シカゴ名建築散歩。
現代に続く歴史と文化を見た。

シカゴの大火と建築

『In Old Chicago』というアメリカ映画(1937年)がある。19世紀中頃のシカゴを舞台にした話である。大平原(プレーリー)を馬車に乗ってシカゴへ移住する5人の親子。途中、父は不幸にも事故で息絶える。息子たちに残した言葉は「シカゴは必ず発展する。出世してくれ」。
急速に発展するシカゴの街。約束通り息子たちも出世し母子は幸せだった。そんなある日、牛小屋の牛がランプを蹴り藁に火がついてしまう。それはミシガン湖の強風にあおられみるみる広がり、シカゴの街全体を焼きつくす。呆然とする親子。すべてを失った。しかし焼け跡を見ながら「きっとやり直せる」とシカゴの明日に再起を誓う。

1871年、実際に起きたシカゴの大火。シカゴ・トリビューン紙による市民への「再起」の呼びかけ。この状況に建築家たちが集まり復興を手助けする。後にシカゴ派とよばれる建築家たちは、ここで数多くの設計に携わった。そして皮肉にも建築の実験場としてシカゴに多くの名建築を残し、後の建築・デザイン界に強い影響を与える。今、このシカゴの街を歩くと当時から現代の建築がひしめくように林立している。まるで活きた建築博物館の中をさまようようだ。これから興味の赴くまま街をご案内したい。

▲グラント・ウッド『アメリカン・ゴシック』1930/シカゴ美術館。街で市民の原点を呼び覚ます。

▲ミシガン通り橋。高級ショップが立ち並ぶ「魅惑の1マイル」がここから始まる。

シカゴで出会うバウハウス

ミシガン通り橋に立つ。ぐるりと見渡す。シカゴ川沿いに有名な「マリーナシティ」が見える。この2本のトウモロコシタワー、観光ガイドによく出てくるシカゴのシンボル。60年代の建築・デザインパワーそのものだ。そして隣には黒く均整のとれたモノリスのようなIBMビル。偶然にもシカゴ川沿いに建つふたつの高層ビルは現代建築・デザインの水源であるドイツ「バウハウス」の流れを受け継いでいる。

マリーナシティはバウハウスで学んだバートランド・ゴールドバーグの設計。斬新なプレキャストコンクリートのカーテンウォール。円形の建築自体珍しいが、足下にはボートが収納でき、その上は駐車場、そして約900世帯分のアパートを備える。昔はプールやライブハウス、ホテル、ボーリンング場、レストランや銀行もあり、この敷地内で生活できるよう計画されたらしい。当時、地元離れが相次いだ若者を定着させるためにプロデュースされたとか。この軽快感と構造美、そして大胆さは現代建築の導入期であった60年代の傑作だ。

そして隣のIBMビル。ナチスによって閉校させられたバウハウス・デッサウの最後の学長、ミース・ファン・デル・ローエの設計。ミースは教え子たちの招きでシカゴへ移り建築家として開花。いくつかの貴重な作品をシカゴに残している。このIBMビルはシカゴで最後(1971年)の高層建築となったもの。鉄とガラスの美しさは今でも現役である。

ちなみに閉校したバウハウスは教授であったモホリ=ナギによってシカゴで生まれ変わり、「ニューバウハウス」として再開した(現在はイリノイ工科大学の一部)。シカゴにはバウハウスを通じた建築とデザインに対する確かな水脈がある。

様式美を競う

再びミシガン通り橋でぐるりと見渡す。ゴシック建築とルネッサンス建築が向き合って建っている。いったいここはどこなんだという興奮。「シカゴ・トリビューン・タワー」とチューインガムで有名な「リグレー」の本社ビルだ。

トリビューン・タワーは1922年に10万ドルという賞金をかけた国際設計コンペによるもの。最終的にレイモンド・フードとミード・ハウェルズによるネオ・ゴシック・スタイルのクラシックな建築案で姿を現した。(この設計案に対する建築家ルイス・サリヴァンによる批判も有名)
一方、向いに建つ対照的なルネッサンス調のリグレービル。時計台がそびえ、中庭には噴水、北と南のタワーが橋で結ばれている。白いテラコッタを施した優雅な建物。
このふたつの建物はミシガン通り橋からウォータータワー(シカゴの大火で唯一焼け残った給水塔)方面への高級ショップが立ち並ぶ道(Magnificent Mile)のランドマークとなっている。

▲トリビューン・タワーの壁面には、世界に派遣された新聞特派員が集めたといわれる名建築の破片が埋め込まれている。

ガイドツアーで建築散歩

シカゴ派による歴史的な建物の中に「シカゴ建築財団」はある。ここに名建築を案内するガイドツアーがある。テーマ別、エリア別、年代別など約70種にも及ぶらしい。今回、ループエリアの近代建築を巡る徒歩ツアーに参加した。

▲知的な建築関連グッズショップ。お土産はLEGO建築シリーズの「シアーズタワー」。

建築財団の建物の中に入ると建築・デザイン関連グッズ(お土産)や建築書を販売しているショップ。奥にはアトリウムのギャラリーがあり、街を再現したホワイトモデルが展示されている。ツアーはこのビル自体の歴史説明、そしてモデルでシカゴを俯瞰する所から始まる。ワイヤレスホンをつけながら全員で外へ出る。向かいには古典建築のシカゴ美術館。メトロポリタン、ボストンに並ぶ米国3大美術館だ。このエリアに漂う文化の香りでツアーへの気分が高まる。

▲ショップの奥はトップライトのアトリウム・ギャラリー。シカゴモデルシティが展示され街を一望できる。ツアーガイドは市民のボランティアとのこと。文化の高さを感じる。

▲ダウンタウン中心を輪のように回る鉄道「ループ」。このエリアの近代建築を見てまわった。

マーキットビル

1895年
まずは初期のシカゴ派の代表作である「マーキットビル」。17階建てのこのビルはファサードを低層と中央層・高層部分の3つに分けて全体のバランスをとる古典デザイン。シカゴフレーム、シカゴウィンドウとともに「シカゴスタイル」の典型である。建物のロビーには先住民との交流を語り継いだ美しいモザイク壁がある。

▲「スケルトンの鉄フレーム=シカゴフレーム」「3分割のファサードデザイン」「両サイドが開閉する3分割の窓=シカゴウィンドウ」というシカゴスタイルの特徴について説明した展示パネル。

モナドノックビル

1891-93年
レンガの組積構造による高層ビル。シカゴ派を代表するバーナム&ルートによる設計。レンガの荷重に耐えるため下層部分の壁が約1.8mと異常に厚い。シカゴスタイルの特徴でもある3分割の出窓を用い窓面積を拡大して採光を補っている。このデザインが波打つようなリズムを生み全体のユニークな個性をつくりあげている。

ルッカリー

1885-88年
マーキットビルと同じシカゴ派の建築家バーナム&ルートによる「高層ビルの原型」となった建築。外部には組積工法による御影石が積まれスケルトン工法と組み合わせている。1905年にフランク・ロイド・ライトがロビー部分を改装し、独特のディテールをもった美しいアトリウムが完成した。これは必見。

135サウス・ラサール (バンク オブ アメリカ ビル)

1934年
アールデコ建築。摩天楼建築の基本である左右対称、中央のタワー部分をセットバックさせた典型的な構成。これは、当時から問題になっていた日照権の確保から生まれたとのこと。外部もさることながら、ホール通路部分のアールデコのインテリアは細部にいたるまで格調高く気品に満ちている。(残念ながら内部撮影禁止で写真が撮れなかった)

シカゴ商品取引場

1930年
シカゴ金融街のシンボル。45階建てのアールデコの摩天楼。アールデコは当時流行の最先端で、ニューヨークのクライスラービルなどとも並ぶ貴重な建築である。尖塔にはローマ神話の農産物・穀物の女神「ケレース」が立っている。

▲この場所は映画などにもよく登場する。ちなみにバットマンの『ダークナイト』はこのビルを背景にジョーカーと戦う。

▲入口通風口のデザイン。麦をモティーフとした本物のアールデコ。

▲ロビー通路の壁面。これぞ究極のアールデコ。

▲尖塔に立つ女神「ケレース」像。原型がシカゴ美術館に展示されていた。右手に小麦、左手にトウモロコシの袋を持つ。時計まわりの彫刻は、先住民のトウモロコシと小麦を物々交換している姿が彫られている。商品取引の象徴。

オーディトリアムビル

1889年
オフィスと大劇場、ホテルが一体となった複合施設。ルイス・サリヴァンとアドラーによる記念碑的な建築である。サリヴァンの事務所がここにあった。またスタッフのひとりであったフランク・ロイド・ライトもここで設計に携わっていた。ルイス・サリヴァンはシカゴ派を代表する建築家で「形態は機能に従う」という建築・デザイン界への名言を残している。

連邦政府センター

1964-75年
古典的なビル街の中で全く対照的な姿を見せる「連邦政府センター」。鉄とガラスの現代建築の規範となるこのビルは建築史上あまりにも有名。飽きることのない快い緊張感に満ちている。タワーを支える軽やかな足下、巨大なグラスボックスを思わせる平屋のポストオフィス、オープンで清々しい広場。そしてアレクサンダー・カルダーによる赤い鉄の彫刻「フラミンゴ」。ミースに圧倒されるばかりだがシカゴへ来て良かったと思わせる出会いである。(時間が許せば、近郊にあるミース設計の住宅「ファンズワース邸」にも足を運びたかったが残念)

シアーズタワー

1968-74年
ご存知、以前は世界一の高さを誇った110階建ての高層ビル。上から見ると69m角の正方形のプランで、縦横3分割してできる9つ正方形を棒グラフのように空に向かって伸ばしたソリッドなデザイン。シカゴのシンボルタワーともいえる。

▲中央がシアーズタワー。右の黄色っぽいモダンな建物は「牢獄」とのこと。

ガイドツアーでは2時間案内してもらいシカゴ建築の歴史と文化に触れることができた。スタート地点にもどり終了。そのまま向かい側にあるシカゴ美術館へ。古典派や印象派など歴史的なコレクションも豊富だが、シュルレアリスム以降、20世紀のモダンアートも充実している。もちろんここでは新旧あわせた美術館建築を体感したい。

シカゴ美術館

シカゴ美術館は1893年のシカゴ万博の際に建てられた白い古典的主義建築。そのコレクションは素晴らしいの一言。

▲美術館には絵画彫刻だけではなく、ルイス・サリヴァンの建築金物やライトのステンドグラスなど建築にまつわる貴重な装飾品も展示されている。

▲1893年のアドラー&サリヴァンによるシカゴ証券取引場の貴重なインテリア。当時のままの状態でシカゴ美術館内に移設されている。建築だけではない工芸やグラフィックへの限りない探求が結実している。

近年新たに完成したシカゴ美術館の「モダンウィング」は本館の重厚さとは全く対照的なレンゾ・ピアノ設計のオープンで軽快な建築。「フライングカーペット」といわれる巨大なルーバーを細い柱で支え、宙に浮かしたようなデザインになっている。

このモダンウィングの中から銀色に光って見えるのがミレニアムパークにある野外音楽堂「ジェイ・プリツカー・パビリオン」(フランク・ゲーリー設計)。美術館を含めたこのエリアは建築や景観が計画的に配置され、高層ビルが優れた借景となっている。都市美を大切にするシカゴの姿勢を実感する。

ちなみにモダンウィングの中にも「プリツカー・ガーデン」という中庭があるが、このジェイ・プリツカーという人物は、建築界のノーベル賞といわれる「プリツカー賞」を創設したシカゴの大実業家。優れた建築家に敬意を払うシカゴにふさわしい支援だ。

▲美術館前に広がるミレニアムパーク。フランク・ゲーリーによる野外音楽堂が美術館の窓から見え、そのまま現代美術の作品を見ているようだ。

▲美術館には貴重なデザインの展示も数多い。これはライトのオフィス家具とその時代の絵画のコーディネーション。建築、現代デザインの展示にも積極的だ。

最後に:ジョンハンコックセンターから見るシカゴの夜景

ガイドツアーを含め近代から現代まで建築を見て回り、気がついたらすっかり夜になっていた。しかしシカゴの建築は夜もライトアップされて美しい。そしてなんといってもタワーの上から見る夜景である。ジョンハンコックセンターの展望台で、ミシガン湖を臨むパノラマの夜景で締めくくりたい。

まだまだ見たい建築はシカゴに山ほどある。そうシカゴといえばフランク・ロイド・ライトも欠かせない建築家だ。近郊には多くの住宅作品が残されている。今度はゆっくりとライトの作品を紹介できれば。
当レポートにご協力いただきました株式会社ブリヂストンおよびBridgestone Americas, Inc.に感謝いたします。
(写真・文: 田畑多嘉司)