黒の魅力に立ち返る

2015年に国連でSDGsが制定されたことをきっかけに、性別や年齢にとらわれない多様な価値観が若い世代を中心に驚くほどのスピードで浸透しています。その影響もあり、生活家電市場では性別のイメージに縛られないシックな色の採用が広がっており、そのなかでも特に黒色の数量構成比が拡大しているそうです。

また黒色の商品のみ取り扱うライフスタイルブランドkuros’(東京ソワール)やニュアンスの異なる複数の黒をラインナップに取り揃えた文具[ボールサインiDプラス(サクラクレパス)、ILMILY ニュアンスブラック(パイロット)]、お気に入りの服を黒に染め替えて再生するサービス(京都紋付)など、黒に焦点を当てた取り組みが数多く登場して注目を集めています。

東京ソワール「kuros’」 “黒に魅せられて”をコンセプトに、黒の持つ魅力やパワーを秘めた上質な商品を提案するライフスタイルブランド。

サクラクレパス「ボールサインiD」 個性をさりげなく表現する6色の黒。

京都紋付「御黒染司」 伝統の黒染め技術を活用することで、着られなくなった衣類を蘇らせるアップサイクルな取り組み。

なぜこれほど黒は人々を惹きつけるのでしょうか。その理由を探るために、黒という色が持つ“意味”を調べてみました。黒は光の反射が少ない色なので、暗闇や夜を連想させます。人は暗闇に不安や恐れの感情を呼び起こされるため、黒は多くの国で不吉のシンボルとされる傾向が強く「恐怖・死・不吉・悲哀・絶望・罪悪・敗北」といったネガティブなイメージをもつといわれています。

その一方で、中国では「墨に五彩あり」という言葉が語り継がれていて、墨の濃淡や筆遣いの強弱にはすべての色が内包されていると感じられてきたそうです。日本に目を向けてみても、黒々とした艶やかな髪の毛のことを称賛する「鳥(カラス)の濡羽色」という言葉や、侘寂(わびさび)や間のような日本の美意識を表現するために黒を巧みに操った書道や墨絵、工芸作品が数多く存在しています。こうした事実から黒は悪のシンボルとしてだけではなく、美しさを表現する色としても扱われてきたことが読み取れます。

丸三漆器「秀衡塗の箸箱」(左) 光沢を抑えた仕上げ加工によって漆特有の柔らかな艶を引き出すことで、上品な佇まいが生み出されている。雄勝硯生産販売協同組合「雄勝硯の一輪挿し」(右) 丁寧に磨きあげた面の柔らかさと、割れ肌面の荒々しさとの対比により、強い存在感を放っている。

続いて、1926年にCHANELが発表した黒一色のドレス「Little black dress」、1982年にCOMME des GARÇONSの 川久保 玲と Yohji Yamamotoの山本耀司が発表した黒を前面に押し出したコレクションによってファッション界に巻き起こった「黒の衝撃」を紹介したいと思います。

いずれの作品も装飾は必要最低限に留められていますが、表情豊かで奥深さを感じさせます。これらは豪華絢爛が良しとされた時代に登場して、その固定観念を覆すきっかけとなりました。このような出来事から、黒は「自ら道を切り開こうとする強い意志」を感じさせる色として認識している人も多いようです。

CHANEL「Little Black Dress」(左) 凛々しさと品を兼ね備えた繊細なドレス。COMME des GARÇONS「Hole Sweater」(右) ほつれや穴をわざと残したゆったりしたシルエットのニット。

黒の歴史を辿ってみると、人は黒に対して本能的に恐れを感じつつも、思想や文化、芸術を通じてさまざまな価値を見出してきたことがわかりました。その多面性や独自性はほかの色の追随を許さないものであり、その点が個々の多様な考え方を大切にしようとする現代の価値観にマッチしているのかもしれません。

近年の自動車市場では世界的に無彩色のシェアが高い状態が続いており、その多くは白やグレーが占めていますが、今後は黒にも注目が集まっていくのではないかと予測しています。現状の黒いクルマは、質感表現が限定的なこともあり、無個性で面白みがなかったり、威圧的といった意見が寄せられることもありますが、黒という色が持つ意味に今一度立ち返ることで、新しい価値を感じてもらえるようなデザインに挑戦していきたいと思います。End