多摩美術大学とナイキの産学共同プロジェクト
「マス・クラフトマンシップ」

現在発売中のAXIS149号の連載「産学共同の正しいやり方」で紹介しているのが、多摩美術大学 生産デザイン学科プロダクト研究室とナイキによる「マス・クラフトマンシップ」プロジェクト。伝統工芸や職人の手業の持つ高度な技術や強さを最大限に生かして、新たな製品をデザインしていこうという取り組みです。今回求められたのは、「未来の夢物語ではなく、新しい可能性がありながら、すぐ実案化でき、ナイキとして開発に着手したくなるようなもの」(同学科 濱田芳治准教授)というように、どれもリサーチ段階から丹念に力を注いだ説得力のある作品が揃いました。プロジェクトの詳細プロセスは149号をご覧いただくこととし、ここでは紙幅の都合で掲載できなかった作品を紹介していきます。

「NIKE BARE SHOOT」(荒木宏介)*一番上の写真も。
都会に暮らす子供たちに向けた裸足感覚のサッカートレーニングシューズ。幼い頃から裸足でボールに触れることで高度なテクニックを身に着ける南米などの子供たちからインスピレーションを得た。伸縮地でできていて、靴下のように足にフィット、裸足で触れているかのように足にボールの感覚が伝わることで、ボールタッチの感覚が養われ、足の鍛錬とともにサッカーの技術が上達する。強く蹴るところ・よく蹴るところ・摩耗の激しいところは、保護しながら耐久性を上げるため表面を厚めに覆っている。また、インサイドは面で蹴るほかに、回転をかける蹴り方をよくするため凹凸をつけ、アウトサイドは面でボールをとらえることが多いためフラットにするなど、リサーチに基づいた工夫が施されている。

「NIKE POCKET」(葛西毅亮)
プリーツ技法を応用した、畳んでポケットに入れることのできるシューズ。足の動き(前後運動)に合わせてプリーツのパターンを設計し、ソールとアッパーのパターンを統一することで、最小限に畳むことを可能にした。素材には繰り返しの曲げにも強く、適度な弾力が得られ、体重を支える強度も持つポリプロピレンを採用。

提案はシューズだけではありません。

「NIKE pit」(三重野陽子)
シェル状の構造でラケットの長さを気にせず肩にかけることができるテニスバッグ。対象ユーザーを20〜30代の女性に設定しており、シューズやウェア、タオル、ボール、化粧ポーチなども小分けにして収納可能。従来のショルダータイプのテニスバッグが持つ問題点を洗い出すなかて、この持ち方に辿り着いた。腕を通す穴の位置をトップより少し低く設定しているため、背の低い女性でもラケットの長さを気にせずに持つことができる。大きく見えてくるサイド面には、クラフト技法である手織りの布地を採用している。

シューズだけでなく、バッグやウェアなどさまざまな分野や使用環境を想定した作品が並びます。

「NIKE HYDRATE」(松尾雄太)*一番上の写真も。
山岳部をランニングで駆け抜けるトレイルランニングに特化した水分補給用のバッグ。容量1.5リットルのタンクを内包しながらも軽量感を与えるため、タンクを体幹に密着させる構造にしてフィット感を向上。背部がメッシュ素材で熱を逃がして体温調節する。

「NIKE SLOW」(鈴木粧子)
アウターとインナーをセットで着用する女性用のウォーキングウエア。紫外線から身体を守るためにフードを大きくするなど、形状に特徴を持たせている。ウェアが肩からずれ落ちないようにカッティングをU字ラインにし、すべりどめとしてインナーに印傳技法を施している。また、前見頃の両脇部分にくの字のカッティングをすることで、タイトに身体を圧迫することなく、全体的なシルエットラインを美しく見せている。

「NIKE M0LT」(村岡 明)
コンニャク紙とタイヤチューブでつくるシューズ。簡単に安く手に入る材料で第三世界での靴の需要に応える。紙には伸びないという弱点があるが、紙を重ねることで、それぞれがスライドしてフィット感を保ち、耐久性の必要なつま先部分や小指の付け根部分などでは紙が3枚重なっており強度を保っている。防水対策として、柿渋を塗るなど、軽さの追求とともにいくつもの耐久面での工夫を行っている。ソールには、第三世界では生産がまだ難しいと思われるEVA製の簡易なスパイクソールをナイキが支給し、現地でアッパーと接着して完成品となることを想定している。

「マス・クラフトマンシップ」プロジェクト では、ナイキ・ジャパンがディレクションと学生へのアドバイス、米国本社へのフィードバックを行ってきました。上の写真は打ち合わせの模様で、中央がナイキのクリエイティブディレクター、ロブ・ブルース氏。学生たちの作品はどれもナイキ本社でプレゼンされ高い評価を得ました。

「NIKE SECOND SKIN」(菅田博之)
足の負担が少ない初心者向けクライミング・シューズの提案。全体を柔らかい素材でつくることで、足にもう1枚皮膚を重ねたような感覚をつくり出し、かかとの両サイドを円形にカットすることで食いつくようなフィット感を可能にする。必要なパーツ以外は極力排除したフォルムで通気性にも優れている。

「NIKE 3D-FiT」(阿野田香織)
ファスナーの開閉に伴う反力を利用し、ランニングフォームもサポートするランニングジャケットの提案。顔を大きく覆うフードは紫外線制御に適しているとともに,走っても脱げにくい形状と通気性の確保がポイント。

「NIKE WAIST BINDER」(大津亜紗美)
腰部に荷物部分を密着させることで長時間持ち運んでも疲れないカバンの提案。着物を着たときに腰から上を揺らさずに腰を中心として効率的に歩く「なんば歩き」や「腹帯」など日本に古くから伝わる要素を取り入れた。ベルト部はバックルを用いずに“結ぶ”を基本としている。

▲今回のプロジェクトに参加した多摩美術大学 生産デザイン学科プロダクト研究室とナイキの皆さん。ご協力ありがとうございました。