音のデザインの重要性を説く、サウンドデザイナーのスズキユウリ

E&Yからリミテッドエディションとして発売された「THE AMBIENT MACHINE(ジ・アンビエント・マシン)」。

スズキユウリは、イギリス・ロンドンを拠点に活動するサウンドアーティスト、エクスペリエンスデザイナーであり、2018年よりペンタグラム・ロンドンのパートナーとして、世界を舞台に音に関する多彩なプロジェクトに取り組んでいる。デザインの分野で、サウンドデザインは世界的にいまだ成熟していない状況にあるなかで、音のデザインに対する考えや想い、この先の未来について話を聞いた。

▲「Crowd Cloud」(2021)。⽻⽥空港第2ターミナルでのサウンドインスタレーション。Photo by Takashi Kawashima

音や音楽に興味を抱いたきっかけ

スズキが音や音楽に興味をもった背景には、父親と祖母の存在があった。「父はレコードやMTVのビデオをたくさん持っていて、祖母はテレビで放映される映画をビデオにダビングするのが趣味で、子どもの頃によく一緒に鑑賞しました。その中で特にハービー・ハンコックのエレクトロニックミュージック(電子音楽)のMTVビデオ『ロック・イット』に刺激を受け、映画『グレン・ミラー物語』でジェームス・スチュアートが演奏するトロンボーンの楽器に魅了されました。この2つが現在の道につながる、僕の原点だと思います」とスズキは振り返る。

小学校に入ってからブラスバンド部でトロンボーンを始め、中学のときにアートユニットの明和電機に夢中になり、高校に入るとバンドを組んで、彼らと同じように楽器を自作して曲をコピーするようになる。その噂を明和電機が聞きつけて大学時代に声をかけられ、その後、5年間、アシスタントとして国内外の公演を一緒に回る日々を送った。

▲「『訪』-Visit Playful Ginza-」(2019)。和光のショーウィンドウのディスプレイデザイン。Photo by Daisuke Ohki

RCAでの学びが財産に

その後も多くの人との出会いと経験、学びを得ながら、サウンドデザインの道に一歩ずつ進んでいく。2006年から2年間、英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)に留学したことも大きな財産となった。

当時のRCAは、ロンドンのデザインシーンを牽引していたロン・アラッドの発案により、多角的な視点を育成する教育システムを導入し、講師には第一線で活躍する個性豊かなデザイナーを揃えていた。スズキは、デザイン・プロダクト科を専攻したが、「スペキュラティブデザイン」を提唱したアントニー・ダンが受けもつデザイン・インタラクション科のクラスも受講したいと、特別に席を用意してもらって課題をこなし、それによってインダストリアルとインタラクションの両方のデザインの基礎を学ぶことができた。

▲「Industrial Instruments」(2020)。ヤマハデザイン研究所と共同開発した楽器のコンセプトモデル。

RCAで過ごした時間を振り返って、スズキはこう語る。「デザイン・プロダクト科といっても、プロダクトでも、デザインでなくてもいい。何をやってもいいという、制限がないところがとても良かった。逆に言えば、大海に放り出されるようなもので、自分の強みやアイデンティティを2年間で見つけなければいけないので、途中で自分を見失い、ドロップアウトする人もいました。僕の場合は、バックグラウンドに音や音楽があったのと、ヤマハの産学協同プロジェクトに参加して、およそ8カ月にわたって音楽とデザインというテーマに向き合ったことが自信につながり、自分のその先の道を見出すことができたと思います」。

▲「OTOTO」(2013)。MoMAのプライベートコレクションに選出された。

身の回りにある音をデザインする

RCA卒業後、2008年からフリーのアーティストとして活動を始め、さまざまなプロジェクトを手がけ、個性あふれる作品を生み出していく。その中で興味深いのは、代表作のひとつ「OTOTO」のように、身の回りにある物の音に着目した作品を制作していることだ。

「身の回りにある音というのは、サウンドデザインにおいて重要なエレメントです。音をデザインすることによって人と物の関係性を豊かにすることが、サウンドデザイナーの役割のひとつだと考えています」。

▲インスタレーション展「Furniture Music」(2018)。Photo by Corey Bartle-Sanderson

2018年には、「Furniture Music」というインスタレーション展で、家電や家具などが発する家庭内の音がノイズ(雑音)になるのではなく、周囲の環境と調和して快適性を高められる音にリデザインすることを試みた。

「家電製品などは、ノイズを消すことの研究には熱心に取り組まれているけれど、ノイズを心地よい音に変える研究というのは、あまり考えられていないように思います。例えば、人は周期的に同じ音を聞かされると苦痛に感じるので、ノイズの音の順番を変えたり、鳴らすタイミングを変えたりすることで、人はそれを雑音ではなく音楽として認知するんです」。

▲「THE AMBIENT MACHINE」(2022)。スイッチを選んでオンオフにすることで、自分の好きな環境音楽がつくれる。

「環境音楽」をカスタマイズできる装置

自分の身の回りにある音、環境音から、さらに一歩踏み込んで「環境音楽」をテーマに制作したのが、今年4月にE&Yからリミテッドエディションとして発売された「THE AMBIET MACHINE(ジ・アンビエント・マシン)」である。心が安らぐホワイトノイズなどの8種の音と音量や速度などを選び組み合わせて、自分の好きな環境音楽を創出できる装置だ。新型コロナウイルスのパンデミックによって、家の中で過ごしているときに聴く音の重要性を改めて感じたことがアイデアのきっかけだった。

「アンビエントミュージック(環境音楽)は、1920年にエリック・サティが作曲した『家具の音楽』が起源とされ、70年代にブライアン・イーノが『環境音楽』と提唱しました。90年代から2000年代にかけて一度、廃れましたが、2019年末に80〜90年代の環境音楽を集めたアルバム『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』がグラミー賞にノミネートされ、その後、パンデミックが起こったことで、環境音楽に対する人々の関心が再び高まってきているように感じています」。

▲「The Global Synthesizer Project」(2016)。世界中の音を体験できる、クラウドソースを使ったオーディオインスタレーション。

音をデザインすることの重要性

これまでスズキは国際的な舞台で活動してきたが、世界を見ても、音に関する分野はいまだ成熟していないという。

「五感の中で特に嗅覚と聴覚、鼻や耳から入ってくる情報が特に強く、人に与える影響が大きいと言われています。ですから、音のデザインはとても重要なのですが、音についてきちんと考えて取り組んでいるデザイナーが少なく、映像に音をつける場合、サウンドデザイナーではなく、ミュージシャンや映画音楽の作曲家が担当するケースが多い。そのことは大きな問題だと思っています。僕がペンダグラムのパートナーになったのも、デザインの中における音の重要性を伝えるというミッションが自分にあるからです。サウンドデザインの分野を盛り上げ、啓蒙活動をしていく必要性を今、強く感じています」。

▲「Sonic Playground」(2018)。インタラクティブな音のスカルプチュアからなるインスタレーション作品。©Yuri Suzuki

音のデザインの可能性は未知数にある

スズキにとって音の魅力とは、パワフルなコミュニケーション手段になることだという。「音は目に見えず、概念的なものでもあるので、とても難しい分野ですが、可能性は未知数にあり、大きなやりがいを感じています」。また、1年前に子どもを授かり、子どものための楽器をつくりたいという新たな想いも生まれた。頭で考えなくても、ただ触れることで簡単に音が出て楽しめるような、既存の概念にはない楽器を構想中だそうだ。

音のデザインを通して、人と物の関係性や暮らしの豊かさを真摯に考える。そんなスズキの活動をさらに詳しく知りたい方は、ホームページにアクセスを。End

スズキユウリ/サウンドアーティスト、エクスペリエンスデザイナー。1980年東京生まれ。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)修士課程卒業。スウェーデンの楽器メーカーであるティーンエンジニアリングやディズニーのリサーチ部門に在籍後、2008年Yuri Suzuki Ltd.を設立。2018年より世界最大のインディペンデントデザイン事務所ペンタグラムのパートナーに就任し、コンセプトメイキング、インタラクティブデザイン、アートディレクション、音に関わるインスタレーションを中心にデザインコンサルティングを行う。Photo by Mark Cocksedge