REPORT | ソーシャル
2011.08.04 00:50
7月、千葉県柏市で建設中の大型分譲マンション「パークシティ柏の葉キャンパス二番街」の一部竣工とともに、共用部のパブリックアートが完成し、プレス向けに公開された。屋外だけでなく、建物内部にまで設置された18作品。これらはよくありがちな、誰がつくったかわからず、風雨にさらされ、手入れも疎かな彫刻の類とは全く異なっている。“地域に根ざしたアート”を目指して、2006年からアーティストや住民らとのワークショップやリサーチを通じて、“ソフト先行型”で進められてきたアートプロジェクトの一環として生まれたものだ。
▲佐藤好彦「Master Peace」。住民の描く落書きがそのまま名画になる作品。
東京・秋葉原からつくばエクスプレスで27分。東京大学や千葉大学のキャンパスを周辺に抱える「柏の葉キャンパス」駅を中心とする千葉県・柏北部地区では、産学官共同での国際学術都市・次世代環境都市のまちづくりが進んでいる。
▲東京ピクニッククラブ「Grass On Vacation」。敷地内保育園の園庭に用意された飛行機型のプレイフィールド。くりぬかれた芝は別の場所に飛んでいき、そこがピクニックフィールドになるというストーリー。写真/山本真人
同エリアでは、05年につくばエクスプレスが開通したのを皮切りに、06年秋に商業施設「ららぽーと柏の葉」がオープン、大型分譲マンション「パークシティ柏の葉キャンパス一番街」が着工した。09年には「同二番街」の建設が始まり、全部で6棟になる住宅が昨春から順次竣工している。さらに今後、ホテルやオフィスビルなどが、14年の完成を目指して建設される予定だ。
▲パークシティ柏の葉キャンパス二番街。
この大規模な土地開発事業において、住宅や施設などハード面でのまちづくりが着々と進行するなか、ソフトの部分でも住民を巻き込んだアートプロジェクトが06年から同時に進められてきた。それが「五感の学校」プロジェクト。同エリアの住宅開発を手がける三井不動産レジデンシャルがプロデュース、スパイラル/ワコールアートセンターが企画制作を担当する。
▲武松幸治「バイクスタンド」。サドル部分を持ち上げるだけで自転車が自立するバイクスタンド。また、「かっこいいママチャリ」をコンセプトにMTBライダーの柳原康弘氏とともにレンタル用の自転車を開発。
「五感の学校」プロジェクトの狙いは街全体を学びの場と捉え、アートを建築やサービスと同等に位置づけること。プロジェクトの中間報告書には、「住民が自らまちづくりに参加できるような活動やそれをささえる場を提供すること」とある。マンションの入居者だけでなく地域住民も参加が可能で、これまでにアーティストを招いたワークショップやマルシェ(市場)といった活動型イベントを継続的に実施してきた。またこうした活動と連動するように、建設中の「二番街」においても設置型アート作品の制作が進められていった。このソフト先行型の進め方には、アートを媒介にして住民とともに1つの街をつくり上げていくというプロセス重視のシナリオが基盤にある。
▲大巻伸嗣「Time Wall / Traversing Wall」。柏の葉ですでに街の活動として精力的に行われているクライミングを作品化した。住民の思い出の品を集めて開かれたワークショップで、オリジナルのホールドを制作。
例えば、大巻伸嗣氏の「Time Wall / Traversing Wall」。住民が街の歴史にちなんだものや自身の思い出の品、手のひらなどを型取りして色とりどりのクライミングウォールのホールドをつくった。これらを壁に取り付け、クライミングの練習をしながら、街の成長を感じるというコンセプトだ。
▲さとうりさ「かげもしゃ」。街に以前から住んでいた“住民”という架空ストーリーのもと、街の風景をつくり出していく。
さとうりさ氏の「かげもしゃ」は白い像が敷地内の至るところに点在するインスタレーション。併設の保育園の入り口では大小の「かげもしゃ」がたくさん並んでいたり、少し寂しげな場所に1つだけ佇んでいたりと、敷地や施設を読み込んだうえで配置されている。建物の裏手など見過ごしそうなところにも、住民の意識を促そうという仕掛けだ。
▲ジャン=リュック・ヴィルムートによる養蜂のプロジェクトは「CAFE BEES」「HONEY TOWER」「HONEY GARDEN」から成る。彫刻作品のような養蜂箱では今後“三世帯”のミツバチを飼育したいと考えている。
フランスから招いたジャン=リュック・ヴィルムート氏は、「養蜂」をテーマにしたアートプロジェクトを考案。千葉大学と地域住民との協働で「柏の葉はちみつクラブ」を発足し、住民自らがマンションの養蜂施設で花を育て蜂の世話をできるようにしたというもの。しかも採取した蜂蜜は施設内のコミュニティカフェで供するという地産地消のサイクルを描く。住民たちが自ら環境を整えていくことで、目に見える成果や喜びを体感できるというコンセプトに基づいている。
▲環境に敏感で、自然の豊かさを象徴する蜜蜂の営みをモチーフにしたカフェ「CAFE BEES」。写真/山本真人
これらを含めて屋外には大きく7つの設置型アートがあり、いずれも住民の積極的な関わりによって成り立っている。さらに各棟のエントランスにはアーティストたちが住人のために制作した作品も設置される。
▲真喜志奈美「表彰台」。表彰台を模した立体作品は、沖縄の“花ブロック”を積み上げたシンプルなもの。2カ所に設置され、それぞれの使い方は住民の想像力に委ねている。
06年にスタートした「五感の学校」プロジェクトは、当初のカタチのないイベント活動を経て、こうして目に見える作品ができたことにより、折り返し地点を迎えた。今後の課題は、入居してきた住人にアートを通じたコミュニティ活動という考え方を受け継ぎ、自立していくことだ。土地開発やまちづくりにおいてアートがどんな役割を果たせるか。10年スパンの大きな社会実験の成果がいよいよ試される。(文・写真/今村玲子)
今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。