馬祖国際芸術島に上陸する—馬祖ビエンナーレ2023

共感地景創作《窓の外の風景》

「馬祖」という名前の島を知っているだろうか?

「馬祖」は知らなくても「媽祖」については聞いたことがあるかもしれない。媽祖は、航海の安全を守る女神の名前だ。海難だけでなくあらゆる災難の守護神として、台湾を中心に東南アジア一帯の海岸沿いで祀られている。

媽祖を祀った廟は、その北限が長崎の媽祖堂といわれてきたが、2006年に横浜中華街に豪華絢爛な廟が建てられた。と思っていたらなんと13年にはJR大久保駅近くに層を成した東京媽祖廟が誕生し、それが年々増築されているという。このことからもわかるように媽祖信仰というのは、形骸化した古い宗教ではなく、また生誕の地の中国福建省や台湾の漁民の信仰だけではなく、東アジア全体に現在進行形で広がっている。

さて、馬祖島というのは、媽祖神がこの島で亡くなったという伝説から名前がついた台湾の離島である。

馬祖の位置。台北松山空港から、馬祖南竿空港までは70人乗りの飛行機で55分。立栄航空とマンダリン航空の2社から毎日複数便が運行している。

馬祖列島は、南竿島、北竿島をはじめ、大きな5つの島と、無人島を含めた大小36の島から成り、面積は29.6 k㎡。日本の与那国島程のさほど興味を引く大きさの島ではないが、その地理的条件は、他に類をみない特徴がある。

馬祖の北緯は26度、台北は25度、台湾本島から200キロ以上北に位置している。ちなみに那覇は北緯26度で、馬祖とほとんど変わらない。そして経度でいうと、東経119度。台北は121度だが、中国の福建省福州市は同じく東経119度。この島は中国大陸からわずか9キロの場所にある。厦門から2キロの金門島とともに、中国大陸に泳いで渡れる台湾の島として有名だ。

つまり、ここは、中国大陸に対する文字通りのフロントラインだ。実際、台湾海峡危機から1979年まで砲撃の危機にさらされていた。軍事管制は92年に解かれたが、その後も重要な軍事拠点と位置づけられており、島は軍人で占められ一般の人が自由に入れるようになったのは94年から。

馬祖列島を見守る媽祖巨神像は、行政の中心地で、一番大きな島である南竿島にある。急峻な崖の上に高さ19.9m。砂浜には軍の船が何艘も接岸している。

戦前は台湾本島から遠く離れていたためか、この島は日本の統治も受けていない。かつてはこの島独自の貨幣が流通しており、台湾で唯一、対岸の福建省福州市の閩東語を主要言語としているなど、独特の文化が根づく秘境だったのである。

ところで、馬祖という地名だが、日本人はこの漢字を見ると「ばそ」とか「まそ」と読むと思うが、台湾の人の発音は違う。「まあつぅ」と聞こえる。その音の通り、現在の馬祖は軍事基地が置かれていたという緊張感はあまりなく、のんびりとした穏やかな雰囲気が漂う。

そんな馬祖島でおこなわれている芸術祭の「馬祖国際芸術島」は、別名馬祖ビエンナーレ、つまり2年に1度開催されるわけだが、初回は2019年の開催予定が、コロナのため当初の予定をずらし、2022年冬に開催された。

2023年のテーマは、「生紅過夏」。生紅とは馬祖の名産である老酒を発酵させるときに生じる桃紅色のこと。過夏は、その老酒が厳しい夏を経て熟成するように、時間をかけて芸術が馬祖で発酵していく過程を表す。2回目の芸術祭はすでに発酵が始まり、初回よりも見どころの多いものとなっている。そんな島の様子を見てまわろう。


馬祖の景観はユニークだ。南竿島には標高248mの山があるように、かなり起伏のある島なのだが、道はつづら折りではなく最短距離に近いかたちで頂に直行し、また降る。島の至るところで目にする、現在でも多い軍の迷彩服や迷彩色のクルマ、さらに自然のままに迷彩柄が生じている朽ちたコンクリート壁があり、島にいて迷彩柄を見ない日はない。


灼熱の太陽の下、媽祖巨神像の台座である展望台でオープニング式典が開催された。展望台から紐が垂れ下げられ、アーティストの胡嘉豪と常芳容による空中サーカスが、また階段部分では地元出身の書家・陳合成による書道パフォーマンスがおこなわれ、喝采を浴びた。この舟形台座は日本の象設計集団にもいた、台湾のランドスケープアーキテクト郭中端が設計している。


馬祖料理の特徴があらわれた豪快な一皿。魚介類が豊富なことがよくわかる。馬祖ではかつて各家庭で老酒をつくっていた。老酒は、餅米を紅麹で発酵させる。その酒粕をさまざまな料理に使うので、赤い色をした料理が多い。

写真右)羅嘉恵《Bygone Days in Old Attire》

伝統的な家々が続く北竿の后沃集落。もともと花崗岩ばかりだった土地に、軍が植林したという。今は緑豊かで、地中海の島のような風景が続いているが、古い家は朽ち果て屋根が抜け、青空が覗く。鳥のさえずりが聞こえる静かな漁村に、住民たちが着ていた服を裂き、現地の子どもたちに結んでもらったという布がたなびく。

劉致宏《漁光》

50年代には武器庫、その前には魚介類の加工に使われていた1900年建造の民家の2階。作品は、海からの風と光で、刻々と形と色が変わる。馬祖近辺でよく獲れる小海老は、透明な個体が群れると、ピンク色の塊になる。それと同じように薄い紅色のプラスチックシートを集積させてこの色が生まれた。海洋プラスチックについて改めて考えて欲しいという警句も込められている。

禾磊建築《開く》

一体どれだけ飲んだのだろう?名産品の老酒の空き瓶でできたガラスの扉。南竿島の津沙集落は馬祖のなかでも伝統的な家屋が残るが、過疎が進み人が住んでいない家屋が多い。廃墟となった住居に扉は必要ないが、これは津沙集落を新たな世界に開く扉としてつくられた。


島の軍事拠点にはナンバリングがしてある。40拠点は海面下の坑道で空港に近いため、頭上近くをひっきりなしに飛行機が飛ぶ。ここにもアート作品が多数展示された。しかし右の壁画は、アート作品ではなく兵士が描いたもの。砲口部から中国大陸の動きを監視する際、差異がわかるように記録した風景画だが、絵の持つ原始的な力を感じさせる。

共感地景創作《植物微星球計畫》

ここ梅石は、かつて、島の遊里だった。梅石の廃墟に、馬祖の固有種の植物を持ち込み、ミストを噴霧させ、温室のような瑞々しい空間を生み出している。轉厝(閩東語で家に帰るという意味)プロジェクトのひとつ。

高橋匡太《通往雲的故鄉(雲の故郷へ)》

日本人アーティスト高橋匡太は、馬祖と、瀬戸内海の男木島の両方で小中学生とワークショップを行った。パンデミックでどこにも行けないときに、雲は国境なくどこにでも流れていくなと思ったという。雲の風船は南竿島の形をしていて、子どもたちが行きたい場所を書いた切符が紐に結ばれている。南竿民族文物館での展示。

陳治旭《収信快楽》

「収信快楽」とは、手紙の冒頭に書かれる挨拶の言葉。兵士は馬祖に派遣されると2、3年は家に帰ることができなかった。馬祖と島外でやりとりされた手紙をフィールドワークで集め、書かれた1万字以上の漢字を抽出し、切り紙で表現した。手紙は馬祖の重要な文化のひとつといえる。

曹楷智《芋を削る阿嬭さん》

スペインに23年いたあと地元に戻り、奥さんの李若梅とともに美術教室を開いているアーティストの曹楷智。2年前に96歳で亡くなった自分の母親を大きな油絵に描き、生前母親が着ていた衣服や生活用品とともに展示をした。母と島への思慕が込められている。

《味蕾実験室—味覚の島》馬祖のお嫁さんたちが作ったお弁当

馬祖には台湾本島をはじめ、中国、ヴェトナム、タイ、インドネシアなど、島外から嫁いでくる人も少なくない。因習の強い島の生活に馴染むのには苦労があるというが、同じ苦労をしている国外からのお嫁さんたちを集めて、故郷の自慢料理をひとつの箱に収めた。馬祖芸術祭期間限定のお弁当。

洪楡橙、林芳多、曹雅評《消えたワームホール》画像提供:馬祖ビエンナーレ

ここは小学校の防空壕だった場所で、フィールドワークのリサーチ結果を展示している。台湾と島を往復する軍艦は、人や物資とともに人々が待ち望む手紙も運んでいた。しかし、手紙には軍の検閲があった。書く文章にも制限があったこの時代に、一番多かったのは「勿念」という二文字、つまりDon’t miss me、私のことを心配しないでという言葉だったという。



蒋介石の像が臨む海の先は、中国大陸。蒋介石の銅像は台湾本島ではほとんどなくなってしまったというが、銅像の背には枕戈待旦(ちんかたいたん・武器を枕に夜明けを待つ)という蒋介石の大書が掲げられたレストランがあり、ともにランドマークとなっている。

最後に芸術祭を総合プロデュースした呉漢中にこのビエンナーレを行うにあたって一番大変だったことは何かと質問してみた。「ひとつは島の人にアートをわかってもらうこと。そしてもうひとつは遠いということですね。台北からですと日本の沖縄に行くのと同じ距離とお金がかかります。そこで芸術祭を実施するのは、いつもとは違った苦労がありました」。

しかし、そんな自然の美しさあふれる秘島だからこそ、じっくりと芸術が味わえる。このビエンナーレは2年ごとに今後3回は続けていく予定だと聞く。次回はぜひあなたも行ってみて欲しい。平和、戦争、人生、芸術といった使い慣らされた言葉の意味を自分自身に問い直す旅になるに違いない。(文/AXIS 辻村亮子)End

第2回馬祖ビエンナーレ「馬祖国際芸術島」

主催
中華文化総会、連江県政府
開催時期
2023年9月23日(土)〜2023年11月12日(日)
公式サイト
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