英国発テクノロジーブランド「Nothing」CEOが語る
日本市場とプロダクトデザインの親和性

カール・ペイ/1989年中国生まれ、幼少期に米国とスウェーデンで育つ。ストックホルム商科大学で学び、2013年にOnePlusを共同創業。20年に英国でNothingを立ち上げ、独創的なデザインと高品質を武器にグローバルで成長を牽引する。

PCからロボット掃除機にいたるまで、新たなジャンルの製品が世に出て間もないときには多くのメーカーがしのぎを削ってきた。市場には数多くのデザインが与えられた商品が華々しく並び、テクノロジーが変える未来の暮らしに気持ちをはせる。
だが、テックジャイアントがかつてない力を得た今日、そのように胸躍らせる瞬間は遠ざかって久しい。スマートフォンのように日常化して機能の大幅な進化も見られない製品に関しては、なおさらだ。近年、国内外のデザイン系スタートアップが果敢に製品開発へ挑戦する例もあったが、市場で生き残るために超えるべきハードルは高かった。
まだ世界がコロナ禍のさなかにあった2020年12月、英国から彗星のように現れたのがNothing Technology(ナッシングテクノロジー)社だ。 “コンシューマー・テクノロジー・ブランド”を謳う「Nothing」の名を冠したデジタル製品をグローバルに展開、創業から4年で累計売上が10億米ドルを超えたという。
スマートフォンの新たなフラッグシップモデル「Phone (3)」と、英国の名門オーディオブランドであるKEFと共同開発したワイヤレスヘッドフォン「Headphone (1)」の日本発売に合わせて来日したCEOのカール・ペイに聞いた。

8月末に開催された発売イベントで披露された「Phone (3)」と「Headphone (1)」。

多文化を体験した「インターネット育ち」の起業家

トランスペアレントの筐体と、グリッドデザインの背面を持つPhone (3)。2025年8月末に日本市場へ投入された新製品を手に取り感じたのは、独自性を目指しながらも気をてらわない王道のプロダクトデザイン。さらに骨太なデジタルガジェットを世に出そうとする心意気をHeadphone (1)に感じた。こうした「攻めの姿勢」に今や懐かしさすら感じる。そんなNothingを率いるのはどういう人物なのか。

複数メディアの取材を精力的にこなすカール・ペイは、1989年中国生まれの36歳。研究職に就く両親の仕事の都合で93年に渡米。ニューヨーク州スタテンアイランドで7歳まで過ごす。幼少期の体験は「いじめも日常茶飯事、荒々しい地域でショックを受けた」。冷戦が集結した世界のリアルが、等身大の姿で少年に訪れた。

96年に一家はスウェーデンへ移住。インターネットがいち早く普及し出した国で、自然と「デジタルネイティブ世代」に育っていく。両親からコンピュータを買い与えられたことが大きな転機となった。

「10代の自分が『どのようにしたらお金を稼げるのか』を考えました。そこでまず、身近なテーマでホームページを制作したのです。1つ目がポケモンのサイト、2つ目がドラゴンボールのサイトでした。結構トラフィックが向上して、広告を販売するビジネスが成り立ったのです」。

自らを「インターネット育ち、テクノロジーガジェット好き」と称する。叔父がノキアやモトローラに勤務していたことも現在に影響をおよぼしている。

「彼は当時のモバイル業界の最先端にいたので、よく古くなったガジェットをもらいました。初代のiPodが発売されたとき、僕はたぶん学校でいちばん早く手に入れたんじゃないかな。あのスクロールホイールは大好きなインタフェースでした。それがデザインに惚れ込んだきっかけです」。

ストックホルム商科大学に進み、経済学とビジネス経営学を専攻。その後、オンラインゲームとネットのスモールビジネスに夢中になった。

イベントでプレゼンテーションするカール。

結局はすべて製品の品質がものをいう

デジタルのガジェットとネットビジネスへの情熱が融合して花開いたのは24歳。中国OPPO傘下のスマートフォンメーカーとなる「OnePlus」を、OPPO元副社長のピート・ラウと共同創業によってスタートしたのだ。

「私たちは毎日平均5時間もスマートフォンを使っています。それほど長い時間を費やす他の製品はありません。大きなスマートフォン事業を築ければ、ハードウェアとソフトウェア、サービスを組み合わせたビジネスを長期的に構築できると考えました」。

最初の2年ほどのOnePlusは「招待状がないと購入できないスマートフォン」というブランド戦略でプレミアムスマホの地位を確立。その後もカメラにスウェーデンの老舗メーカー「ハッセルブラッド」のレンズを採用するなど、本格志向の製品づくりをモットーにした。

OnePlusにおける足掛け8年の経験で、ペイは「マーケティングにも増して、製品の品質がより重要と学んだ」と語る。傍目には20代で起業した成功者に映るが、それほど簡単なビジネスではなかった。

「それまで個人のウェブサイトや小さなビジネスをやったことがあるだけで、多くの失敗をしました。私が学んだいちばん大切な教訓は、結局は『製品がすべて』ということ。人々が新製品の発売で行列をするのは、そのプロダクトが良いものだと知っているからです。もし悪い製品であれば、誰も並んだりはしません。いくらカッコいい製品だというブランディングをしても、肝心の製品がしっかりしていなければ意味がない」

まずはハードウェアの品質に妥協せずにこだわったうえで、ソフトウェアやサービスを提供する。英国でNothingを創業してから5年のあいだ、地に足を付けてユーザーの裾野を広げていった結果、300万人に達するユーザーコミュニティを擁する規模になった。

「私たちが新しい製品をつくるときは、まず世界中にいるコミュニティメンバーの言葉に耳を傾けます」というペイの言葉通り、Nothingコミュニティでは英語とドイツ語でディスカッションが交わされている。

この場を通じて生まれた新機能がPhone (3)の背面にある「Glyphマトリックス」。489個のマイクロLEDで構成される小さな円形のモノクロウィンドウだ。天気予報やミニゲームなどのアプリ開発が自由にできるようSDK(ソフトウェア開発キット)がユーザーに解放されている。

フラッグシップモデル「Phone (3)」はAndroid 15とNothing OS 3.5を搭載するスマートフォン(Android 16とNothing OS 4.0は、2025年第3四半期にアップデート予定)。12GB + 256GBモデルが12万4,800円、16GB + 512GBモデルが13万9,800円。ホワイトとブラックの2色展開。

グリッドデザインと円形LEDウインドウ「Glyphマトリックス」が印象的なPhone (3)の背面。フロントカメラを含む4つのカメラがすべて5,000万画素の性能を持つ。


スクウェア型のイヤーパッドが目を引くワイヤレスヘッドフォン「Headphone (1)」は3万9,800円。英国発祥のオーディオブランドKEFが60年以上にわたって培ってきた音響技術を採用した。こちらもホワイトとブラックの2色展開。

多くのデザイナーに投資し、活躍してもらいたい

最後に、日本市場や日本のデザイナーに関してペイに聞いた。彼は日本のユーザーを「デザインを特に重視する層」と認識している。

「2021年にNothingの製品を初めて発表した際、日本では正式に販売していなかったにも関わらず、日本からウェブサイトへのアクセスがすでに多くありました。私たちは単なるテクノロジーブランドではなく、ライフスタイルブランドとして自分たちを位置付けています。そのため家電量販店だけでなく、『蔦屋書店』などのチャンネルも使って幅広い展開を行ってきました」。

今回、日本での新たな販路として楽天モバイルと提携したNothing。「私たちと価値観が合っていると思う」とペイは言う。

「彼らは業界で第4位のキャリアであり、規模がそこまで大きくない。革新を起こし、技術に投資し、新たなパートナーや製品を見つける必要があります。他の大手キャリアと懸命に競争しなければなりません。一方、私たちも業界で最も小規模です。だからこそ、より一層努力し、よく考え、行動する必要がある。つまり、私たちの文化は似通っているのです」。

Nothingのイベントで登壇する楽天モバイル CTOのシャラッド・スリオアストーア。

日本におけるNothingのユーザー層は、ペイによれば「およそ10%がクリエイティブ関係者」で構成されている。「若いクリエイティブ層をターゲットにすると、そこに入っていない人たちも狙える。日本全体の人口でクリエイティブ産業に従事している人はわずか1%であり、その10倍に支持されている計算です。今年はグローバルで10億ドルの売上というビジネス目標もありますが、私たちにとって重要なのはやはり製品。日本でも多くの人々が製品を気に入ってくれれば、結果として数字は良くなるでしょう」。

ハードウェアを手がけるスタートアップを志す人たちに向けて助言を求めると、それはとても難しい話だとしながらも、最も大事なのは投資、つまりファンディングだとペイは語った。Nothingはシード期に数々の有名投資家がリストに名を連ねたことでも知られる。その後、グーグルベンチャーキャピタルファンド、スウェーデンのキャピタルファンドEQTからも大型の資金調達に成功した。

「アイデアだけを持っていても、ものづくりの仕組みを十分に理解していないスタートアップ創業者をよく見かけます。設計から製造、品質管理に至るまで備えなければいけない能力があるはず。経験の浅い創業者は製品のデザインやブランディングにしか目を向けず、それ以外に対応しなければならないことが多岐にわたることを忘れていたり、知らなかったりするケースもあるのだと思います」。

現在、Nothingにはハードウェア部門だけで50人になるデザインチームがある。デザインディレクターにはダイソンでデザインとプロダクトUXを担当していたアダム・ベイツが就いている。

「ぜひ私たちに協力してほしいと思う日本の著名なデザイナーが何人かいます。また、アップルのデザインチームからも人材が移籍してきています。しかしそれだけでなく、会社として若い人材にも投資すべきだと考えています。世界中の大学から人材を採用して、ロンドンで活躍する機会を提供する。最高のポテンシャルを持つ若い人材を見つけて投資していくことが何よりも重要です」。End

Nothing Technologyがロンドンで拠点を置くのは、英国を代表するデザイナーであるトーマス・ヘザウィックがかつてスタジオを構えたスペース。