「畏怖 お化けのいないお化け屋敷、感覚と恐怖をデザインする」の舞台裏 山中一宏さん、太田琢人さん、竹下早紀さんに聞く

左から、太田琢人さん、竹下早紀さん、山中一宏さん。2024年当時、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科主任教授と助手という間柄。Photo by Junya Igarashi

昨年大好評を博した「畏怖(if) お化けのいないお化け屋敷、感覚と恐怖をデザインする」が、今年もアクシスギャラリーで開催中です。タイトルは「畏怖 II -耳道-」。「恐怖」をデザインすることに、ユーモラスな姿勢を保ちつつも真剣に取り組む3人ーープロデューサーの山中一宏さん、企画・デザインの太田琢人さん、竹下早紀さんに話をうかがいました。まだ体験していない方も、このインタビューを通じて、その奥深い世界を想像してみてください。

きっかけは音声番組「スナックあくしす」の一言

ーープロデュース、企画・デザインを務める山中一宏さん(デザイナー/武蔵野美術大学教授)が、アクシスの音声配信番組「スナックあくしす」に出演した際の何気ない一言。それが昨年の開催のきっかけになったと言います。

山中一宏:小学生の頃、地区の公民館や公園でお化け屋敷の企画を立ち上げて、人を驚かすといったことを不定期的にやっていたんです。その話を番組でしたら「アクシスギャラリーでやりましょう」と言われました。冗談だと思ったら、本気だったようで。

自分のなかではお化け屋敷とデザインは、最初はリンクしていませんでした。改めて、デザイナーがつくるお化け屋敷って何だろうと考え、単に人を驚かすのではなく「人の想像力をかき立てることによる恐怖」をテーマにしたら、何か普通のお化け屋敷とは違うものができるのでは、と思ったんです。

想像力はデザインと結びついています。そして、恐怖とは感情のなかで原始的で、最も個人的な想像力によるものです。この企画に取り組むことで、デザインと恐怖の結びつきに気づきました。とはいえ、大人になってから初めて企画するお化け屋敷なので、そもそも人が来てくれるのか、怖がってくれるのか始めるまでは想像がつきませんでした。

ーー結果、昨年は来場者が途切れることなく大成功。体験した後、わざわざ入り口に戻って感想を伝えに来る来場者も多く、入場待ちで並んでいた人たちがさらに盛り上がるという好循環も生まれました。

山中:予想以上の来場者の数に恵まれて嬉しかった半面、デザイナーがつくるお化け屋敷としては、もっと何かできるのではないかとも思いました。要素をさらに削ぎ落とすことで個々の想像力を喚起し、そこに完全に依存するということ。最小限の仕掛けで場を構成することによって、一人ひとりの内にある恐怖を呼び覚まし、恐ろしさの深度を増すことができるのではないかと思います。その恐怖は、出口を迎えてもどこかで続いてしまうような、終わりのないループのような体験へとつながっていったら素敵ではないでしょうか。

2025年「畏怖(if)II -耳道- お化けのいないお化け屋敷、感覚と恐怖をデザインする」のメインビジュアル

「気持ち悪い」は「怖い」と違う

ーー昨年、3人が最初に取り組んだのは、「恐怖とは何か」をすり合わせることだったと聞いています。

太田琢人:3人それぞれで怖いという感覚がかなり違っていますね。基本的に僕のなかでは怖いも気持ち悪いも同じようなモノなんですけど……。

竹下早紀:「気持ち悪い」は「怖い」とは全然違いますよ!

太田:例えば、揚げ物をつくっている音に聞こえていたものが、本当は大量のゴキブリが動いている動画から来ている、みたいな? これは怖いのか気持ち悪いのか。

竹下:気持ち悪いですよ。私はゴキブリが怖いけど、ふたりはそうじゃないじゃないですか。特定の人だけに刺さる恐怖は、この企画には向かないね、と話し合いました。

山中:あくまでも、脅かすのではなく、想像力によってじわじわ染み込むような怖さという軸はぶれないように考えていきました。

太田:僕はお化けも高い所も全然怖くないんですが、以前山中さんに「高所恐怖症の人は想像力があるから高いところが怖いんだよ」って言われて、それって僕には想像力がないってことですか?(笑)。

竹下:ちなみに、私はお化け屋敷は全然好きじゃありません!

太田:僕はホラー映画やスプラッター映画は好きでたくさん見ています。昨年も本当はもっともっと怖くしたかったんですよね。

竹下:ネタ出しのなかには、あったら嫌なアイデアがたくさんありました。

太田:そういうアイデアの初回の実験台は、基本的に竹下さんにやってもらっています(笑)。

竹下:ひどいですよね。

山中:今年のネタ選びは、昨年3人で共通認識がつくれていることもあり進みが早かったですね。

「畏怖 II -耳道-」がフォーカスするのは聴覚

「恐怖」をデザインするとは

ーー日頃からデザインやクリエイティブに関わっている3人ですが、それぞれの視点から、この企画をどう捉えているのでしょうか。

山中:人の感情はコントロールできることを再認識しました。入場前は待たされて少し不機嫌そうだった人が、出てくると浄化されたような顔になっていたり。喜びや悲しみは隠せても、恐怖は隠せない感情なのだなと感じました。そして、人が何をどう感じるのかを徹底的に追い詰めるのがデザインの仕事であり、デザインとは見た目を整えるだけでなく、人の感覚そのものを操作できるものです。感情をどうデザインするのか。そういった意味で、このお化け屋敷は感情に最も直接触れられる、真面目な実験場だと感じています。

太田:恐怖は隠せない、ということで言えば、昨年は会場内で独り言をつぶやく人が多かったんです。ホラー映画で警備員が口笛を吹いているように、怖さとバランスを取るような行動をとるのだなと気づきました。つくり手としてはどれだけ面白くできるかだけに興味があります。大体アイデア出しの途中から大喜利みたいになってきて、誰が一番くだらなくて笑えるかみたいなノリになっているときが一番クリエイティブを感じますね。頭フル回転みたいな。

竹下:そもそも謎企画だな〜と思いつつも、3人で考えたり制作するのは楽しいです。私は普段目に見えるものを制作していますが、「畏怖」のテーマは目に見えないもの。色や形を無視できる経験は初めてでした。見えないぶん、触覚が敏感になるため手に触れたときの質感は検証を重ねました。普段とは異なるテーマに触れたことで、デザインの考え方が広がった感じです。たくさんの人の気持ちになってみる、そして触覚というダイレクトな感覚が中心になり、それが研ぎ澄まされていく経験は、日常のさまざまなシーンに導入することができるのだろうと思います。

山中一宏/1971年東京生まれ。6才の頃より家具づくりを始める。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科インテリアデザインコース卒業後、渡英。1997年ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了。同年ロンドンにKazuhiro Yamanaka Officeを設立。家具デザインから照明デザイン、照明インスタレーションまでを手がける。クライアントはパルッコ、リーンロゼ、ボッフィ、インゴマウラー、アレッシなど世界のトップ企業、また世界各地の美術館にわたる。2004年イタリア・ミラノサローネにて「デザインレポートアワード」最優秀賞受賞。2023年iFデザインアワード受賞。その他受賞多数。作品の一部はニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションに選定されている。現在、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科主任教授。

太田琢人/1993年フランス生まれ。2017年武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業。2022年東京藝術大学美術研究科デザイン専攻修士課程卒業。物と人間のコミュニケーションについて興味を持ち、日常の観察の中で新たな視座の発見を作品へ変換する。特定の分野に固執せず、プロセスや考え方の流動性と多元的思考を大切にしている。主な展示に「Thinking Piece」(Dropcity、イタリア、2023)、「藝大アーツイン丸の内2022」(丸ビル、東京)、「ミラノサローネ」(イタリア、2022)など。

竹下早紀/1996年福岡県生まれ。2019年に武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科を卒業後、日本デザインセンター三澤デザイン研究室を経て独立。ギターのエフェクターからインテリアプロダクトなど幅広くデザインし、国内外で作品制作・発表を行う。主な受賞・展示に2017年台北松山文創園区アーティストレジデンス個展、TOKYO MIDTOWN AWARD 2018優秀賞、2019年武蔵野美術大学卒業制作優秀賞、「ミラノサローネ」(イタリア、2023)など。

今年の「畏怖」は、聴覚が道しるべ

ーー今年は「昨年は、触覚が頼りでしたが、今年は聴覚のみが道しるべ」と告知しています。ネタばれにならない範囲で教えてください。

山中:要素を減らすということです。昨年は壁だけが頼りでしたが、壁さえもなくすと恐怖がぐっと深まる。最初は霧のなかを行き先もわからず歩くような、ホワイトアウトの「暗くないお化け屋敷」をつくろうとも考えましたが、そこから具体的な検討を重ねるなかで変更になりました。恐怖は五感のすべてをフル稼働させる最高のメディア。さまざまなセンサーに頼る現代において、鈍っている感覚を研ぎすますような場を、今年も試みています。

太田:最近、大音量にさらされることで聴覚が鈍くなっている人が増えています。来場の1週間前からイヤホンを使わず、耳掃除をしてから来てもらえると面白さが増すかもですね。ん〜、なんかこのインタビュー真面目すぎません? 山中さん、今日はずいぶん清廉潔白なかっこいい一流デザイナーを気取ってますね。もっと変なおじさんじゃないですか、普段。ほら、竹下は通常運転ですよ。

山中:確かに! ただ、もともと僕は至って真面目な人間ですよ。なんちゃって(笑)。

竹下:私なんか耳掃除がとても好きで、毎日やっています。先端にカメラがついた耳かきで耳の中を見るのが大好きなんです。母も耳掃除が好きなので遺伝だと思います。

山中:見えないものに重い意味と価値があるという話なのに、見えて嬉しいでは本末転倒でしょ。

太田:見えないものが見えるのが良いのですよ!

竹下:「耳かっぽじって来いよー!」(読者に)。End

畏怖(if)II -耳道- お化けのいないお化け屋敷、感覚と恐怖をデザインする

会期
2025年8月21日(木)〜24日(日)、28日(木)〜31日(日)13:00〜20:00
会場
アクシスギャラリー(東京都港区六本木5-17-1 AXISビル4F)
対象
暗闇を歩くことができる方。小学生以上
入場料
1,000円(日時指定予約制)
お申し込み
https://kocchinioide.peatix.com