京都「愛染工房」の藍染め師・宇津木憲一が語る
「いいかげん」の重要性

機械設計にとって“いいかげん(いい加減)”であることは重要である。例えば、2つの部品があまりにきっちりしていては組み合わせるときや動かすときに厳密な制御を求められるし、量産においてはその寸法のばらつきをコントロールするにも一苦労である。故に少々のずれやばらつきを見込んでゆとりを予め考えて設計する。しかし、このゆとりは大きすぎても小さすぎてもいけない。そこが“いいかげん“であることが、その機械の性能を大きく左右する。だから、この“いいかげんさ”は、モノづくりの経験として蓄積され、次のモノづくりに反映されていくのである。全体として同じものに見えていても、その微細な“いいかげんさ”が大いに重要となる。

これは、どうやら機械設計だけに限ったことではないらしい。先日京都で明治時代から続く藍染工房の宇津木憲一さんにお会いし、藍染においても“いいかげん”が大切であるという話を聞いた。愛染工房では、現代の化学的染色ではなく、古来から受け継がれている天然還元された天然藍の本藍染で一点一点手で染め上げている。

藍甕の藍をかき混ぜた後に表面にできる「藍の花」。

藍はさまざまな植物繊維から抽出されるが、日本では蓼(たで)を醗酵させた「すくも」という材料を用いる。そこに灰汁などを加えて自然醗酵(天然還元)させ染料をつくる。これを用いて藍染を行うのだが、天然還元の天然藍は化学還元されたものとは異なり1回では染まらない。その特性から最初は「かめのぞき」、さらに数度染めることで「水浅黄」「なんど」「浅黄」「紺」、そして最後には「茄子紺」という色を生み出すことが可能となる。

こうして染められた本藍(天然還元+天然藍)のモノは、意匠性よりも本藍のみが有する防虫効果により、野良着や作務衣などの機能衣として重用されてきた。藍の持っている効能を期待され、“着る薬”としても用いられたようである。さらに本藍は顔料系の染料で難燃性が高く、染めること(というより繊維をコーティングするような状態)で繊維自体を強化し、火消しの防火服にも用いられたそうだ。本藍はさまざまな性能をモノに付加できる染料なのである。

天然藍は耐火性能が高い。天然藍で染めた生地を燃すと綿の部分は燃えて灰となるが、藍はそのまま皿の上に残る。

ただ、これらの効果・効能は染め具合によってコントロールするため、その用途によって染め具合を“いいかげん”にしなくてはいけない。ここで鍵を握るのは藍甕(あいがめ)に入れられた染料の中のバクテリアである。本藍は、空気に触れ酸化することにより繊維に定着するが、染料である間は酸化しないよう染料中のバクテリアが酸素を取り除いてくれる。しかし、バクテリアは生き物であるがゆえに、常に一本調子という訳にはいかない。もちろん染め具合をコントロールするためには染料の状態を一定に保つ必要があり、バクテリアが弱っていても元気過ぎてもいけない。バクテリアが常に“いいかげん”に働いてくれるよう、彼らの住処でもある染料の温度管理はもちろんのこと、常に染料の色を窺い、その都度調整していく必要がる。つまり、同じ色に染めるにも状況によって回数も異なり、季節ごとに表現できる色も違うのである。さまざまな色・性能を思惑通り発揮させるためには、“いいかげん”をはかることが重要で、この“いいかげん”さは、代々職人が積み重ねた経験からのみ可能なのである。

これは本絹を本藍で染めたもの。染める回数によって同じ藍を使っても表情を変える。天然藍を天然還元(自然醗酵)によって染料にするまでにこの時期(冬期)では約1カ月かかる。

いろいろな状況が数値化され、明確さが求められる現代において、“いいかげん”であることは、白黒はっきりせない曖昧さとも取られることがある。しかし、“いいかげんで”あることは、モノづくりではもちろんのこと、人とのコミュニケーションや社会のいろいろな場面においても大切である気がする。ただ杓子定規なだけではなく、“いいかげん”であることにきっとさまざまな極意が潜んでいる。

この連載では京都に拠点を置く自転車メーカー、VIGOREの皆さんに、自らだけでなく、周辺で真摯にモノづくりに励む方々の取り組みや想いについてレポートしていただきます。

VIGORE(ビゴーレ)/もともと刀鍛冶であった片岡家がその鉄加工の血脈を活かして自転車づくりを始めたブランド。1930年から始まった片岡商会(後の片岡自転車店)当初から常に大流に惑わされることなく自転車を通したモノづくりと向き合ってきた。 VIGOREのブランドでは、ロードレース競技からトライアスロン競技用レーサーバイク、またダウンヒル競技用ダブルサスペンションマウンテンバイクなどの競技車両の開発を進めるとともにそのノウハウを活かして市街地用の車両を販売。2000年からは、自転車のフィッティングから自分だけの1台を感覚的に注文できる「スマートオーダー」を開始し、専門的な知識を有さないユーザーに対しても、オリジナルバイクに乗る楽しみと所有できる悦びを提供している。