パナソニック 汐留ミュージアム
「今 和次郎 採集講義 展 ー 時代のスケッチ。
人のコレクション。
ー」

昭和期の民家研究や「考現学」と称した東京の人々の生活調査で知られる建築家、今和次郎(こん・わじろう、1888-1973)の本格的な回顧展が、パナソニック 汐留ミュージアムで開催されている。

▲会場風景 写真提供/パナソニック 汐留ミュージアム(以下すべて)

本展は、今和次郎の出身地である青森の青森県立美術館との共同企画であり、昨年同美術館で行われたものとほぼ同一の内容だ。建築からファッションに至るまで幅広く展開された調査の成果はもちろんのこと、建築家としての知られざる実績や教育者としての功績などを多数の資料とともに紹介する。

▲セルフポートレイト、パリのカフェにて 1930年

今和次郎と言えば、まず農村の「民家調査」が有名だ。早稲田大学建築学科助手として働いた20代のときに民俗学者・柳田國男らの「白茅会(はくぼうかい)」に呼ばれ、スケッチャーとして民家の調査に参加。以後、ライフワークとして全国各地に止まらず朝鮮半島までをスケッチしながら歩いた。その成果としてまとめられた『日本の民家』は現在も民家研究のバイブルとなっている。

▲今和次郎「雪に埋れる山の村の家(新潟県中頸城郡関川)」 1917年 工学院大学図書館所蔵

1923年に起きた関東大震災直後は、人々がありあわせの材料でつくった仮設住宅(バラック)をスケッチしてまわった。その後は中川紀元、飛鳥哲雄ら前衛美術家とともにバラック店舗のファサードを装飾する「バラック装飾社」として活動。自ら被災地に関わりながら復興とともに近代化していく同時代の人々の生活やファッション、行動などを観察し、記録し続けた。1927年にそれらの成果を考古学ならぬ「考現学」と称して、紀伊國屋書店の展覧会で紹介し、その名が広く知られるようになった。

▲今和次郎「東京銀座街風俗記録統計図索引」 1925年 工学院大学図書館所蔵

▲会場では「東京銀座街風俗記録統計図索引」を立体的に再現した展示も

若い頃からおしゃれな“モダンボーイ”だったという今和次郎はファッションへの興味を持ち続けた。まだ和装が主流だった日本でいちはやく海外の服装史を書き下ろす一方、農村で着継がれる「こぎん刺し」などの農衣に目を向け、温かみのある美しさと風土に根ざしたフィロソフィーを取り上げることで、近代化とともに失われていく民俗文化の見直しを呼びかけた。

▲展示の最後では、衣服に関する考察やドローイングを紹介する

本展で最も印象的なのはスケッチの数々だ。どれも巧みな画力で細部まで描きこまれているが、重要なのは写実性や正確さだけではない。白茅会の中心人物で今のパトロンでもあった石黒忠篤(農政の神様と呼ばれた農林官僚)が「君の目がいい」と評価したように、今和次郎のスケッチの魅力はなんといってもその“視点”にある。調査にはカメラを持参して随所で撮影もしているが、やはり「ここぞ」というときはスケッチのほうがポイントを伝えるのに適していると筆を揮っている。

例えば民家調査のスケッチでは、家だけでなく庭の植栽や周辺に植わる木々も名前とともに描くなど、建築を取り巻く自然や環境への関心が伺える。ほかにも地域によって異なる瓦の形や、洗濯物の干し方、壁に塗られたコールタールの秘密など、今の目にふと止まった“面白いところ”が、それを見つけたときのちょっとした喜びや疑問とともにライブ感たっぷりに記録されている。そのため今和次郎のスケッチを眺めていくと、見ているほうもまるで調査の現場にいるような気持ちになる。

▲今和次郎「埼玉県秩父郡浦山村調査スケッチ 『冠岩 掛小舎内部』」 1922年 工学院大学図書館所蔵

彼にとって調査(しらべもの)とは、対象を学問的にカテゴライズしたり、枠にはめていくための作業ではなくて、昆虫採集のように見たこともない新しいものを発見する冒険であり、それによって自らの常識をどんどん壊していく作業だったことがわかる。

▲展示風景。食堂の茶碗の欠け方や通行する男性の髭、着物の種類をまとめたものなど楽しい調査の数々が並ぶ

こうした調査活動の一方、今和次郎は「セツルメント(settlement)」と呼ばれる経済的弱者や被災者に対して生活支援を行うための施設や、農村のための娯楽場、農村の人材育成を担う修練農場施設などの設計を手がけた。いずれも作家としての表現を追求するというよりは、社会的な発想で農村地域が抱える問題を解決するための設計というスタンスを貫いた。本展では今が手がけた設計に初めてフォーカスするとともに、本展企画者の発見によってこれまで知られていなかった個人邸の設計を紹介するなど、建築家としての一面にも光を当てていることが注目だ。(文/今村玲子)

▲CGイメージ映像「渡辺甚吉氏邸山中湖別荘」 製作/永井智子(カッテンカビネット)


「今 和次郎 採集講義 展 ー 時代のスケッチ。人のコレクション。ー」

会  場 パナソニック 汐留ミュージアム

会  期 2012年1月14日(土)〜3月25日(日)(月曜休館)

開館時間 午前10時〜午後6時まで(入館は午後5時半まで)

入 館 料 一般500円、大学・高校生300円、中・小学生200円




今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらへ