色や素材は、人の感情や行動の深層に触れる力を秘めている。本連載では、イトーキのCMFチームを牽引する菊池有紗が、多彩なクリエイターのもとを訪れ、彼ら/彼女らに潜む感性を探る。1回目は地域の文化や素材に根ざしたリサーチを起点に作品を生み出すデザインスタジオ Studio Swine。アートとデザインを行き来し、詩的な感性とリサーチを結びつける彼らの仕事は、日常にありふれた素材やときに忌避される存在でさえも、美しいものへ変容させる。
2011年、村上あずさ(左)とアレクサンダー・グローヴスにより設立されたデザインスタジオStudio Swine。彫刻、インスタレーション、映像の領域を横断し、詩的な感性とリサーチを融合させた没入的な体験を創出している。作品はカンヌ国際映画祭など世界各地の映画祭で受賞し、ロンドンのV&A美術館やヴェネチア・ビエンナーレをはじめ国際的に展示。ニューヨーク近代美術館(MoMA)やパリのポンピドゥー・センターにも収蔵されている。 Photos by Koichi Tanoue
デザインやアートは世界を探求する手段
菊池有紗(イトーキ)
自然豊かな葉山にアトリエ兼住居を構えていらっしゃいます。いつからこちらを拠点にしているのでしょうか。
村上あずさ(Studio Swine)
ずっとロンドンを拠点にしていたのですが、2019年頃に東京でインスタレーションを制作するプロジェクトがあって長期滞在しました。コロナ禍となってロンドンに帰りにくくなり、こちらの生活も心地良いのでアレクサンダー(以下、アレックス)と「日本に住もうよ」という話をして。いろいろな場所を探すなかで、葉山を気に入って移住することにしました。都心へのアクセスも良く、わが家の子どもたちを育てるにも良い環境です。
神奈川・葉山にある、村上あずさとアレクサンダー・グローヴスの自宅兼アトリエ。自宅の裏は耕作地と山に囲まれ、徒歩圏内に海岸もあり、自然豊かな場所。
アレクサンダー・グローヴス(Studio Swine)
海も山もあるこの地域の自然がとても好きになりました。いろいろな動物や昆虫に出会えるし、子どもたちとハイキングに行ったり、海で泳いだりするのも楽しい。近所の人たちも親切です。何世代も農業を続けている一家と仲良くしていて、彼らが主催するお祭りに参加したり、新鮮な野菜を買ったりしています。
菊池
おふたりがユニットを組まれたきっかけから教えてもらえますか。
菊池有紗(イトーキ 商品開発本部 CMFデザインチーム チームリーダー)色、素材、仕上げ(CMF)の観点から製品や空間の価値を高めるCMFデザインを実践。化学メーカーやデザインコンサルティングファームでの経験を経て、2017年より現職。オフィス家具や空間のCMFデザイン、素材開発に携わり、デザイン指針「ITOKI SENSE」を策定し、社外活動へと展開している。人の感覚に寄り添うデザインを追求しながら、トレンドセミナーや執筆活動、VIデザイン、日本流行色協会の専門委員など幅広い活動を展開し、CMFの視点から新しい価値創造に取り組んでいる。
村上
もともと私が建築で、アレックスがファインアートの専門ですが、英国RCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)では同じデザインプロダクツコースに通っていました。バックグラウンドが異なるので、あえて一緒にプロジェクトをやるようになって、卒業制作も共同で取り組みました。その後、Studio Swine名義で最初に制作したのが2012年の「シー・チェア(Sea Chair)」という作品です。自然にユニットになったという感じですね。
「シー・チェア(Sea Chair)」では、太平洋ゴミベルト(海流の影響で特に廃棄プラスチックが集中している地域)の問題を取り上げ、カリフォルニアの地元漁師の協力を得て、海洋プラスチックを回収・加工し、スツールにするプロジェクト。
菊池
Swineは、「豚」という意味でしたね。
村上
はい。本当は、Super Wide Interdisciplinary New Explorersという名前の頭文字を取ってSwineなのですが、確かに豚という意味もあります。豚は、肉をベーコンやソーセージにするだけではなく、身体の隅々まであらゆる材料に使うため廃棄する部分がほとんどありません。ユニット名には、Swineのように既存の素材を何かに変容させていきたい、というコンセプトも含んでいます。
菊池
手がけるプロジェクトの方針はありますか。
アレックス
特に一貫したスタイルや題材があるわけではありません。僕らにとってデザインやアートは、われわれを取り巻く世界を探求する手段。常に新しいことを発見し、試すのが好きなので、作品の方向性が毎回違うように見えるかもしれませんね。
菊池
どのようにプロジェクトのネタを見つけ、始動させるのでしょう。
アレックス
新しいテーマを発見するアプローチは、ジャーナリストのそれに近いかもしれません。「ファーストハンド・リサーチ」と呼んでいる、自ら現場に赴いて、そこで見て感じたことを作品に落とし込んでいく手法を取っています。
人間は、厳しい自然環境のなかでそこにある素材に反応しながら進化してきた生き物です。そうやって生き延びてきたので、僕らは未知の空間や環境に入ると、考えたり言語化したりする前に、知覚を総動員してその場所のあらゆる情報を感知しようとする。作品制作では、それを意識的にやるということです。
村上
私たちはよく、ある空間に入って感じたことを「ティニー(Tinny)」「ウディー(Woody)」と言って表します。造語というか、ふたりだけの用語ですね。tinは英語で缶という意味ですが、その空間で使われている色や音、光などがちぐはぐなとき、心地良い感じがしないときに「これはティニーだね」と。逆にウディーは木に包まれるような、温かみがあって心地良い意味で使います。
アレックス
よく考え抜かれたすてきなデザインの空間はウディー(笑)。多くの場合、誰かが何かを気遣って、そこに愛情を注いでいることが感じられると、その気持ちは伝わってくるものです。そうではない空間は正反対に感じますよね。とても感覚的なことですが。
アトリエのどの窓からも望めるのは、葉山の山々と移ろう自然の景色。
現地の環境に身を浸すことから始まる
菊池
今、Studio Swineとして特に力を入れて取り組んでいるテーマはありますか。
アレックス
僕らは、2016年に「フォードランディア(Fordlandia)」というプロジェクトを行いました。ブラジルのアマゾンにある廃墟を探索したもので、その時に撮影した映像を使って再びプロジェクトに取り組もうと考えています。歴史的な事実に基づいた、没入感のある世界観をつくろうとしていて、かなり野心的なプロジェクトです。
村上
少し経緯を説明すると、2015年に私たちはアマゾンに行き、かつてアメリカの自動車王と呼ばれたヘンリー・フォードが1945年に建設したフォードランディアという場所を訪ねました。
フォードはそこで天然ゴムのプランテーションをつくり、タイヤを製造するという構想をもっていました。でも熱帯雨林は、ゴムの生育環境や人間の労働環境としてはあまりに過酷で、結局構想は失敗して閉鎖されてしまったのです。2013年頃、別のプロジェクトでサンパウロに住んでいた私たちは、その地域の人たちからフォードランディアについて聞き、ずっと行ってみたいと思っていました。その後、2015年にロンドンでたまたまパイプのメーカーを取材した時に、パイプの口に使われている部品がゴム製であることを知って、「プラスチックのような硬いゴムで家具をつくる」というアイデアが浮かび、フォードランディアのゴムと結びついたんです。
プランテーション跡地が今どうなっているのかを知るために、いろいろな人に連絡を取ってから現地に赴き、ゴムを採取する人たちにも話を聞き、最終的にロンドンで家具の作品として発表しました。
「フォードランディア(Fordlandia)」は、1920年代に米国の実業家ヘンリー・フォードが、同国の自動車産業に天然ゴムを供給するためにアマゾン流域に建設した町。Studio Swineは、廃墟と化した町を現代に蘇らせ、“熱帯のゴーストタウン”がゴムを使った製品を生産し続けるという設定で、現地の素材を使い家具のコレクションを制作した。
アレックス
フォードランディアに10日ほど滞在しながら撮影した未発表の映像があって、それを題材に作品をつくりたい。今、僕らはAIにすごく興味を持っていて、これからどう共存していくかを考えているので、その映像とAIを活用した作品になると思います。
菊池
自らテーマを発見し、現地に行くことにこだわっているのですか。
村上
はい、最初にそのアプローチで取り組んだのは2010年頃のシー・チェアのプロジェクトです。当時は海洋プラスチック汚染について調べても、ネットに情報がありませんでした。実際にどんな状況なのかを見に行ってみると、ビーチを埋め尽くしていたものがすべてプラスチックゴミだった。その風景に衝撃を受けて、作品の原動力になっています。
2024年の「ヘア・ハイウェイ(Hair Highway)」は髪の毛を使った作品で、中国に世界一大きな髪の毛の市場があると聞いたことがきっかけです。それもネットにはない情報で、中国の友人に協力してもらってなんとか現地に行きました。世界で初めて市場を撮影した映像となり、ナショナルジオグラフィックのTVでも放送されました。
あらゆる資源が枯渇する地球上において、唯一増加している天然素材が人間の毛髪である。「ヘア・ハイウェイ(Hair Highway)」は、世界最大の人毛髪輸出国である中国で、山東省の毛髪産業を取材し、髪を売る人々、市場、工場まで素材のサプライチェーンを辿った。その記録映像とともに、人毛髪と天然樹脂を組み合わせた精巧なオブジェのコレクションを制作。
菊池
プロジェクトを進めるうえで、現地に移住して暮らすことは大切なのでしょうか。
村上
私たちのプロジェクトは長期にわたるので、実際にその土地で生活する必要が出てくることもあります。やはり旅行者として行くのと、住民として現地にいるのでは、受け取る情報や感覚がまったく違うんですよね。自分たちのスタイルや考え方、偏見などは取り払って、そこにあるすべてを受け入れて臨みたいんです。
アレックス
そうでないとアイデアも浮かばない。初期の頃は、アーティストレジデンスに招待されたり、誰かのサポートを受けたりすることもなかったので、ただ街に出て歩き回り、観察に没頭していました。無の状態であるほど新しいものを見つけやすく、そこからプロジェクトが生まれていきました。
菊池
最近はA.A.Murakamiとしても活動されていますね。
村上
Studio Swineは家具がメインで、おもしろい家具づくりの機会を提供してくださる方々と仕事をしています。もうひとつのA.A.Murakamiは、美術館などで体験できるインスタレーション作品を主に制作しています。
菊池
私もミラノデザインウィークでA.A.Murakamiの作品を拝見しました。色や質感を含めて、空間全体で感じるものが圧倒的で感動しました。
アレックス
ミラノでは過去2回、「ニュー・スプリング(New Spring)」というインスタレーション作品を発表し、2回とも同じ賞を受賞しました。どちらも「エモーショナルな体験」という評価でした。感情をデザインしているつもりはないのですが、空間のムード(雰囲気)を大切にしていることは確かです。
音、素材、光、そして動きが、ひとつに調和する瞬間が重要だと考えています。Studio Swineでは、主に映像や家具の制作を通じてそのムードを実現してきました。A.A.Murakamiでは、映画の中に入り込むような体験型の作品でそれを試みています。設立が2020年で日本に移住したタイミングでもあり、テクノロジーに対する興味と、日本独自の美の概念について関心が高まっていて、その感覚を作品で表現したいと思っています。
「ニュー・スプリング(New Spring)」は、ファッションブランドCOSとのコラボレーションで、ミラノの歴史建造物を舞台に制作されたインタラクティブなインスタレーション作品。天井から降るミスト(霧)の玉は、何かに触れると割れて消えるが、特別な繊維(手袋)を装着すれば手で触れることができる。日本の桜にインスピレーションを受け、季節のうつろいやはかなさを共有する体験をつくった。
菊池
それぞれのスタジオの仕事では、アプローチも変わりますか。
村上
ふたつスタジオを持つことによって、脳を使う部分が違っている感じはしますね。
アレックス
デザインというのは問いに答えるもので、アートは問いを投げかけるもの。僕らも、デザインの仕事に対する基本的な姿勢は、何らかの問題解決や、少なくともひとつの回答となるような思考に基づいていると思います。
村上
私の場合、問題の解決というよりは「良い気分になれるような感覚」を模索しているかもしれません。
アレックス
そう、感覚も大切な要素だね。アートとデザインの間には明確な境界線がないと考える人もいて、それも真実でしょう。でも僕らがアートを愛し、デザインを愛する理由は、その「違い」にあります。両方のバランスを取ろうとしたり、融合させたりするのではなく、全く異なることを純粋に楽しんでいるんです。
スタジオでは、次の作品のためのスタディを行っていた。貝が自らの成長に合わせて生み出す殻の縞模様を、プログラミングによって自動描画するシステムを構築したという。
価値観が変容することを楽しむ
菊池
空間のムードが大事とのことですが、素材を選ぶポイントはありますか。
村上
ヘア・ハイウェイで言うと、当時の文化を反映した雰囲気をつくりたかったので、1920年代に流行した「上海デコ」に倣ってグラフィックなどの要素を取り入れました。フォードランディアのときは、アマゾンの有機的な形状と、エンジンやエキゾーストパイプ(マフラー)のラインに、1950年代に流行したブラジリアンモダニズムを取り入れて、レトロと近未来が混在した世界観をつくりました。
菊池
おふたりのあいだで、どのように役割を分担されていますか?
村上
大枠のアイデアがあって、会話をしながらどんどん決めていきます。何か問題があるときも、会話するうちに解決していくことが多いですね。特に明確な役割分担はありませんが、アレックスは大きな物語を描いて、私は細かいデザインワークかな。でもプロジェクトによって変わります。
菊池
日本に移住してから心境の変化などはありますか。
村上
移住してから明らかに、アレックスも私も日本文化に影響されています。今年5月にアメリカのヒューストンで行った展示「フローティング・ワールド(Floating World)」では、グラフィックも構成も、浮世絵にインスパイアされたものでした。今は、身近にある日本の自然から触発されることが多いですね。
アレックス
自宅の裏山に竹林があって、春にたけのこを採るときに、竹の葉も集めてくるんです。葉の斑模様がとてもきれいで、表面には細かい毛のようなものが生えていて虹色に輝いている。乾燥すると質感が失われてしまうので、この瞬間をなんとか作品にできないか考えています。
菊池
形のないもの、例えば香り、光、煙などを作品に取り入れる表現が印象的です。
アレックス
無形の、消えてなくなる素材を最初に使用したのは2017年のニュー・スプリングでした。わずか1週間のミラノデザインウィークに展示するもので、その後に残ってしまうものを減らしたくて泡を使うことにしたんです。
今、僕らは「エフェメラル(Ephemeral)・テクノロジー」に関心があります。エフェメラルとは「束の間の、はかない、一時的な」といった意味で、日本の「もののあはれ」という概念に近い。瞬間は過ぎ去っていくものであり、自分自身も宇宙の一瞬の中に存在し、二度と戻らないということ。
一方で、テクノロジーのインターフェースを考えてみると、一時停止や巻き戻しができて、10年後に再生しても変わりません。僕らは、エフェメラルな素材と半永久的なテクノロジーを組み合わせることで、より自然に近い体験というものをつくりたいと考えています。
菊池
それは興味深いです。工業デザインの現場では一般に、色や形など素材の状態が変わらないことが重視されます。でも変わりゆくものにこそ心を動かされる瞬間があります。ふたりの空間作品に入ったときの圧倒的な力や、そこから呼び起こされる感情は、はかなさに起因しているのかもしれません。逆に、すでに家具やプロダクトにも活用されている素材への興味はいかがでしょう。
アレックス
もちろん家具を扱うようになってから、大理石や木材、真鍮などの素材もよく研究していますし、とても美しいと感じています。けれど、それらはもともと本質的に美しい素材ですから、あえて避けるようになりました。僕らは、家具として望ましくない材料を望ましいものに変えるにはどうすればいいのか、という挑戦を楽しんでいます。
村上
他人の髪の毛なんて触りたくないじゃないですか。それをみんなが魅了されるようなマテリアルに変えてみたい。そうすれば、その素材の背景やストーリーについてもっと知りたいと思ってもらえるのではないか。ありふれたものや、ときに嫌悪されるようなものを、思わず触れたくなる存在へと“変容”させる――その挑戦には、大きな価値があると感じていますし、何より楽しいんです。もちろん大理石や木材などもとから美しいものも大好きですよ(笑)。(文/いまむられいこ)
※本連載は、イトーキと共同企画し制作しています。