錆の美を込めたA-POC ABLE ISSEY MIYAKEによる新たなジーンズ誕生へ
宮前義之と狩野佑真の対話

イッセイ ミヤケのブランド「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(エイポック エイブル イッセイ ミヤケ)」が最新プロジェクト〈TYPE-IV Yuma Kano project〉を発表。プロジェクトを率いる宮前義之と今回タッグを組んだデザイナーの狩野佑真に話を聞いた。




デザインプロセスを更新し続ける二者の合流

A-POCは1998年の誕生当初から、テクノロジーを用いてものづくりのプロセスからデザインに取り組み、衣服の新しい表現や体験を実現してきた。そのA-POCのものづくりをさらに発展させて新たな挑戦を目指す試みとして、2021年3月「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」(以下、A-POC ABLE)の活動を発表した。

A-POC ABLE誕生のきっかけを語るのは、プロジェクトを率いるイッセイ ミヤケの宮前義之。

「固定観念にとらわれずに、新たなものづくりのプロセス、コミュニケーションの手段までをもデザインしていくには、自分たちが得意とするところだけに留まっていてはいけないという思いがあります。いつもとはまったく違う視点から、もっと心を開放して、物事を見つめ直す必要がありました」(宮前)。

▲宮前義之(みやまえ・よしゆき)/1976年生まれ。2001年に三宅デザイン事務所に入社し、A-POCの企画チームに参加。その後イッセイ ミヤケの企画チームに加わり、11〜19年はイッセイ ミヤケのデザイナーを務める。21年に「エイポック エイブル イッセイ ミヤケ」を立ち上げる。 Photo by Manami Takahashi

これまで横尾忠則や宮島達男などのアーティストやSONYなどの企業とも協働を重ねてきたA-POC ABLEが次なるパートナーとしたのは、気鋭の若手デザイナーとして国内外で注目を集める狩野佑真だった。

「錆という自然現象が醸し出す魅力を、なんとかデザインの文脈で表現できないかと挑戦を重ねてきました。錆は金属の老化、劣化というようにネガティブに語られることもあります。でも僕の目には、日々パターンを複雑に展開し、どんどん形を変えていく錆に、偶然と必然が織りなす特別な美しさがあるように映る瞬間がある。さまざまに形を変えていくなかで心を捉える一瞬の美。この一瞬の美をなんとかして保存することができないだろうか。いろいろな実験を重ねているときに、錆をアクリルに転写することに成功しました。このメソッドを応用して、〈Rust Harvest | 錆の収穫〉プロジェクトとして家具やプロダクトのデザインをしています」(狩野)。

▲狩野佑真(かのう・ゆうま)/1988年栃木県生まれ。東京造形大学デザイン学科室内建築専攻卒業。鈴木康広のアシスタントを経て、2012年独立。実験的なアプローチとプロトタイピングを軸に、多様な現象をデザインしていく。代表作に〈Rust Harvest│錆の収穫〉。グッドデザイン賞、M&O Rising Talents Award、German Design Awardなど受賞。 Photo by Manami Takahashi

何気ない日常の景色から新たな美の概念を見出そうとする狩野の感性に共感を覚えた宮前は、狩野との協働を心に決めた。一方、それまでも度重なる実験、検証を通じ、多彩な錆表現に挑戦してきた狩野だが、これまでとは異なり、錆を写し取る対象は“衣服”。議論を重ねるなかで、宮前が提案したのが“ジーンズ”だった。

「鉱山で働く労働者の作業服として生まれ、その後は時代の変化と共に誰もがファッションを楽しめる自由の象徴として確固たる地位を確立したのがジーンズです。使用しているうちに色褪せたり、変化していく様子が、過ごしてきた時代、モノとして生きた痕跡を残すものとして特別な価値が存在します。このように時間とともにモノが変化する様子を人が魅力に感じる点が、狩野さんが考える錆の美しさと共通しているように感じたのです」(宮前)。

▲アクリル樹脂に転写された狩野の錆コレクション  Photo by Manami Takahashi

独自の文化、文脈のもとに発展してきたファッションは、製造のプロセスやノウハウから、市場規模、社会的役割など、ほかのデザイン分野と大きく一線を画しているように思われる。だが、A-POC ABLEが目指すのは、ファッションの手法に固執せず、自由な発想から物事を判断し、世界をさらに拡張していくこと。そのために、今回の協働でも狩野と宮前は何度も意見交換を繰り返し、互いのクリエイションを重ね合わせていった。




錆が醸し出す瞬間の美を、ジーンズに纏う

実際のものづくりのプロセスとして最初に考えなければいけないことはふたつ。錆の柄そのものをつくるプロセスと、それらを一枚の布に落とし込むプロセスだ。

A-POC ABLEはこれまでも高度な織りの技術で独自のテキスタイルを表現してきたが、今回モチーフとするのは複雑で有機的な錆のかたち。まず、一枚の布を切り出して服をつくるように、鉄板に縮小したジーンズのパターン(型)をレーザーマーキングし、切り取り線やステッチをなぞるように溝を掘り込む。その溝がきっかけとなって錆が発生するような仕組みを考えた。そのために必要とされたのが、狩野の鋭敏な感覚と経験値だ。

▲ジーンズのパターンが刻まれた鉄板(左)と、刻みに沿って錆が広がった鉄板  Photo by Manami Takahashi

「鉄はオレンジ系、銅はグリーン系と、金属の種類によって色の出方は変わりますが、錆の成長を促進するのは水分です。真水、海水、雨水など、水の性質によって発生の様子は異なりますし、天候や湿度、温度によって刻々と状況は変化する。いくつもの異なる環境で溶液に金属板を浸しては、細やかに観察。経験をもとに細かに浸水時間や乾燥などの工程を計算し、ときに天気予報を見ながら保存環境を変えたりしながらプロセスを重ねていきました」(狩野)。

結果的に40点以上の柄を試作。絶妙な色のグラデーションを見せる錆の数々は、A-POC ABLEチームの感覚を刺激する壮観なものだったという。


▲ジーンズの柄を表す鉄板の錆が転写された「原板」とも言えるアクリル樹脂板  Photos by Manami Takahashi

「人の手や感覚による部分と自然現象とを重ね合わせできた唯一無二の錆模様は、見る人や状況によって印象が異なり、想像力を大きく掻き立ててくれます。モノの存在価値が多様化する今、デザインは人々の感覚を動かし、それぞれのストーリーを描き出すきっかけとなるものであるべき。無限に広がっていく錆の成長、そこに見え隠れする特別な光や色と出合えるのは感動的でしたし、すべてが新鮮な体験でした」(宮前)。


▲原板に転写された錆の柄は、超高解像度のスキャナーによってデータ化され、コンピュータ制御された織りのプロセスを経て生地となる。写真は上から、Untitled (Some Rust Ⅲ #311), 2022 とUntitled (Some Rust Ⅲ #100), 2022 © Gottingham Image courtesy of ISSEY MIYAKE INC., Studio Yumakano and Studio Xxingham

嬉しそうに話す宮前の言葉に、はにかみながら狩野は答える。

「一般的にデザインに求められていることが『1を10にすること』と考えるならば、劣化の象徴とも言われる錆から美しい瞬間を取り出して表現に落とし込むこのプロジェクトは『マイナスをプラスにすること』であって、デザインの価値も拡張していると言えるのではないでしょうか。単なる新しい柄の提供をしたのではなく、対話のなかで深くテーマを掘り下げ、これまでにはない文脈のクリエイションを新たな”一枚の布”として実現できたことはとても光栄です」(狩野)。


▲製品として展開されるのはオレンジとブラウンの5ポケットジーンズ。タテ糸にポリエステル、ヨコ糸には太さの異なる2種の綿が使用され、本来の錆がもつ立体的な表情を再現している  Photos by Manami Takahashi

こうして完成した〈TYPE-IV Yuma Kano project〉は、22年7月1日の販売開始と同時に、京都のISSEY MIYAKE KYOTO | KURAで特別展示を開催。完成した2種のジーンズのほか、さまざまな錆模様を収穫したアクリル板の作品や、その錆模様を織り込んだ生地など、クリエイションのプロセスを目にすることができる。また、東京と京都のA-POC ABLEの店舗では、狩野がこれまで手掛けてきた〈Rust Harvest|錆の収穫〉シリーズの新作含む国内未発表作品も展示予定。制作チームを魅了した壮観な世界が広がるだろう。(文/猪飼尚司)End

Photo by Manami Takahashi

KURA展「YUMA KANO」

期間
2022年7月1日(金)- 7月26日(火)
時間
11:00-20:00
会場
ISSEY MIYAKE KYOTO | KURA
京都府京都市中京区柳馬場通三条下ル槌屋町89
詳細
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