ドナルド・ジャッドを「デザイン」として読む
ISETAN THE SPACEがひらく、生活空間への翻訳

伊勢丹新宿店 本館2階ISETAN THE SPACEで開催中の「Donald Judd:Design」(2月7日〜3月8日)。Judd Foundationとの協働により、ドナルド・ジャッドが自らの生活空間のために設計した家具と、美術作品(版画)を同じ場で体験できる構成が実現した。鍵となるのは、ジャッドが家具を「アートの派生」ではなく、機能と構造の論理から立ち上がるデザインとして扱い、展示(配置)までも制作と同等に考えた点にある。

代表作のひとつ「Chair 84」。

ミニマルの枠を超える、ジャッドの設計思想

ドナルド・ジャッド(1928–1994)は、しばしばミニマル・アートの文脈で語られる。しかし本人はその分類を強く拒み、作品を象徴や物語から引き離し、素材・寸法・空間関係そのものに根拠を置いた。ここで重要なのは、ジャッドの関心が「かたち」だけではなく、空間の組織化にあったことだ。
家具は、その関心がもっとも日常へ接続する領域だった。ジャッドが家具を設計したきっかけは、生活の必要からだったとされる。テキサス州マーファでの暮らしのなかで、住まいにふさわしいものが見当たらないなら自分でつくる──その実用的な要請が、比例・構造・反復といったジャッドの造形言語を、生活のスケールへと翻訳していったのだ。

ただし、ジャッドの家具が特別なのは「簡素」だからではない。たとえば代表作の椅子「Chair 84」は、一見すると板材の組み合わせに見えるが、座る/立つという身体の動作に対して、板の角度や補助棚の実験が重ねられ、使うことの必然からディテールが導かれている。美術作品に似たストイックさをまといながら、用途の条件に従って更新される点で、彼の家具はデザインの方法論そのものだ。

さらにジャッドは、家具と美術を原則として分けて展示してきた。家具は家具として機能を果たすべきであり、芸術は作家個人のために存在する、という峻別である。伊勢丹の展示ページにもある通り、両者を同時に並置する機会はごく限られていた。だからこそ今回の「Design」という題は、単なるジャンル名ではなく、“区別したはずの領域を、同じ哲学から再接続する”という宣言にも読める。

本展で紹介される家具は、木材・合板・薄板金属という素材カテゴリーごとに構成され、ベッド、椅子、棚、テーブルが並ぶ。ここには「素材と用途から形態が直接導き出される」というジャッドの態度が、展示のレベルで翻訳されている。今回、百貨店という商業空間でそれがどのように立ち上がるのか。本展を主導した伊勢丹のバイヤー大田 彩に、企画の背景と展示構成の判断を聞いた。

Metal Corner Chair 115

5年越しの交渉が示すもの──「展示」と「販売」を両立させる条件

取材に応じてくれた三越伊勢丹のバイヤー、大田彩。

「この企画は、ISETAN THE SPACEができるときの案のひとつとして最初から考えていました」。そう語る大田がJudd Foundationに声をかけ始めたのは約5年前。ファッションが充実する百貨店のなかで、「そこに当てはまらない面白さ」をどう立ち上げるか。ヴィンテージ家具や、入り口の広いコンテンポラリーアートを提案する構想の中で、ジャッドは早い段階から有力な候補だったという。
とはいえ百貨店での展開には、作品理解と流通の双方の整備が求められる。「コロナ明けに現地へ行って、実際にマーファにも行かせていただいた。私たちは販売することで成立するので、販売まで含めてジャッドの世界観を表現することが可能かどうかを長く交渉してきました」。その過程で、ワタリウム美術館でも同時期に「ジャッド|マーファ展」が開催されることが決定し、それぞれの役割分担が見えてきた。ワタリウム側がよりアート文脈からジャッドを提示し、伊勢丹では家具とアートの展示を行い、「ジャッドが持つ形と空間のバランス感覚を体感できる」。三者が組むことで、今回の実現に至ったという。

Installation view, Donald Judd: Design,
February 7–March 8, 2026, ISETAN THE SPACE, Tokyo, Japan. Photo ©︎ Suzuki Shimpei. Donald Judd Art and Furniture © 2026 Judd Foundation/JASPAR, Tokyo.

木製家具とメタル家具、そして版画が同一空間に並ぶ会場風景。ジャッドの家具の直線的な構造と、版画の色面・線のリズムが呼応し、展示空間全体に独自の秩序をつくり出している。

では大田はジャッドのデザインの魅力をどこに見るのか。「単に美しいだけじゃない。すごく合理的で計算されている。そして実用性もある」。彼女が繰り返すのは、頭の中で先に組み立てられる数理的な思考だ。たとえば版画では、分割や線の本数、太さの組み合わせを先に構想し、結果として視覚のパターンが立ち上がる。「ジャッドの哲学や秩序を感じ取ることができる」。その緻密さは家具でも同様で、机と椅子がピシッと合うほど面が揃い、比率が守られる。

一方で、その厳密さが生活から遠いかというと、そうでもない。大田は、ジャッドの家具づくりを「アートの転用」ではなく、まず「道具としての納得」を起点にした営みとして捉える。試作段階では自作のアートをテーブルに置き換えようとして「納得するものとならず、捨てた」というエピソードもあるという。そこからジャッドは、テーブルはテーブルとして機能することを前提に、最小限の造作でどこまで美しく成立させられるかを突き詰めていった——大田はそう語る。さらに金属家具の大胆な色味など、他にあまりないバランス感覚も魅力として挙げた。
展示構成についても、百貨店ならではの難しさと工夫がある。まず大田は「ジャッドを体感するためのバリエーション」を見せたかったと言う。椅子やデイベッドのような皆写真では見たことがあるであろうピース、そしてメタルと木のバランス。さらに、ジャッドの家具は大ぶりなものが多い。だからこそ「空間に置いたらどう見えるか」を想像できるセレクションが必要になる。

ジャッドの美学は展示にも及ぶ


空間づくりのプロセスで印象的なのが、本展のキュレーターであるJudd Foundationのフラヴィン・ジャッド(ジャッドの子で同財団の芸術監督)らによる現場での組み替えだ。フラヴィンによると「フォルムと色彩、そして文脈とのバランスである。展示レイアウトはまず紙の上で計画するが、実際に空間に入ると、それは図面上の理論ではなく現実のものとなるのだ。家具を動かし、インスタレーションを何度も調整しながら、最終的に”これだ”という形に仕上げていく」とのこと。椅子や棚、テーブルの正面を通路に対してまっすぐ向け、面と面、線と線が平行に走るように整える。すると、入口からでも輪郭がすっと目に入り、近づくと細部の精度が立ち上がる。斜めから見ても崩れない——ジャッドの家具が持つ直線と直交の強さが、空間全体の見え方を決めていった。結果として、遠くからでも視線を引き、回遊しながら確かめたくなる開かれた場ができあがった。

そして今回、家具と版画が同時に置かれていること自体が、来場者の体験を変える。大田は「版画があるとないとでは全然違う」と語る。家具が平面にあるのに対し、版画が立面にくることでバランスも良い。また実施の居住空間を想像しやすくなる。さらに、20枚組の版画がセットでありながら1枚ずつでも成立するように設計されている点も、ジャッドのシステム思考を象徴する。意図的な要素を排除した配置。統一と差異の両方を許容する設計が、展示空間にも反映されている。

最後に、今後のISETAN THE SPACEの方向性を尋ねると、大田はデザイン領域に関わる企画に加え、近隣ギャラリーと組んだ若手作家の試みなど、インキュベート的な活動にも可能性を感じているという。デジタルネイティブ世代の感覚が自然に作品へ入り込む時代に、百貨店の「入りやすさ」は、新しい表現の入口になり得る。買い物のついでに出会うアート/デザインが、次の関心を育てる。ジャッドの「用途から形態を導く」徹底した態度は、展示の外側にある場の設計にも、不思議な説得力を与えていた。(文/AXIS 徳山弘基)End

※ドナルド・ジャッドの家具やJudd Foundationに関するインタビュー素材の出典者:フラヴィン・ジャッド

Donald Judd:Design

会期
2026年2月7日(土)~3月8日(日)
会場
伊勢丹新宿店 本館2階 イセタン ザ・スペース
(東京都新宿区新宿3丁目14−1)
詳細
https://www.mistore.jp/store/shinjuku/shops/women/the_space/shopnews_list/shopnews027.html

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