月に株式を譲り受けた。ウッドユウライクカンパニーの新たな経営者には、石川と、同じくKESIKI創業メンバーである内倉 潤、九法崇雄、井上裕太が名を連ねる。

KESIKIは同4名が19年に設立した会社で、企業のカルチャーづくりをビジネスとデザイン両方の視点をもって手がける。石川はデザインファームのIDEO、内倉はプライベートエクイティ(PE)のファンドのユニゾン・キャピタルで働くなど、異なるバックグラウンドのメンバーが集まる組織だ。

ウッドユウライクカンパニーは、1983年にオーダーメイド家具の製作を開始し、89年に会社を設立。93年に東京・南青山に直営店をオープンし、東京・昭島の工場で無垢材の家具をつくり販売している。経営は安定していたが、創業者で社長の神山公一は、16年、東京都事業承継・引継ぎ支援センターを訪ねた。65歳だった。

▲1993年にオープンしたウッドユウライクカンパニー直営店(東京・南青山) Photo by Shotaro Tsujii

事業承継を検討した理由について「体力的な限界を感じたことが大きいですね。スタッフのほとんどが家具の職人で、店舗のスタッフは経営を受け継ぐにはまだまだ力不足と感じていました。いい譲渡先が見つからなければ、自分の手で店じまいすることになると考えていました」と神山は言う。

M&A仲介会社から数社を紹介され、2社ほど具体的に検討を進めたこともあるが、どちらも譲渡には至らなかったという。神山は「事業の継続性を考えると、譲渡先がどこでもいいというわけにはいきませんでした。大きな会社に吸収合併されれば、自分たちが大切にしてきたことやブランドが継承されず、大資本の一部になってしまう」と続ける。

KESIKIへの譲渡を決断した理由を聞くと、「売上や利益といった数字から発想する会社が多かったなかで、デザインやクリエイティビティの視点から事業を考えてくれていたからです。4名の創業メンバーにはそれぞれに得意分野があり、数字に強いメンバーもいる。彼らなら大切にしてきたブランドを継承しつつ、これまでやってこなかった展開も期待できると思いました」と神山。

ウッドユウライクカンパニーの店長であり、神山と二人三脚でブランドを育んできた河合みなとは「会社が残って、さらに技術や文化が広がって、浸透していくことが強い望みとしてありました。KESIKIのみなさんにお会いして、その可能性を強く感じました。うまく言葉にはできませんが、長い間、多くの人にお目にかかってきて感じた人柄に間違いはないと思っています」と振り返る。

▲左から、KESIKIの石川俊祐と内倉 潤、ウッドユウライクカンパニー創業者の神山公一と店長の河合みなと。技術や文化とともにブランドが長く続くことを願うふたりは、今後数年間、ノウハウの継承のため経営に関わる。 Photo by Yoshiaki Tsutsui




事業承継の意図は「愛される会社」づくりの実践

KESIKIの事業承継のアプローチは、「売らないこと」を前提にしている。投資ファンドのM&Aは、長くても6〜7年ほどの時間軸で、企業価値を高めて売却するか上場させるかというもの。できるだけ短期間で、効率よくリターンを求める投資ファンドに対し、KESIKIが目指すのは、じっくりと時間をかけて長く「愛される会社」をつくることにある。

「消費されるものづくりを続けることへの漠然とした違和感を以前から持っていました。承継する企業に求めていたのは、日本らしい伝統を持つ企業に、われわれの強みを生かして面白くできそうかどうか。そんな企業を、衣食住の領域で探していました」と石川は言う。

そのため、譲渡元の企業を見るポイントとして、財務的な健全性以上に、カルチャーを重視したという。

「買収や売却などを通じてオーナーが変わり、業務の効率化や規模拡大などを繰り返すなかで、従業員の心が離れていくという状況を前職では幾度も見てきました。数字や事業戦略は改善の算段を合理的に立てることができますが、企業の核となる文化をつくり上げていくのは簡単ではありません」と内倉は言う。

ウッドユウライクカンパニーの承継にあたっては、神山・河合両氏との面談を何度も重ね、「この会社のコアになる価値観は?」「今まで決してやらなかったことは?」といった企業文化に関する質問を繰り返した。

その結果、ウッドユウライクカンパニーが大切にしている価値観は「ものに愛着をもって接する暮らし方」だとわかってきた。買って1〜2年で破棄されるものではなく、真に100年使える家具をつくろうとしてきた。壊れにくく頑丈で、シンプルかつタイムレスなデザイン。無垢の家具をつくるということは、長く使えるだけでなく、ケアや修復がしやすく、形を変えて使い続けられるという理由もあるとわかった。

そんな価値観は、ウッドユウライクカンパニーの生産スタイルにも表れている。同社では、ひとつの家具づくりを1から10までひとりの職人が担当し、さらに納品まで同じ職人が手がけることもある。家具づくりをパーツごとに担当し、流れ作業でつくっていては得られない達成感や責任感を伴うものづくりが、ウッドユウライクカンパニーならではの品質につながっている。

▲KESIKIが取り組むのは「愛される会社」のデザイン。「カルチャー」と「エクスペリエンス(製品やサービス)」を無理なく循環させることで、従業員や顧客、社会から愛される会社づくりを目指す。




スタッフ全員で未来の会社の姿を考える

事業承継後は、KESIKIのメンバーが主導し、社内に根づくカルチャーをより顕在化させる社内向けワークショップを実施している。家具をつくる職人や店舗で販売するスタッフが、ウッドユウライクカンパニーを「自分たちの会社」であると強く認識することが、KESIKIが目指す「愛される事業承継」への第一歩となるからだ。

会社が大切にしているものを明らかにしたうえで、これから5年、10年かけて取り組むべき計画や方針をスタッフ全員でつくっていく。他にも、「業務のデジタル化」や「製造プロセスの見直し」「ユーザー体験の創出」などのテーマで社内を4チームに分け、各チームがそれぞれ、社内変革に取り組んでいる。どのプロセスも、スタッフ全員で考え、進む先を自ら決めることを重視している。

石川は「自分たちで家具メーカーを経営し始めて見えてきたのは、財務やオペレーションなどリアルな課題が山積みだということ。新ブランドや新商品をつくるにしても、既存の商品の取捨選択から考える必要があるなど、地味で泥臭い作業が相当にあります」と言う。

中小企業が抱えるひとつひとつの課題解決に、KESIKIが得意とするデザイン思考やデザイン経営は効果的に見える。顧客だけでなく、スタッフや社会から、いかに愛されるかという視点から挑むKESIKIの事業承継は、まだ始まったばかりだ。(文/廣川淳哉)End

Photo by Shotaro Tsujii

▲南青山の店舗には、東京・昭島の自社工場でつくった無垢材の家具が並ぶ。今後も、職人15名を含む合計20名のスタッフとともに事業は続いていく。

本記事はデザイン誌「AXIS」211号 第2特集「事業承継にデザインはどう関わる?」からの転載です。中小企業庁が把握するデータを掲載するほか、ITで加速するM&Aプラットフォーム、中川政七商店やKESIKIといった事業承継者たちの哲学、活動を追いました。