リクルートと日本IBMのデザイン組織のトップが語った
「事業にコミットするデザイン組織を目指して」

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2019年、リクルートのデザインを統括する社内横断組織としてデザインマネジメントユニットを立ち上げた磯貝直紀は、これまでの3年間にどのような手応えを感じているだろうか。90年代よりデザインマネジメントをトップダウンで推し進めてきた日本IBMの柴田英喜とともに、ビジネス環境の変化に合わせて変容するデザインの役割や求められるデザイナー像も交えながら、両社のデザイン組織の現在とこれからを語った。

両社に受け継がれるデザイン文化のDNAとは

磯貝直紀(以下、磯貝):柴田さんとは、2022年3月の「UI UX Camp!」というイベントで出会いました。IBMはデザイン活用に力を入れていて、仕組みを体系的に構築している。柴田さんのお話に、共感できるポイントがたくさんありました。

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▲磯貝直紀(いそがい・なおき)/株式会社リクルート デザインマネジメントユニット部長 デザインディレクター。京都工芸繊維大学大学院を修了後、総合デザインファームを経て2015年にリクルート入社。HR、日常消費、学び領域のデジタルプロダクトのデザイン業務に従事。現在は事業横断のデザインマネジメント組織を立ち上げ、デザイン領域に特化したナレッジシェア、コミュニティ化推進をはじめ、リクルート全体のデザイン価値向上に寄与する業務を行っている。

柴田英喜(以下、柴田):IBMは創業時からデザインに力を入れており、1950年代に「Good Design Is Good Business(良いデザインは、良いビジネスになる)」という言葉を掲げています。私は1990年代に入社して以来デザイン部門にいますが、入社時から変わらないのが人間中心というアプローチです。人の役に立つ、社会の役に立つことを実現するために人間中心のプロセスを導入して、プロダクト、サービスをつくってきました。IBMがハードウェアからソフトウェアやサービス・ビジネスにシフトする中で、自社の製品だけでなく、クライアント企業の顧客体験や従業員体験をより良くするデザイン活動を行っています。

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▲柴田英喜(しばた・えいき)/日本アイ・ビー・エム株式会社 コンサルティング事業本部 インタラクティブ・エクスペリエンス デザイン・プリンシパル。ユーザーエクスペリエンスデザインの専門家として金融、保険、通信、公共、製造領域などにおける顧客、従業員の体験デザイン、IBMデザイン思考を活用した新規事業創出に従事。2009年 HCD-Net人間中心設計専門家認定。16年 IBM Design Thinking Leader認定。

磯貝:私は2019年、プロダクトデザイン室にデザインマネジメントユニットという横断型組織を立ち上げました。デザインマネジメントユニットの役割を一言で表すと、それぞれ規模もビジネスモデルもフェーズも異なる、社内のさまざまなデジタルプロダクト、サービスのデザインマネジメントです。そこには大きく3つの役割があります。ひとつ目は、事業立ち上げや変革時に、デザインドリブンでアイデアを具現化すること。理想像をビジュアル化し、検証サイクルを早めることで事業の推進に貢献します。ふたつ目が、ユーザーへの提供価値の最大化。ユーザーのインサイトを捉えて、最適なUI/UXの構築を担う役割です。3つ目は、事業とデザインのバランスを取ること。さまざまなフェーズにある事業に対して、デザイナー(リクルートでの呼び方はデザインディレクター)の観点から支援を行います。

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▲リクルートのデザインを統括する社内横断組織、デザインマネジメントユニット

柴田:長年にわたって、コンシューマー向けの多様なデジタルプロダクト、サービスを運営してきたリクルートが、デザインをどのように活用されているかは興味深いところです。

磯貝:ユーザーにとっての課題を見つけ出し、その解決を通して事業を成立させる広義のデザインは、リクルートの創業時から続くDNAでもあります。かつてのリクルートは、日本を代表するグラフィックデザイナーの亀倉雄策さんが社外取締役として在籍するなど、広義のデザインと狭義のデザインのバランスがうまくとれていました。ところが、サービスが紙媒体からデジタル媒体に移行する中で、狭義のデザインが弱体化したことが大きな課題で、その課題解決がデザインマネジメントユニット発足の原点だったりします。

柴田:IBMの場合、経営層がデザインの本質的な価値を理解していることがDNAと言えるかもしれません。1956年当時、建築家のエリオット・ノイズが中心となり、グラフィックデザイナーのポール・ランド、建築デザインではエーロ・サーリネンやチャールズ&レイ・イームズらと、IBMのデザイン・フィロソフィーをつくりました。2012年には、新たなデザイン文化を社内に醸成するため、1億ドル以上を投資して、デザインカルチャーを社内外に伝えるデザイナーを育て、世界中に多様な人々が集まって共創を行うIBM Studioを開設しました。そして、ビジネス戦略と顧客体験の間に本質的な区別がない今、顧客体験が成長の重要な鍵であると、時代をいち早く捉えて、ビジネス、デザイン、テクノロジーの融合に乗り出しました。

デザインシンキングを全社員にインストール

磯貝:リクルートにおけるデザイン活用はボトムアップで拡大してきましたが、IBMの場合はトップダウン的ですよね。権限も予算も含めて、トップのお墨付きがあったことが推進力になったのでしょうか。

柴田:トップダウンでドライブしたというのは事実ですね。私はIBMコンサルティング事業本部に所属し、さまざまな職種のメンバーと共にクライアントの変革を支援し、共創しています。また、日本IBMにおけるデザイナー職種のキャリア・パスを描き体現すると共に、デザインシンキングの社内浸透をリードするという役割も担っています。業務における課題を見つけて、改善してフィードバックを受けて、スケールさせるデザインシンキングの手法は、あらゆる業務に有効です。全社員にデザインシンキングを根付かせて、日々の業務で成果を出すという取り組みを長年続けてきました。

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▲IBM Design Thinking Leaderも務める柴田氏

磯貝:デザインシンキングは、すんなり浸透するものですか。

柴田:始めた当初は、製品やサービスを開発している組織から限られたメンバーを集めてデザインシンキングを学んでもらう取り組みをしていました。ところが、そのやり方では、参加者はデザインシンキングを学んで満足するものの、それぞれの事業部や部署に戻ると、従来どおりの業務プロセスに戻ってしまう。事業部や部署の一人だけがデザインシンキングを学んでも意味がないことが分かり、その後、開発チーム全員、管理職、エグゼクティブまでにも教育を行うという方針に変えて、全社員に浸透させてきたという経緯があります。
リクルートではどんな取り組みをされていますか。

磯貝:リクルートは2012年に主要事業を分社化(2021年に統合)しており、私は2015年に中途採用でその1社に入ったのですが、デザイン職種も定義されていない状況で、肩身が狭いと感じていました。そこで、各社のデザイナーに声をかけて勉強会を開催するなど、少しずつネットワークをつくって広げるという活動を、草の根的にやっていました。そのうち、デザインがビジネスに貢献できるという実感が、徐々に湧いてきました。そこで、当時の上長に掛け合って、その活動の延長線上に横断型のデザイン組織をつくったという経緯です。現在、所属するデザイナーは60人くらいに増えています。

柴田:ひとりの消費者としての視点では、リクルートはデザインを大事にしていて、よりよいサービス提供につながっていると感じていますが、これからはどのような取り組みをしていくのでしょうか。

磯貝:今後、さらに3つのことに取り組んでいきたいと思います。ひとつは、社内の非デザイナーにも、デザイン、デザインシンキングが大事だと啓蒙する動きです。もうひとつが、デザイン組織の人材の幅を広げていくこと。これまでは、狭義のデザインスキルを持った人材だけがデザイナーでしたが、今後、デザインシンキングも広義のデザインスキルと定義するなど、多様な職能の人材を巻き込んでいきたいと思います。そして、最後が仕組み化です。デザインが暗黙知として存在し、人に依存している側面が大きいと感じています。これを体系的にやっていくと組織に染み付いて、さらなる効果につながると考えています。

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▲今後はリクルート社内におけるデザインの啓蒙、デザイン組織の拡張、仕組み化に取り組むと意欲を語る磯貝氏

柴田:IBMもデザイン教育を受けてきた人材だけではなく、デザインに興味を持っている人をデザイン組織で受け入れることが多くなっています。コンサルタントとして入社して、その後、UXの専門家としてやっていこうと方向転換する人や、反対に、コンサル領域のスキルを獲得していきたいというデザイナーもいます。IBMにおけるデザイナーの定義は、すべての意思決定を人間中心の視点に立って意図を創造することです。それができる人であれば、プロフェッショナルのデザイナーとして活躍できる環境にあります。

よりよい体験にコミットできる集団でありたい

磯貝:インハウスのデザイン組織の強みは、社内で事業や組織のバランスを取りながら、デザインによってビジネスの最大化に挑戦できることです。デザイン組織やデザイナーだけで実現できるものではないので、さまざまな部署の人々とどう連携するかが大事で、そのための翻訳能力やコミュニケーション能力も強く求められますね。

柴田:課題解決自体は、ますます複雑になっています。一昔前なら、デザイナーはプロダクトやパッケージといったひとつのスキルで、課題解決ができたかもしれません。今はステークホルダーが多く課題が複雑化しているため、どう課題解決するかというプロセスの重要性が増しています。あらゆる立場、あらゆる職能の人々と対話しながら、それでいてユーザーにとっての価値をブレさせることなく、人間中心のデザインを貫くことができる。そんな能力が、今、デザイナーに求められているのではないでしょうか。

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▲今、求められるデザイナー像について、白熱した議論が交わされた

磯貝:一方で、今のデザイナーには、「特定のスキルがあればいい」と言い切れないのも悩ましいところです。一言で表現しにくいからこそ価値があるとも言えますが、時代とともに移り変わるデザイナーの定義を、わかりやすく伝える方法を模索しています。

柴田:IBMにはデザイナーのキャリアについて示した、デザイン・キャリア・プレイブックがあって、そこには、デザインやデザイナーの定義、キャリアパス、それぞれ、どんなケイパビリティーが期待されているかも書かれています。

磯貝:リクルートのデザイン部門にも、そういう明確な定義をつくりたいですね。今後、デザインによる事業への貢献度も、もっとはっきり示していきたいと思っています。

柴田:貢献度を示して、事業の成功までコミットしていくというのが重要ですね。リクルートは、ユーザーのよりよい体験を事業のすぐそばで追求している。デザイン組織として、両社の目指しているところはかなり近いと感じました。社会の変化に合わせて、デザインやデザイナーの定義がどう変わろうとも、よりよい体験の実現にコミットできる集団でありたいというのは、昔も今も変わりません。

磯貝:そうですね。組織のあり方や業態は異なりますが、デザイン組織として目指すところは一緒なのかなと感じました。

(文/廣川淳哉、写真/辻井祥太郎)