なぜ企業に「デザインシステム」が必要なのか?

この連載は、デザインファームfrogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BX・クリエーティブセンター 岡田憲明氏の監修でお届けしています。

ビジネスリーダーの多くはデザインの重要性を理解しています。しかし、体系的なデザインに基づいて継続的にイノベーションを実現し、ビジネスを成功に導くことは非常に困難です。それに対する良い事例として挙げられるのが、frogが初期に大きな成功を収めたプロジェクトの1つ「スノーホワイトデザイン言語」(※)です。

1984年にアップルを代表するポータブルコンピューター「Apple IIc(アップル ツーシー)」が発売され、コンピューター業界のデザインに新たな可能性が生まれました。「Apple IIc」は誰もが知る製品となり、スティーブ・ジョブズのビジョンが具体的な形となって現れたのです。

しかし、ジョブズのような人間は世の中にそんなに何人もいるわけではありません。そこでアップルでは、「スノーホワイトデザイン言語」を導入することにより、ジョブズのユニークなビジョンに基づいたシステムを、一貫性のある方法で提供できるようになったのです。当時は、デザインを重視する最も先進的な企業のみが、デザインシステムの価値を理解していました。現在は、企業の規模にかかわらず、先進的な製品を提供しようとするのであれば、デザインシステムが不可欠です。

現代のビジネス環境では、デザインの力に懐疑的で実用性を重んじるリーダーであっても、デザインがデジタル製品とデジタルサービスを通じて顧客の注目とロイヤルティーを獲得するために不可欠であることを認識しています。しかし、デザイン部門を拡張したいと考え、デザイン運用の導入を急ぐ企業内は、デザインシステムについて根本的に誤解していることがあります。デザインシステムは企業のデザイン原則を具体化し、デザイン運用習得の基礎をつくり上げるものです。それによって、広範かつ複雑なデジタル環境の中で、デザインの持つ独自の機能を目に見える形に変えて再利用できる状態にするのです。

※スノーホワイトデザイン言語:frogの創始者 ハルトムット・エスリンガーが基礎をつくり、1980年代のAppleで採用された工業デザイン言語。Appleの世界的な評判を高め、コンピューター業界のデザイントレンドの1つとなった。

デザインシステムとは何か

成熟したデザインシステムでは、アセット、ツール、人、プロセスが有機的に連携したエコシステムとして機能します。このエコシステムを活用することで、さまざまな製品とプラットフォームを調和させ、ユーザーに対して信頼性と親しみやすさを与えるほか、企業の開発時間を短縮しコストを削減できます。

ソフトウエアの世界では、“フロントエンド”はユーザーや、今後ユーザーとなる人が製品の価値を初めて体験し、理解する場を指します。デザインシステムの主な目的と価値は、「企業が一貫性のあるデジタルエクスペリエンスを構築する」という難しい問題に対応できるようにして、卓越したフロントエンドを実現することにあります。

一貫性のあるユーザーエクスペリエンスの基礎設計

あらゆる顧客接点においてパーソナライズされた体験を提供できれば、企業はビジネスを成功に導くことができます。コストを最小限に抑えながらこれを実現するには、ウェブ、iOS、Androidなどあらゆるプラットフォームでアクセスでき、特定のユーザーとカスタマージャーニーに対応する体系的なデジタル製品が必要です。しかし、製品やプラットフォームを新たに開発するごとに、運用コストと調整コストが大幅に増えてしまうため、イノベーションが中断されます。

デザインシステムに投資すると、社内のさまざまな部門が顧客のニーズに沿った開発を進める際に発生するコスト増を回避できます。システムによって、あらゆるチャンネルで顧客が求める体験を提供し、各部門における開発プロセスを効率化できます。

継続的なプロダクトの改善

業界や製品が何であれ、卓越したユーザーエクスペリエンス(以下UX)を実現するにはチームワークが必要です。大規模に業務を展開する企業では、数百人・数千人単位の開発者がコラボレーションしながら製品やサービスの開発する場合があります。

デザインシステムはさまざまな部門の代表者が集まった、大規模なチームで発生するコストの多くを抑えることができるため、コラボレーションを効率化できます。デザインシステムによって、一貫性のある体験を実現するシステムとパラメータを構築でき、各部門はユーザーにとっての価値を最大化する機能の開発に注力できます。

部門連携が強まることで製品の品質が向上し、開発時間も短縮できます。その結果、企業はテストと改善を繰り返してより迅速に価値を生み出し、データに基づいてより良い意思決定を行うことができます。

デザインシステムの構築方法

同じニーズや目的を持つ企業は存在しないため、デザインシステムの構築にあたっては、どの企業にも適用できるアプローチは存在しません。デザインシステムの成熟度には特定のフェーズが存在します。効率的なデザインシステムはどの企業にも当てはまる一定のファクターを考慮して構築されますが、実際のデザインシステムは、各企業がそれぞれの特性に基づき独自の社風とミッションに基づいて構築に取り組みます。

デザインシステムの構築フェーズ

クライアントと仕事をするなかで、デザインシステムの成熟度には、3つの個別のフェーズがあることがわかっています。独自のデザインシステムの導入を目指す企業にとっては、自社がどのフェーズにいるのかをまず見極める必要があります。

フェーズI:
ビジョン(ビジョンを設定する)
フェーズII:
開発(製品を開発する)
フェーズIII:
拡張(開発プロセスを拡張する)

フェーズI:ビジョン

ほとんどの企業にとって卓越したデザインを構築する最初のステップは、卓越した製品を開発することです。このフェーズでは、競合他社よりも効果的かつ効率的にユーザーの問題の解決方法を見つけることが重要です。

製品を市場にマッチさせることができれば、製品に対する消費者の需要を大幅に増大させられ、ビジネス上の成果を実現できます。需要は、ニーズとデザインシステムの妥当性を測定する指標となります。

フェーズII:開発

卓越した製品を生み出したのであれば、そのUXのコンポーネントを「モジュール化」する必要があります。この体験を生み出すプロセスがユーザーインターフェース(UI)の基礎となり、新たな製品と体験を構築するため、レゴブロックを組み合わせるようにUIの調整と実装を繰り返します。

UXのモジュール化が完了すると、コンポーネントを既存のデザインと開発のワークフローに組み込み、効率化することで「製品化」につながります。モジュール化と製品化ができれば、最初のデザインシステムの構築が完了します。

フェーズIII:拡張

最終フェーズでは、他部門が新製品や新機能を開発しやすくなるように、デザイン、製品、開発といったさまざまな部門がデザインシステムの導入と拡張に取り組みます。

最も効率的に業務を推進する企業は、「システムの全体的な目的」「必要な人材とツール」「人材とツールを連携させるプロセスと体制」「システムが醸成する組織の文化」「システムの結果の測定方法」などの重要な要素を考慮しながら、継続的にデザインシステムを拡張します。

幅広くビジネスを成功に導くシステム

企業が効果的にこのアプローチを活用すると、ビジネス上の課題とデザインプロセスを統合できます。デザインシステムは、デザインを製品開発のライフサイクルにシームレスに統合するためのモジュラーツールを活用することで、「自動化」されたワークフローを提供します。それは、大規模な製品デザインを支える包括的なフレームワークとなります。

しかし、製品の発展に合わせてデザインシステムも発展しなければなりません。品質、価値、バージョンの管理に加え、継続的なガバナンスプロセスを通じて全体を強化することにより、企業はデザインシステムを長期的なイノベーションと成功の基盤にすることができるのです。End