INTERVIEW | 建築
2024.11.27 10:18
1966年にさいたま市に設立した「西浦和幼稚園」は、働く世代の子育て環境を支援するために「幼保連携型認定こども園」への移行と、既存園舎の老朽化のため、園舎を建て替えることとなった。2024年9月より「認定こども園 こどものにわ 西浦和幼稚園」としての運営を開始している。
子どもたちの記憶に残る建築のあり方を考え、円弧状のテラスとアーチの屋根が特徴的な新園舎が生まれるまでの設計過程を伺った前編。それに続く後編では、施主である熊谷万里子園長を迎え、施主と建築家の間に立つ存在としてプロジェクトを進行したアクシスの遠藤えりか、設計を担当したナスカ一級建築士事務所(以下、NASCA)の桔川卓也と木村寧生の4名に、本プロジェクトの経緯と、プロジェクトデザインの可能性について話を聞いた。
こどもたちが育つ環境にふさわしい、のびのびとした建築に
-本プロジェクトがはじまった経緯についてお聞かせください。
熊谷万里子さん(以下、熊谷) もともと西浦和幼稚園は、長野県の山の中で育った私の父が、こどもたちがのびのびと育つことができる幼稚園をつくりたいと、1966年に創立した幼稚園でした。1993年に父が亡くなってからは私が園長を務めることになり、父の想いを引き継ぎながら運営をしています。
旧園舎の設立から50年以上が経ち、老朽化が進んでしまったため、今後の運営を鑑み、建て替えの必要性を感じていました。また私はもともと建築に興味があり、こどもたちが育つ環境としての建築についても考えていて。建て替えるとすれば、認定こども園へと移行するタイミングが最適だと思い「こどものにわ 西浦和幼稚園」として新園舎をつくることにしたんです。
ー幼稚園から「幼保連携型認定こども園」へと移行する背景にはどのような考えがあったのでしょうか?
熊谷 以前、勤めていたスタッフが産休と育休を取得することになった際に、働きながらこどもたちを育てることができる場所が、これからの時代もっと必要だとあらためて認識したんです。共働きが増え、今後閉園する幼稚園が増えていくかもしれないときに、この場所でスタッフのこどもたちも預かれるようになりたいと考えるようになりました。
-今回、どのような経緯で依頼されたのかをお聞かせください。
熊谷 遠藤さんは夫婦で歯科医院を営んでいる妹の娘で、自慢の姪なんですね(笑)。優秀な子だったので、将来はクリニックを継ぐのかなと思っていたら、意外にも建築の道に進んで。なので、今回相談してみようと声をかけたんです。
遠藤えりか(以下、遠藤) 叔母は私が建築の道に進んだことを特におもしろがってくれました。学生時代には建築の新聞の切り抜きをくれたり、幼稚園建築の視察に誘ってくれたりと、私のことをよく気にかけてくれたんです。私も西浦和幼稚園の卒園生でもあるので、自分の職能や現職で得た幼児教育に関する知見を活かせたらと思い、この仕事を引き受けました。
施主の想いと建築家の役割を明確にするプロジェクトデザイン
-プロジェクトデザインを担当された遠藤さんは、今回のプロジェクトを進行するにあたり、特にどのような点に意識しながら取り組みましたか?
遠藤 園の方々は建築の専門知識があるわけではないので、園と設計するふたりとの間をつなぐ存在であることを意識していました。熊谷園長による理想の園舎に対する想いを紐解きながら設計者に伝えたり、逆に設計意図をわかりやすく園に伝えるなど、お互いの考えをすり合わせていく立場でした。
熊谷 プロジェクト期間中、建て替えはもちろん、移行のための手続きや補助金の申請など、はじめてのことばかりだったので、彼女のような存在がいたことでスムーズに進行することができたと思います。
-設計者として、今回プロジェクトデザインを担う存在がいたことで、プロジェクトにどのような変化が生まれたと感じていますか?
桔川卓也 海外の建築設計事務所では、職能ごとに特化したポジションが明確に分かれている場合も多いですが、日本では建築家がいろんなことをこなさなくてはならず、その分デザインに専念できる時間が減り、クライアントに寄り添える余力がなくなってしまうこともあります。遠藤さんのような立場の方がプロジェクトに入るからこそ、設計者が力を注ぐべきことが明確になりますし、今後日本にこういった体制のプロジェクトが増えていけば、より良い建築と街並みが生まれていくんじゃないかと思いました。
木村寧生 遠藤さんには、私たちだけでは汲み取れなかった熊谷園長の想いを丁寧にヒアリングしていただき、こちらの説明だけではわかりにくい部分を代わりに伝えてもらっていました。いくら施主との信頼関係を築けても、設計者との1対1のやり取りではどうしても言いにくいことがあると思うので、プロジェクトデザインを担う立場の方が参加することで、お互いの思いを共有しやすい座組をつくることができるのではないかと感じます。
デザインの環境をつくる、プロジェクトデザインの可能性
-新園舎がオープンして、園児たちの反応はいかがでしたか?
熊谷 新しい園舎ができたことにまず喜んでいましたし、完成したばかりの頃は、さかんに園内を探検していました。特にテラスと土間の空間の曲線が気に入っているようで、こどもたちは1階のエントランス空間で、サーキットのように三輪車を走らせることを楽しんでいます。
この園では、それぞれの年齢に応じた遊びや学びの体験を大切にしていきたいと思っています。桔川さんが幼稚園の頃に秘密基地をつくった経験がまさにそうですが、やりたいと思ったことをそのときにやることが、その後の人生を豊かにすると思うんです。
今後、卒園したこどもたちの履歴書に「こどものにわ 西浦和幼稚園」の名前が書かれるような、こどもたちが誇りに思えるこども園を目指しています。
-あらためて、今回のプロジェクトデザインのプロセスを振り返ってみていかがですか?
遠藤 建築家に設計をお願いする際に、施主側の発注の能力が試されてしまう状況が多々あると思いますが、発注者が行政や不動産会社でもない限り、ほとんどの方は建築や不動産の専門的な知識はありません。どんな建築をつくりたいのかという理想があったとしても、実現できずに諦めてしまう場合も多いのではないかと思います。建築におけるプロジェクトデザイナーとして、施主の気持ちに寄り添い、建築家が活躍できる環境をつくることの重要性を実感しました。
同様に、幼稚園・こども園への経営や収支計画にも携わることができたのは、プロジェクトデザインの意義を感じる上でも大きかったです。建築設計の立場では、クライアントのビジネスにまで寄り添うケースは稀で、土台となる資金運用がうまくいかず、プロジェクト自体が凍結することも経験してきました。プロジェクトデザイナーとして、資金調達や補助金の申請といった手続きと、収支・運用計画の策定・調整に携わることで、円滑にプロジェクトを実現することができました。
デザインという言葉がより広義な意味に広がるなかで、今回のように「デザインの環境をつくる」こともデザイナーの役割だと思います。建設費の高騰や少子高齢化をはじめ、さまざまな課題が生まれている不確実な社会において、施主の理想を叶え、かつ建築の価値を高める環境をつくるために、プロジェクトデザインだからこそ担うことができるデザインの可能性を感じました。(文/堀合俊博)