REPORT | ソーシャル / 建築
2025.12.23 10:32

リジェネレイティブ・フューチャーズ・スタジオ外観。手前に見えるのはスタジオで学ぶ予定の学生たちが前年度にデザインし、製作した古材のテーブル。天板内に植えられているのはレモン。Photo by Earl Carter
2025年1月の開設以来、サステナブルなコンセプトで話題になっている、オーストラリアにある「Woodleigh School(ウッドレイ・スクール)」の新校舎「リジェネレイティブ・フューチャーズ・スタジオ」。設計を手がけたのはメルボルンの建築事務所Mclldowie Partnersだ。ここで開かれたトークイベント「CLIMATERELAY: BUILDING」では、普段、一般の人が立ち入ることの難しい私立学校内を見学でき、同スタジオの設計者であるフランク・バーリッジ(元Mclldowie Partners、現在はMain&Frankを共同主宰)はじめ、クリエイティブシーンを牽引する理論家たちが登壇するとあって、会場は満員となった。
トークの様子と先進的なコンセプトに基づいて設計された「リジェネレイティブ・フューチャーズ・スタジオ」を紹介する。

シニア校舎側から見た外観。黒い外装は、空気清浄効果のあるバイオ炭をスプレーで吹きつけた仕上げ。Photo by Earl Carter

屋上には、厚さ150mmの土壌を全面に敷き、カンガルーグラスやヤムデイジーなどのネイティブプランツが植えられた。この屋上に蝶が育つ環境をつくりたかったとヨーストは語った。Photo by Earl Carter
地球の未来について学ぶためにつくられた校舎
「ウッドレイ・スクール」は、メルボルン中心部からモーニントン半島方面にクルマで1時間ほど南下した自然豊かなエリアにある、幼稚園児から高校生までが通う私立の一貫校。学内に設けられた「リジェネレイティブ・フューチャー・スタジオ」は、オーストラリアでイヤー10と呼ばれる、日本の高校1年生にあたる生徒が、持続可能な地球の未来について1年間学ぶためにつくられた専用の校舎である。この学校独自のカリキュラムも十分魅力的だが、学びを机上だけではなく、よりリアルな体験として伝えるために校舎を新設したことにも驚かされる。
高校2、3年生が使うシニア校舎には、各教室間をつなぐ広々とした多目的スペースに暖炉があり、その周囲にソファが配され、別荘のリビングルームのような趣きだったことが印象に残る。その狙いを聞くと、デビッド・ベーカー校長は、「生徒のウェルビーイングを第一に考えているので、生徒同士や生徒と教師らがコミュニケーションできるこのエリアがとても大切なんだ」と教えてくれた。
そして、ついに足を踏み入れることができた平家建ての「リジェネレイティブ・フューチャーズ・スタジオ」は、木立に囲まれた別棟として計画されており、草が生い茂った屋根や見慣れない内装材、家具に、自ずとトークイベントへの期待が高まった。

ウッドレイ・スクール校長のデビッド・ベイカー。Photos by Reiji Yamakura(クレジットのない写真すべて)

リジェネレイティブ・フューチャーズ・スタジオは中庭を挟む3棟で構成される。手前に見える横長の建築は、5つの教室を含むメイン棟。
住宅不足とCO2排出量の抑制は表裏一体
このトークを主催したのは、建築分野の著名ライターでコンサルタントとしても活動するアンドリュー・マッケンジー(CityLab)と、建築やイベントのプロデュースを手がけるサム・レッドストン(Open House Melbourneチェアマン)。それぞれがビジネスとは別に、気候変動にフォーカスしたイベントや動画配信を通して啓発活動をしようと、2025年にユニットClimate 360°を立ち上げた。
録画済みのコンテンツと会場でのトークを組み合わせたイベントには、オーストラリアの都市開発や建築デザイン分野などで活躍する7人のゲストが登壇した。

司会を務めた主催者のひとり、アンドリュー・マッケンジー。Photos by Reiji Yamakura(以下クレジットのない写真すべて)

ゲストとして登壇したのは、左からメルボルン大学教授のダン・ヒル、建築家のフランク・バーリッジ、ランドスケープアーキテクトのヤニス・フィッシャーの3人。
最初のトークでは、メルボルン大学デザイン学科のダン・ヒル教授が、デンマークの先進的な取り組みを参考にしながら自身が策定に携わり、4月に公開したCO2削減に向けたロードマップ「Australian Reduction Roadmap」を例に挙げ、建築物をつくる際に排出するCO2量の大きさを指摘。現在、オーストラリアの新築住宅の平米あたりの二酸化炭素排出量は、461.8kgCO2e/(m2・a)であり、パリ協定の数値目標を達成するには段階的に約98%削減し、6.63kgCO2e/(m2・a)にする必要があると語った。
また、都市部で大きな課題となっている住宅の供給不足に対しては、20万戸の新築住宅を建てるとそのCO2排出量は、国内のCO2総排出量の2倍に当たるという試算を示しながら、住宅不足とCO2は、法整備の面では経済問題と環境問題として別々に見なされるが、同時に考えければ意味がないと強調した。
続けて、ダン教授は、150年前の建築に使われていた土や竹、藁などはバイオマス素材として見直すべきで、近年はブロック状にして建材として使えるヘンプクリートに注目していると語った。
その発言を受けてふたり目に登場した、ニューサウスウェールズ州の農業家ダグ・レニー(Outback Hemp)は、根が深く張るヘンプを栽培すると、地中の通気性が高まるとともに微生物の活動が増えるため、農地の土壌改良に大きな効用があると指摘した。そして、3週間で高さ5mに成長するヘンプをただ捨てるのはもったいなく、ヘンプクリートづくりに挑戦したというのだ。彼らは、茎からヘンプ・ハードと呼ばれる硬い部分だけを取り出す機械を自作し、それを骨材としたヘンプクリートの製作に取り組んでいる。

学生と教員が使うコミューナルキッチンの収納扉はすべて、ヘンプからつくったMDFのようなパネル材が用いられている。Photo by Earl Carter
過去2年間に建てられた公立校のなかで最も安価
ここから話題は、校舎のデザインに及んでいく。続いて登場した環境活動家のヨースト・バッカー(Future Food System)は、Mclldowie Partnersのコラボレーターとして「リジェネレイティブ・フューチャーズ・スタジオ」のデザインに密接に関わった人物だ。フラワーアーティストとしてキャリアをスタートした彼は、2006年に大量の藁を壁に用いた自宅が国内外から注目を集め、その後もゼロ・ウェイスト・レストランの運営やグリーン建築のプロジェクトを実践してきた。自然を愛するヨーストにとって、建築を建てるときにいちばん気にしているのは、土地が生き物の生息地となる機会を奪ってしまうことだという。当然、この校舎でもその点に配慮し、平屋建ての建物の屋上は彼のアイデアからすべて緑化され、地域の在来種を含む多様な植生が草原のように生い茂っていた。
設計を担当した建築家フランク・バーリッジとヨーストは、屋上緑化した建築の断熱性能は、現状の算定方法ではきわめて低く見積もられてしまうが、保水力のある土壌の効果で夏は室内の温度を下げ、冬は大きな断熱効果を発揮すると説明する。内装の仕上げに目を向けると、ビクトリア州のベンディゴで生産される、工場から100km圏内で採れる藁を原材料とするデュラパネルを壁に、また、ヘンプをバイオマスエポキシで固めた素材をテーブル天板に用いるなど、環境負荷を抑える素材が厳選されていた。

教室の様子。テーブル天板には工業用ヘンプをBPAフリーのバイオレジンで固めたオリジナル素材が使われている。天井は再生ファブリックを材料とする吸音パネル仕上げ。Photo by Earl Carter

施工中の様子。壁には藁を熱で圧着してつくるサステナブル素材、デュラパネルが使われている。このパネルは、耐火認定を得た素材としてオーストラリア内の公共建築の壁や天井などにも広く使用されている。Photo by Frank Burridge
フランクは、このプロジェクトで実感したこととして、バイオマス素材のイノベーションと炭素隔離の大切さが認知されるようになったというふたつのポジティブな変化を挙げる一方で、オーストラリアの建築業界が抱える課題として、持続可能な木材を手に入れる難しさを挙げた。国内の森から木材は採れるが、建築資材の需要に見合うだけの植林地が確保されていないというのだ。彼らは、校舎の外装に見える木材フレームには、新建材ではなく地元のセント・キルダ埠頭のデッキ材を再利用して魅力的な建築の顔をつくり出すとともに、各種バイオマス素材の使用により、建築のライフサイクル全体でのネット・ゼロを実現している。

パーゴラ状のグリッドは、セント・キルダ埠頭に使われたデッキ材の表面を研磨したうえで再利用している。
そして、進行役を務めるアンドリューからの「ここは私立学校だから費用は無制限だったのでは」という問いかけに対して、ヨーストが明かした建設コストはトークのなかでいちばんの驚きだった。校舎の建設コストは、平米あたり8,000ドル(約836,000円)弱であり、これは、過去2年間に建てられたビクトリア州のどの公立校よりも安価だったというのだ。
コストの削減は、無駄を徹底的に減らしたデザインのおかげだとヨーストは振り返る。例えば屋根まわりの部材は高さ595mmに設計されているが、これはデュラパネルの規格材を半分に切ったサイズのため、廃棄する部分がなく、施工も早い。また、何よりも感銘を受けたのは、こうした工夫により実現した学校づくりのノウハウを、彼らはオープンソース化しようとしており、すでに複数の学校から問い合わせがあるという。
地球環境を第一に考えると建築から遠ざかるのか?
この日の話題は「ウッドレイ・スクール」にとどまらず、都市部の再開発プロジェクトで生物多様性を維持することに貢献しているランドスケープアーキテクトのヤニス・フィッシャー(Tract)ら実務者と理論家をクロスオーバーさせた人選により、領域間にある課題が浮かび上がった。主催者のアンドリューは政府と企業、マーケットと市民のように別々に議論されている現状を問い、気候変動が待ったなしの今だからこそ、垣根を超えて対処していかなければいけないと総括した。

建築家のフランク・バーリッジ。メルボルンで学校建築を数多く手がける設計事務所Mclldowie Partnersに在籍していた当時、このリジェネレイティブ・フューチャーズ・スタジオの設計主任として携わった。現在は独立し、Main&Frankを共同主催している。
話題が政策からライフスタイルまで広がったトークのなかで、最近はネット・ゼロの個人邸を設計中というフランクが、自身と建築の関わり方について語った言葉が印象深いので最後に紹介したい。
「デザインをする際に地球環境を第一に考えると、自分は建築から遠ざかっていくと思っていた。実際しばらくの間は、建築よりも素材開発やものづくりに注力する時間が増え、メジャーな建築物の設計に携わる機会は少なくなった。しかし、そうした時期を経て、ここ最近は自分自身が建築プロジェクトにより深く関われているように感じる。それは、僕の役割が、設計して引き渡すという従来の建築家的なものから、他の設計者も活用できるサプライチェーンを構築したり、それを開放していくような活動にシフトしたりしてきたからだと思う」。
つまり、彼は意匠から環境の側にデザイン活動の軸をずらしたことで、今までと違う関係性で建築と向き合えるようになったというのだ。フランクのような環境思想を持つインディペンデントな建築家が道を切り拓いている現状に、これから求められる新たなデザイナー像を見たように思う。![]()

コミューナルキッチン棟前から見た中庭。左奥に見えるアクアポニックスタンクには魚やザリガニ、貝などが育っており、学習に活用されているという。












