デザインの視点で紐解く香港の魅力
「DesignInspire In Motion 2023 Tokyo Exhibition」

Photos by Akihiro Morita

自分が暮らす地域や文化に目を向け、自らの仕事を通じてその解釈を形にしていくこと。身近な存在がもつ魅力を新たに探り出していく作業は、日々の仕事や生活の意味を捉え直す契機となるはずだ。香港を拠点にデザインを生業にする3名の若者に、地域と文化を紐解くプロセスを聞いた。

香港の魅力を捉える17の視点

展示会場外観 Photo by HKTDC

香港のビジネス振興とグローバル展開を支援する政府系機関である香港貿易発展局(HKTDC)。さまざまな業種を扱う当局がデザインにフォーカスしたイベントが「DesignInspire in Motion」だ。グラフィックやプロダクト、ファッション、建築、デジタルアートなど、香港のデザイナーたちが手がけるクリエイティブな作品を幅広く紹介することを目的としたポップアップイベントで、これまでに香港、広州で開催されてきた。

3度目の開催となる本イベントの舞台は2023年秋の東京で、テーマは「Design Through Heritage デザインの源流を探る」。東洋と西洋の文化が融合した国際都市・香港での日常生活からインスピレーションを受けた17組のデザイナーたちが、それぞれのアプローチで香港文化を解釈したプロジェクトを、10日間の展示を通じて披露した。

展示会場内 Photo by HKTDC

展示は3つのチャプターで構成されている。「Cityscape of Hong Kong 香港の街並み」は、フォトジェニックな観光地としてだけではない、デザインとしての都市景観とそこでの体験をインスピレーションにしたデザインプロジェクトが集まった。書体デザイナーや空間デザイナー、キュレーターらが、道路標識や遊び場、散歩道や田園地帯まで、さまざまな切り口から香港を読み解いている。

ふたつ目のチャプター「(Re)Industrialisation 産業の再形成」は、デザイナーたちの制作活動やコミュニティ運動が、工業都市としての側面が強かった香港の文化を刷新しつづけている様子を伝えている。テキスタイルやブックデザイン、サステナビリティデザインなどのアプローチを通じて、香港の過去・現在・未来を感じることができる。

3つ目のチャプター「Traditional and Future Crafts 伝統と未来の工芸」では、デザインの細部に宿る素材と工芸の一面に注目。伝統的な鳥かごの技法を応用したテーブルや、生分解性のリネン繊維でつくられたスツール、アップサイクルテキスタイルを用いたドレスなど、伝統を新たな表現に昇華するデザインプロジェクトが披露された。

デザインを通じて地域と文化を読み解く

Fan Lok Yi(ファン・ローク・イー)/香港に拠点を置くキュレーター。調査および共同による芸術的プロセスを通じて都市の空間、歴史および環境の関係性の探求に重点的に取り組んでいる。Make A Difference Institute(創不同学院)のシニア・キュレーターとして、地域密着型のクリエイティブ・プロジェクトのキュレーションを多数行っている。2018年に、20世紀における香港の遊び場の歴史に関する彼女の研究を支援する「M+ / Design Trust Research Grant(M+/デザイン・トラスト・リサーチ助成金)」を獲得。

キュレーターでアーティストでもあるファン・ローク・イーは、都市の歴史や景観デザインを「遊び場」の観点から研究している。自然公園と言われるスケールのものから、住宅街の一角にある公園、その遊具にいたるまで国内外さまざまな事例に精通する。地域の歴史と「遊びのデザイン」を紐づけていくなかで見えてきたこと。それは、遊び場とは子どものためだけのものではない、その土地の文化拠点として広く発展していく装置となりうるということだ。

ファン・ローク・イー「Rediscovering the Sandpit」

「世界中の都市にはそれぞれ独自の文化発展の軌跡があります。一方で、ゲームや遊び場に対する嗜好という点では、人類に共通するものがあると考えているんです。今回の展示では、20世紀におけるさまざまな遊び場に関するリサーチプロジェクトを発表しました。1969年に香港で初めて、おそらく東南アジアでも初の事例として設置された大規模な遊び場である『シェク・レイ・プレイグラウンド(Shek Lei Playground)』がアメリカの彫刻家、ポール・セリンジャーによるデザインであること。遊び場のデザインをひとつの文化交流として捉え、その経緯や当時の資料を辿っていきました。遊び場という存在によって、地域社会で『遊びの記憶』が共有されることが本質的に重要なことです。たとえその遊び場や遊具そのものがなくなったとしても、その場所には別のかたちで文化・公共施設がつくられるなど、さまざまなかたちで地域に影響を残していることが見えてきました」(ファン)。

Tommy Young(トミー・ヤン)/Eureka 建築デザイナー。香港や中国本土の学校キャンパス、住宅設計、商業ビル設計などのプロジェクトを指揮している。

「ソーシャル・ランドスケープ」を活動コンセプトに掲げる建築スタジオ エウレカ(Eureka)もまた、独自のデザインアプローチで都市の解釈に迫っている。発表したふたつのプロジェクト「Reimagine Our Community」「Huts and Fields」に通ずるコラージュの手法について、アソシエイトのトミー・ヤンに聞いた。

エウレカ「Reimagine our Community」

「エウレカの自主研究として始まったプロジェクトです。香港という土地や文化に対して、そこで暮らすわれわれの記憶やインスピレーションを洗い出すうえで、コラージュ的なデザイン手法をとりました。『Reimagine Our Community』ではまず香港の地図を広げて、そこからランダムに選んだ地域を訪れて、建築や標識、道路や街路樹などさまざまなシーンを写真におさめます。荃湾(せんわん)区を対象にしたときには、高低差が大きく橋が多い地域の特徴に紐づいたコラージュ写真をつくり、そのイメージをベースにした新たな建築モデルをデザインして、模型にまで落とし込んでいます。『Huts and Fields』においても、香港を題材にした6つの映画をモチーフに、作中に登場するシーンや造形を抽出して大量のイメージ素材を揃えます。それらを材料に、私たちの思う香港文化に再構成することに取り組みました。そこから生まれたいくつかのテーマを、建築のフロア構成に応用するのが次のステップです。今回は、新しい幼稚園のあり方を想定して、一般的ではない4階建ての幼稚園を構想し、コラージュから生まれたテーマを体現するフロア構成に当てはめていきました。香港を形成する多様性。それは文化や宗教、都市と郊外、ライフスタイルなどさまざまなシーンで感じることができます。点在するさまざまな価値観をデザインの視点で再構成することに、建築という手法の可能性を感じています。単なる商業・経済のためではなく、都市文化を活かしていくための営みとして発展させていきたいです」(トミー)。

Chan Hei Shing(チャン・ヘイ・シン)/香港理工大学デザイン学院 コミュニケーション・デザイン学科客員講師。2016年にエディトリアルデザインに特化したデザインスタジオ「Hei Shing Book Design(ヘイ・シン・ブックデザイン)」を香港に設立した。国内外のデザイン賞の獲得により国際的な認知度を高め、ロンドン、ベルリン、ブリュッセル、東京、北京、上海、香港など世界中で作品の展示を行っている。

ブックデザイナーのチャン・ヘイ・シンは、作家のヒウマン・ラムが地元・香港に古くからある25軒の商店を訪れたエッセイと写真をまとめた本『香港回想(原題:香港遺美)』の装丁を手がけた。香港に残る手工芸や食文化の様子を、現場で使われている個々の道具、日用品、内装や建築といった造形とあわせて垣間見ることができる書籍だ。ページをめくるごとに目に入るレイアウトやマップのデザインへのこだわりはもちろんだが、チャンのいちばんの仕掛けは本書の表紙にある。

チャン・ヘイ・シン『香港回想』

「香港が持つ『美しさ』という無形遺産を感じてもらうために、伝統的なカリグラフィーや活版印刷とは別に、表紙を3つのレイヤーで構成しました。土台となる第1のレイヤーには、上下に3種類の切り抜き加工を施していきます。これらは書籍内で取り上げられている商店のドアにあしらわれている鉄格子のデザインなのです。古き良き香港の風景を手や指で触れてもらえる工夫をしました。第2のレイヤーには香港の街角の様子をまとめた写真を、第3のレイヤーにはそれぞれの商店で見ることができる伝統的な内装タイルを並べました。人々の記憶を喚起すること、そしてレイヤー構造を通して徐々に物語に入っていく楽しみをデザインで表現しました」(チャン)。

国境を越えたデザイン交流への期待

尊敬するデザイナーとして祖父江 慎(エディトリアルデザイナー)の名前を挙げるなど、かねてより日本のブックデザインに関心を寄せていたチャン。新たな表現や技術を探る日々を送っているという。

豆本をより進化させた、加工や工夫を凝らした小さな装丁にもチャレンジをしています。また、日本は印刷技術が強い国です。3Dスタンプ、立体印刷といった技術を取り入れたブックデザインにも挑戦していきたいですね」(チャン)。

また、ファンはこれまでに日本初のアドベンチャーパークである「羽根木プレーパーク」を訪れたり、東京に拠点に公園や広場のプランニングを行うアンスを訪問してコンクリート製の「タコの山」の改修事業に関するヒアリング行うなど、遊び場研究に関するフィールドワークを日本でも行なってきた。

「アメリカと日本の両方にルーツを持つイサム・ノグチによるデザインとして有名な北海道のモエレ沼公園が今も多くの人に愛されているように、やはり遊び場には、国や文化を超えた魅力や価値があるように思います。日本の遊具メーカーへのインタビューを重ねながら、公共、文化、芸術、地域あらゆる切り口で遊び場への知見を深め、新しいデザインのあり方を探る活動を続けていきます」(ファン)。

建築のみならず家具のデザインにも取り組むエウレカは、日本の伝統的な家具メーカーや職人との協業に意欲的だ。

「ファミリービジネスである場合も含めて、代々受け継がれてきた日本の家具づくり、その文化に興味があります。日本の伝統をどのように取り入れ、新しいインテリアや家具のデザインを提案できるかということについて意見交換を始めています」(トミー)。

参加デザイナーたちに一貫する、香港の伝統や文化遺産を汲み取る姿勢は、過去と現在、未来をつなぐデザインのインスピレーションになっているようだ。デザインの視点で香港を解釈しなおす営みは、国内にとどまらない、より多くの文化やプレイヤーたちへと広がる可能性を秘めている。さまざまなコラボレーションが生まれ、新しいデザインが世界に発信されることに期待したい。(文/長谷川智祥)