REPORT | インテリア / ソーシャル
16時間前
北欧のデザインイベントといえば、ストックホルムファニチャーフェアや、コペンハーゲンの3daysofdesign、ヘルシンキデザインウィークなどが有名だが、南スウェーデンのマルメのデザインイベント「Southern Sweden Design Days(SSDD)」は、ほとんど知られていないのではないだろうか。
マルメはストックホルム、ヨーテボリに次ぐスウェーデン第3の都市。2000年にデンマークとつながるオーレスン橋が開通したことで、コペンハーゲンまで電車やクルマで約30分とアクセスが向上し、国をまたいで通勤する人がいるほど。かつては造船業で盛え、今はそれらの造船所跡地を活用して、ゲームやデザインといったクリエイティブ産業を誘致。再開発が進むクリエイティブハブへと急成長中だ。人口の約半分が35歳以下と若く、移民のルーツをもつ人が多いマルチカルチャーの街でもある。そして南スウェーデンといえば長年ガラス産業で栄えたスコーネ地方があり、イケアの本拠地がある場所でもある。
メイン会場の旧鉄道整備工場「Lokstallarna」。©️Form/Design Center
そんなマルメで開催されるデザインフェスティバルSSDD。Form/Design Centerというスウェーデン南部のデザイン推進機関の主催で、2021年の初開催から今年で5回目を迎え、5月22日から25日に開かれた。北欧デザインはそれなりに知っているつもりだったが、プログラムを見ても知っている名前がほぼなく、逆に興味をそそられて、今回初めて訪れた。
毎年テーマが設けられているが、今年のテーマは「Echo(エコー)」。過去・現在・未来の関係性を探求したり、デザインがどのように共鳴、進化し、周囲に影響を与えるかを考察するという意味だ。メイン会場をはじめ、市内80カ所以上のショップや場所で展示やワークショップ、オープンスタジオやキッズ向けワークショップなど、170以上のプログラムが展開された。その大部分が個人のデザイナーや小規模のブランドによるもので、出展料も抑えられ、ローコストで誰もが参加しやすいインクルーシブな枠組みづくりになっていた。皆が協力してつくり上げるイベントの雰囲気は、文化祭のような雰囲気もあり、どこかダッチデザインウィークと似ている。
メイン会場は郊外の旧鉄道整備工場
メイン会場は、キルセベリ地区の旧鉄道整備工場「Lokstallarna(スウェーデン語でエンジンルーム)」。約6,000㎡のスペースに、家具をはじめとしたプロダクトやファッション、幅広いデザインが集った。セミナーやトークイベントが随時開催されたほか、フードコートやクラフトマーケット、子ども向けのワークショップも人気を博した。
元IKEAのクリエイティブディレクター、マーカス・エングマンによるデザインスタジオ、SKEWED。メイン会場でSKEWEDにとって初となる家具「Everything シリーズ1」を発表した。Photo by Sanae Sato
会場に入ってすぐ目に飛び込んできたのは、デザインスタジオ「SKEWED」の展示。IKEAのクリエイティブディレクターとして、HAYやトム・ディクソン、ヴァージル・アブローとのコラボを実現させたマーカス・エングマンが2019年に立ち上げたデザインスタジオだ。現在はマルメとロンドンを拠点に、IKEA、H&M、NIKEなどをクライアントにもつ彼らが、家具のファーストコレクション「Everything」をローンチした。
「Everything」では、地元の職人と協業し、身近な素材を用いたデザインを展開していく予定だという。シリーズ第一弾となる今回は、スモーランド地方で150年以上の歴史をもつ木工家具ブランド「Wigells」との協業で、アッシュ材を使った直径35/60/90/120cmのラウンド天板と、25/45/74cmの脚を組み合わせた多用途な家具を発表。すべてフラットパックで配送され、4本のネジで留めるだけで完成する。
エングマンは「誤解を恐れずに言うならば、現代版アルヴァ・アアルトの『スツール60』を目指した」と語った。
フォーストベリ・リン設計の木造パビリオンで行われた「Going Pro」。中央はテキスタイルを使いエモーショナルな彫刻作品を制作しているヨーテボリ出身のアーティスト、フリーダ・ロードルンドの作品。タフティングには裏から見ると詩が織り込まれている。©️Form/Design Center
「Going Pro」は、スコーネ地方に拠点を置くアップカミングなクリエイター10人によるグループ展。Form/Design Centerと、スコーネの起業家や中小企業の成長を支援する公的支援機関Almiによる共同事業の一環として、若手クリエイターたちの発表の場を用意。モジュール式で再利用が可能な木造パビリオンは、マルメを拠点とする建築事務所フォーストベリ・リンが設計した。
コペンハーゲンを拠点にするフランス出身のデザイナー、ヤン・ガンドンの「Slide Chair」。アルミ製カーテンレールの端材を曲げ加工したプロトタイプ。©️Form/Design Center
4日間限定のコンテンポラリーな”待合室”
デザイナーのスティーナ・ヘンリクソンとマイ・コメットがキュレーションした「Väntrum(スウェーデン語で待合室)」には、コンテンポラリーデザインが大集合。昨年に続き今年で2回目の開催となり、主催のふたりのほか、イェニー・ノードベリ、スコットランド生まれでスウェーデンを拠点にするデビッド・テイラー、デンマークの気鋭の若手カスパー・キスターなど、31人のデザイナーの作品で構成されたウェイティングルームが4日間限定でオープンした。待合室という名前の通り、どの作品も実際に座ったり、使ったりできるのがポイントで、来場者は作品に触れながらしばしの滞在を楽しんでいた。
右手はロストワックス製法でつくられたスティーナ・ヘンリクソンのスツール兼サイドテーブル、奥に光るのはプラスチックの可能性を探るカスパー・キスターのランプ。Photo by Matilda Warme
シルクのギャザーでドレスアップしたランプはエバ・リンドグレン、手前のどっしりとした木製コンソールは、イラク系スウェーデン人シザール・アレクシスのプロタクト。
ギャラリーに生まれ変わった、50年代のガソリンスタンド
次に紹介するのは、テキスタイルデザイナーのカリン・マイレンダーが運営する、駐車場の敷地にポツンと佇む小さなギャラリーTankenだ。「Weave!」というタイトルの下、マルメの工房でありアーティスト集団でもあるMALMÖVÄV(マルメヴェーヴ)で制作するメンバーの作品を紹介した。伝統的な織機を使ってつくられたコンテンポラリーなテキスタイルが並び、小さいけれど見応えのある展示だった。
1950年代の元ガソリンスタンドをリノベーションしたTankenのギャラリースペース。©️Form/Design Center
手前は麦わらを使ったソフィ・トレソンの作品、中央の幾何学的なパターンのテキスタイルはカリン・マイレンダーの作品。©️Form/Design Center
デザイナーや建築家のオープンスタジオへ!
この期間、さまざまなクリエイターがスタジオを開放しているが、その中から3組を紹介しよう。
アートとデザインの境界を横断する実験的なアプローチを武器に、コレクタブルデザインの世界で活躍するイェニー・ノードベリ。しばらく郊外で田舎暮らしをしていたものの、最近マルメに戻ってきたばかりだという彼女は、完成間もないスタジオを公開。制作の現場で彼女本人に話を聞くことができるほか、朝食会やサウンドバスなどのイベントも行われた。
イェニー・ノードベリが手にしているのは、20世紀半ばに活躍した画家インゲル・エクダール(Inger Ekdahl)へのオマージュである照明「Inger」。©️Form/Design Center
7年ぶりにマルメに戻ってきたイェニー・ノードベリのスタジオ。普段はここで溶接をはじめとした制作を自ら手がけているという。©️Form/Design Center
バーチ材のシェルフに、過去の作品やリサーチの模型が並ぶフォーストベリ・リンのオフィス。メイン会場の「Going Pro」展のパビリオンの模型も。Photo by Förstberg Ling
続いて、ルンド大学で出会ったビヨーン・フォーストベリとミカル・リンによって2015年に設立されたフォーストベリ・リン。マルメで今、とても存在感のある建築事務所だ。彼らのオープンスタジオでは「Shelf Life」と題して、バーチ材の探求から生まれた棚に、これまでのモデルやプロトタイプを展示していた。
Streckのオフィスにて、「Hook Me Up」を企画したデザイナーのエバ・リンドグレン(右)とピア・ヘーグマン。左手のグリーンのチェアはヘーグマンの「GLITCH IN THE HOME OFFICE」。Photo by Sanae Sato
最後は、デザイン、アート、建築の各分野で活動するフリーランスのメンバーで構成される、クリエイティブなシェアオフィスStreck。普段からここで働くデザイナーのエバ・リンドグレンとピア・ヘーグマンは、イベントを通して出会いを育むマッチメーカーとなることを目指したといい、今回の展示のタイトル「Hook me up(つないでください)」はダブルミーニングだ。
28人のデザイナーがオリジナルのフックを展示するとともに、その横の掲示板には「ジム仲間募集」「包丁研ぎ師を探しています」「建築の仕事をください」などなど、出展者をはじめ訪問者も自分の連絡先とともにメモを残すことができた。「日本での展示もできたらいいな、ご連絡お待ちしています」とリンドグレンとヘーグマン。
Streckで働くメンバーのほか、マルメに関わりのあるデザイナーたちによる、素材も製法も異なる自由なフックがずらり。Photo by Ebba Lindgren
「デザインパートナー募集中」「カメラマンを探しています」など、見ているだけでも楽しい掲示板。Streckはマルメのクリエイティブなネットワークハブになっていた。Photo by Ebba Lindgren
可能性にあふれるマルメのデザインシーン
上記でピックアップしたイベントの中でも、同じデザイナーがあちらとこちらで出展していたり、小さな街なので多くの場合は友達だったり、見ているうちにマルメのデザインコミュニティが把握できる。マルメにはデザインスクールはないが、近隣のルンド大学、デンマーク王立芸術アカデミーなどがあり、パンデミックが終わり郊外から都市に帰ってきたデザイナーや、広く大きなスペースを求めてやってきた若手アーティストなどにも出会った。
全体を通してスウェーデン人も外国人も、普段からマルメにいる人もそうでない人も、みんなで協力し合って南スウェーデンを盛り上げよう、というオープンで温かな空気が流れている。荒削りなものも多いが、伸びしろの大きさを感じさせるデザインイベントだった。